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『気ままなポーション生活〜異世界転生したら万能薬スキル持ちでした〜』  作者: ゆう


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第38話 踏み込む言葉

第38話 踏み込む言葉


朝の光が、世界樹の若葉に斜めから差し込んでいた。


ゆうはいつものように聖庭水の瓶を手に、鉢の前にしゃがみ込む。

淡い黄色の液体が、土にすっと染み込んでいく。


「……今日も調子は良さそうだな」


若葉がかすかに揺れ、光を反射する。

見慣れたはずの光景なのに、胸の奥が少しだけあたたかくなる。


「世界樹に話しかけるの、まだ続いていたのですね」


背後から、静かな声。


「おはよう、リュシア」


振り返ると、彼女はいつものように世界樹の様子を確認しながら近づいてきた。

ただ、どこか表情が硬い。


「今日も見回りの前に、様子を見に来たのか?」


「ええ。それと……」


リュシアは少し言い淀み、世界樹を見上げる。


「今日は、あなたに聞きたいことがあります」


珍しい前置きだった。


「……なんだ?」


ゆうが立ち上がると、リュシアは一度だけ深く息を吸う。


「この場所は、これから先も……“あなたと私の”聖域であり続けるのでしょうか」


「……どういう意味だ?」


問い返すと、リュシアは視線をそらさずに続けた。


「もし、この森に……私のように傷ついた者が来たら。

もし、迷子の誰かがここを見つけたら。

あなたは、その人も受け入れるのでしょうか」


その声音には、かすかな震えが混じっていた。


(ああ……そういうことか)


ゆうは心の中で小さく納得する。


「……そうだな」


少し考え、正直に答えることにした。


「きっと、受け入れると思う」


リュシアの指先が、ぴくりと震える。


「そう、ですか」


わかっていた答えだったのだろう。

驚きというより、覚悟していたときのような表情だ。


「あなたは、優しすぎます」


「褒め言葉か?」


「今は、あまり褒めたくありません」


リュシアはそう言って、世界樹の幹にそっと触れた。


「……あなたは、誰か困っている人を見たら、放っておけないのでしょう」


「そうだな。たぶん」


「だから、私も拾った」


「雑な言い方だな」


「事実です」


口調はいつも通りだが、翡翠の瞳の奥には複雑な感情が渦巻いている。


「……正直に言います」


リュシアはゆっくり顔を上げ、ゆうを見つめた。


「私、少し……嫌です」


「嫌?」


「ここが“誰のものでもない場所”であることは、わかっています。

あなたが誰かを助けるだろうことも、わかっています」


一度言葉を切り、ぎゅっと指先に力を込める。


「でも……ここが、“私だけの特別な場所”であってほしいと……思ってしまうのです」


それは、はっきりとした嫉妬だった。


ゆうは驚きを隠さずに目を瞬く。


「……それは、俺のことを責めてるわけじゃないよな」


「責めてはいません。

ただ、抑えきれないだけです」


「抑えきれない?」


「はい」


リュシアはほんの少し、困ったように微笑んだ。


「あなたが笑っていると、嬉しくなります。

あなたが誰かに優しくすると、誇らしくなります」


そこで一拍置かれる。


「でも……もし、その“誰か”が増えていったらと想像すると……胸がざわつきます」


言葉を探すように、ゆっくり続ける。


「この森であなたの隣にいるのが、私ではなくなるような気がして」


ようやく出てきた本音だった。


ゆうは、しばらく何も言えなかった。


(……ここまで言ってくれるのか)


胸の奥が、少し熱くなる。


「リュシア」


名前を呼ぶと、彼女はびくりと肩を揺らした。


「まず一つ言えるのはな」


「……はい」


「今、ここにいるのは俺とリュシアだってことだ」


「……それは、そうですが」


「この場所を最初に一緒に守るって決めたのは、俺とリュシアだ。

その事実が変わることはないよ」


リュシアの瞳が、わずかに揺れる。


「それに」


ゆうは世界樹を見上げながら続けた。


「もし、今後誰かがここに来ても……

俺ひとりじゃ守りきれない。

器用なタイプでもないしな」


「……自覚はあるのですね」


「あるよ。だからこそ――」


ゆうはリュシアを見る。


「一緒に守ってほしい」


「……」


「この場所も、ここで暮らす誰かも。

そして……俺のことも」


リュシアの瞳に、驚きと戸惑い、そしてほんの少しの喜びが浮かぶ。


「……ゆう」


「最初にここを選んで、ここに残るって決めてくれたのは、リュシアだろ。

それは、俺にとっても特別だ」


静かな言葉だったが、嘘はひとつもない。


「だから、もし誰かが増えたとしても――

この場所の“いちばん最初の住人”はリュシアだよ」


「……“いちばん最初”」


「そう。最初の仲間で、最初の守り手だ」


リュシアは、胸の前でぎゅっと両手を握りしめた。


「……ずるいです」


「そうか?」


「そうやって、簡単に……安心させてしまうところが」


そう言いながら、彼女の表情は確かにほぐれていく。


「……ですが、少しだけ、ほっとしました」


「それならよかった」


「ただし」


リュシアはすっと一歩近づいた。

ゆうとの距離が、腕一本分もないところまで縮まる。


「あなたが誰かを受け入れるとき、私は必ずそばにいます」


「……お目付け役ってやつか?」


「見張り役と言ってください」


「物言いが厳しいな」


「当然です。

あなたは、優しいがゆえに危なっかしいのですから」


ほんの少しだけ、呆れたように微笑む。


「もし、ここに誰かが増えるとしても――」


リュシアは真っ直ぐに言った。


「私は、“あなたの隣”から退くつもりはありません」


その言葉に、ゆうの心臓がどくりと鳴る。


「……それは、心強いな」


「心強い、だけですか?」


「十分大きいよ、それ」


そう言うと、リュシアはほんのわずかに頬を膨らませた。


「……本当に、そういうところです」


「どのところだ?」


「自覚のないところです」


彼女はくるりと踵を返し、森の方へ歩き出した。


「見回りに行ってきます」


「行ってらっしゃい。気をつけてな」


「気をつけます。

――あなたのために」


最後の一言だけ、振り返らずに落とされた。


ゆうはしばらく、その背中を見送る。


(……本当に、真っ直ぐなやつだな)


胸の奥のざわめきは、不思議と嫌なものではなかった。


世界樹の若葉が、そっと揺れる。

まるで、二人の会話を聞いていたかのように。


この聖域は、確かに変わり始めていた。


“ひとりの場所”から、

“ふたりの場所”へ。


そしていつか――

もっと多くの「大切な誰か」が加わる場所へ。


だが、その最初の一歩を踏み出したのは、やはり――

銀の髪のエルフだった。

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