第3話 クロとのはじまり
森の夜を越え、目を覚ますと──そこにいたのは、黒い獣。
互いに警戒しながらも、どこか通じ合うものがあった。
孤独な男と傷ついた狼。
その出会いが、“異世界での初めての絆”になる。
第3話 クロとのはじまり
洞窟の朝は、静かだった。
外の森から鳥の声が聞こえ、遠くで水の流れる音がする。
ゆうは岩壁にもたれたまま、ぼんやりと目を開けた。
「……お前、まだいたのか」
昨夜の黒い獣──あの狼が、洞窟の入り口で眠っていた。
傷ついた前足を地面に投げ出し、息をゆっくりと吐いている。
光が差し込むと、黒い毛並みが青く光って見えた。
思っていたよりも大きく、しかしどこか気品がある。
ゆうはゆっくりと近づいた。
「……逃げないのか」
返事の代わりに、狼が目を細めた。
「……まったく、夢じゃなかったか」
昨日までは現実感なんてなかった。
だが目の前で息をするこの生き物を見ていると、
“ここがもう元の世界じゃない”ことを嫌でも理解させられた。
ゆうはポケットを探り、何も出てこないのを確かめて苦笑した。
「食べ物もねぇしな……」
ふと、洞窟の奥で見つけた小さな草に目がとまった。
昨夜の光苔の近くに群生している。
葉をちぎって嗅ぐと、ほんのり甘い香り。
「……食えるか?」
ためしに少し口に入れる。
苦みはあるが、毒っぽくはない。
それを狼の前に差し出すと、鼻を近づけ、少しだけ舐めた。
そのまま小さく咀嚼して、ごくんと飲み込む。
「……食った。ってことは大丈夫か」
ゆうは、洞窟の奥から水を汲んで戻ってくると、
手で器を作り、狼の前に差し出した。
「飲め。毒はないと思う」
狼は迷うことなく、ぺろぺろと水を舐めた。
その舌の動きがやけに静かで、安心するようなリズムだった。
「……よし、よし」
ゆうは膝をつき、狼の頭をそっと撫でた。
ざらついた毛並みの下で、確かに体温があった。
その瞬間、狼が喉を鳴らした。
「……グルル……」
威嚇ではなかった。
どこか、くすぐったそうな声。
ゆうは思わず笑った。
「お前、意外とかわいい声出すな」
狼は、わずかに首をかしげるようにしてこちらを見た。
「……そうだな、名前くらい付けとくか。
黒いし──クロ、でどうだ?」
狼は少し考えるように瞬きをした後、短く「ウォフ」と鳴いた。
「お、気に入ったか」
その日から、洞窟には二つの気配があった。
一人と一匹。
火も布団もないが、少しだけ“人の温もり”が戻った気がした。
ゆうは天井を見上げ、静かに呟いた。
「……この世界でも、なんとかやっていけるかもな」
こうして、山里ゆうと黒狼クロの生活が始まった。
火を起こす方法を探し、食べられるものを見つけ、
少しずつ“生きる技術”を覚えていく。
次回、第4話「火を求めて」。
洞窟に、初めての灯りがともる。




