第27話 距離のある朝
昨日までひとりだった聖域に、エルフの少女・リュシアが加わった。
ぎこちなく、それでも確かに始まる“ふたりの時間”。
距離を保ちながらも、少しずつ歩み寄る朝が訪れる。
第27話 距離のある朝
朝の光が、聖域の入り口から静かに差し込んでいた。
焚火の灰はまだほんのりと温かく、夜がついさっきまでここにいたことを物語っている。
ゆうは目を覚まし、大きく伸びをした。
「……さて」
いつもの癖で周囲を見回し、そこでようやく――気づいた。
「……そういや、昨日から一人じゃないんだった」
視線の先。
少し離れた場所に、リュシアの姿があった。
壁際に背を預け、足を抱えるように座っている。
眠っているようにも見えるが、耳がぴくりと動いた。
「起きてるか?」
「……起きています」
素っ気ない返事。
「よく眠れたか?」
「……それなりに」
淡々とした声だが、目の下にわずかに影がある。
緊張していたのだろう。
ゆうは苦笑しつつ、鍋に湧き水を入れ火を起こした。
「硬い地面で悪かったな」
「慣れているので構いません」
そう言いながらも、視線はちらりとゆうの手元を追っている。
湧き水を沸かし、乾燥させた果実を少し入れる。
簡単な朝食だ。
木杯に注いで差し出すと、リュシアは一瞬戸惑いながら受け取った。
「……毒は入っていませんよね?」
「入れてどうする」
「……冗談です」
だが顔は真剣だった。
一口飲み、少しだけ目を細める。
「……悪くありません」
「それはどうも」
そんな会話が、静かに続く。
空気はまだぎこちない。
だが、昨日の張りつめた緊張とは違う。
少しだけ“朝”の柔らかさが滲んでいた。
リュシアの視線が、世界樹に向かう。
鉢植えの若木は、朝日に照らされて静かに輝いていた。
「……昨日言っていたこと、本当なのですね」
「世界樹のことか?」
「はい。世界に一本しか存在しない、命の樹……」
「そういう話だったな」
「それを……あなたは、隠している」
ゆうは肩をすくめた。
「利用する気もないって言ったろ」
「普通は……力にしようとします」
「普通じゃないからここにいるんだよ」
リュシアは小さく鼻を鳴らす。
「……変わった人間ですね」
「よく言われる」
一瞬、沈黙。
それから、ぽつりと。
「……私が、ここにいてもいいのですか」
声は小さい。
けれど確かに揺れていた。
「嫌なら追い出してもいいぞ?」
「……そんなことは言っていません」
むっとしたようにそっぽを向く。
「ただ……この場所は、危険ではないのですか」
「今のところ平和だぞ。クロもいるしな」
クロが「ウォフ」と誇らしげに鳴く。
リュシアの視線が、その毛並みに向かう。
「……この子は、信頼できそうです」
「だろ?」
「……あなたは……微妙です」
「ひでぇな」
ほんの少しだけ、彼女の口元が緩んだ。
きっと本人は自覚していないだろうが――
それは、微かな笑みだった。
世界樹の前に近づき、リュシアはそっと手をかざす。
「ここは……不思議な静けさがあります」
「気に入らないなら別の場所探すか?」
「……そんなことは言っていません」
またツンとした視線。
「少し……様子を見させてください」
「好きにしろ」
そう言うと、リュシアは静かに頷いた。
その姿を見ながらゆうは思う。
(ほんと、不器用だな……でも悪くない)
聖域の朝は穏やかだった。
だが確かに、空気の質が変わっている。
ひとりだった場所に、
もうひとつの気配が溶け込んでいく。
距離はまだある。
だが、それは確かに――縮まり始めていた。
無言の時間すらも、どこか心地よくなり始めた聖域。
だがリュシアの過去もまた、静かに影を落としている。
次回、第28話
「翡翠の瞳に映るもの」
彼女の過去の断片が、少しだけ語られる――




