第37話 寄り添う影
第37話 寄り添う影
朝の空気は、昨夜よりも少しあたたかかった。
ゆうが目を覚ますと、焚火の残り火がほのかに赤く光っている。
そして――すぐ隣に、静かな寝息。
「……リュシア?」
昨夜、焚火のそばで肩が触れそうな距離に座った。
そのまま、いつの間にか眠ってしまったらしい。
リュシアは丸くなり、ゆうの肩にもたれるようにして眠っていた。
銀髪が風に揺れ、その香りがふわりと漂う。
(……近いな)
驚きよりも、どこかくすぐったい感覚が胸の奥に広がった。
彼女の寝顔は普段より幼く、警戒の影がどこにもなかった。
まるで、この場所にすべてを預けているような穏やかさ。
「ゆう……?」
声をかける前に、リュシアの瞼が揺れた。
ゆっくりと目を開けると、自分の位置に気づいて固まる。
「……っ!? な、なぜ私は……!」
慌てて離れようとするが、ゆうは軽く首を振った。
「大丈夫だよ。無理しなくていい」
「い、いえ……これは、別に……その……」
耳が赤い。
明らかに照れている。
「疲れてたんだろ。ゆっくり眠れたなら、それでいいさ」
「…………」
リュシアは数秒黙り、ふいに小さく言った。
「……はい。……その……ありがとうございます」
初めての素直な感謝だった。
⸻
朝食をとったあと、ゆうは木材の加工に取りかかる。
棚や小さな机が欲しいと思っていたタイミングだ。
トントン……と木を叩く音が聖域に響く。
しばらくすると、リュシアがそばに立っていた。
「……手伝います」
「お、来たか」
「来たか、ではありません。言ってください、最初から」
「いや、ひとりでできると思ってさ」
「できるかどうかではありません。
あなたの作業は、時々……見ていられません」
「言い方よ」
「事実です」
少し強めに言いながらも、手は自然に木材を支えてくれる。
ゆうは苦笑しつつ、のこぎりを引いた。
「そういえばさ」
「なんですか」
「昨夜のことだけど……」
リュシアの手がぴたりと止まる。
「……わ、忘れてください」
「いや、嫌だったのかなと思って」
「嫌では……ありません。ただ……」
言葉が出てこない。
代わりにリュシアは木材の端を少し強く握った。
「あなたの隣は……その……妙に落ち着くので」
「そっか。ならよかったよ」
「……もっと別の反応はありませんか?」
「んー……じゃあ嬉しい、かな?」
「っ……!」
リュシアの耳が再び赤くなる。
その反応が可愛くて、ゆうは思わず笑った。
「な、なんで笑うのですか!」
「いや、ごめん。リュシアって、怒る時と照れる時の差が激しいなって」
「観察しないでください!」
「はいはい」
そのやり取りが、以前よりずっと自然だった。
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昼過ぎ、棚が形になってきたころ。
クロが森の外れを走り回っていたかと思うと、急に戻ってきて低く唸った。
「……クロ? どうした?」
リュシアも反応し、耳を澄ませる。
「……風の音が違います。誰か……近づいています」
ゆうは木槌を置き、周囲を見渡した。
聖域に入れる者はほとんどいない。
リュシアが来たのも偶然のはずだ。
だが、クロが警戒するということは――“外”の何かだ。
「ゆう」
リュシアが一歩前に出る。
「私が行きます」
「危ないぞ」
「わかっています。ですが、あなたを危険には晒せません」
いつもの柔らかさとは違う、迷いのない声。
(……守る側の顔だな)
ゆうは息を吸い込んだ。
「わかった。無茶だけはするなよ」
「任せてください」
彼女は弓を手に取り、静かに森の方へと歩き出す。
その背中は凛としていて、美しかった。
ゆうはクロの頭をそっと撫でる。
「頼んだぞ」
クロは短く鳴き、リュシアの後を追う。
聖域に残されたゆうは、息を整えながら呟く。
「……リュシア、頼もしいな」
不安よりも、その実力を信じている気持ちの方が強かった。
そして――ほんの少し、寂しさもあった。
(……あんなふうに、“守りたい”って思われるのは……悪くないな)
胸の奥がじんわりと温まる。
リュシアが戻るまでの時間が、妙に長く感じた。
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夕暮れ、リュシアが静かに戻ってくる。
「ゆう」
「無事か?」
「ええ。森を駆けていた動物でした。危険はありません」
その報告に、ゆうは心から安心した。
「ありがとう。リュシアが行ってくれて助かったよ」
「……当然です」
そう言いながら、彼女はゆうの顔をじっと見つめた。
「……心配、してくれたのですか」
「そりゃあな。大事な……仲間だから」
その瞬間、リュシアの目がふっと和らいだ。
「……はい」
それ以上の言葉は、彼女は言わなかった。
けれどその表情は、
言葉よりはるかに“ゆうへの想い”を物語っていた。
夜風がふたりの距離をそっと撫で、
焚火がぱちりと弾ける。
聖域に、静かなぬくもりが広がっていった。
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次回、
第38話「踏み込む言葉」




