第25話 静かな決意のその先で
若返りという異常を受け入れたゆう。
だが森での暮らしは、今日も変わらず静かに続いている。
世界樹は箱庭の中で穏やかに息づき、
聖域はゆっくりと“意志”を持ち始めていた。
そしてこの場所は──
新たな出会いを、まだ音も立てずに呼び寄せようとしている。
第25話 静かな決意のその先で
若返りを受け入れると決めてから、数日が過ぎた。
ゆうの生活は、表面だけ見れば何も変わっていない。
薪を割り、湧き水を汲み、鉢植えの世界樹に水をやり、
クロと共に森の中を巡る――それだけだ。
けれど、内側で確かに“何か”が変わっていた。
身体は軽く、疲れにくい。
動きに無駄がなくなり、作業の手際が明らかに良い。
「……ほんと、不思議だよな」
作業台の前で木を削りながら、ぽつりと呟く。
今日は新しく棚を二段増やす予定だった。
木片を削る音が、聖域に心地よく響く。
クロは近くで丸くなり、時おり顔を上げて周囲を確認している。
「お前も警戒してるのか?」
クロは耳をぴくりと動かしただけで、返事はない。
最近、森の空気が少し変わってきている気がしていた。
風は穏やかだが、どこか“流れ”がある。
まるで、聖域の外から何かが近づいているような――
そんな感覚。
ゆうは作業を終え、世界樹の鉢に目を向けた。
小さな芽は、確かに育っている。
けれど大きくなろうとはしない。
伸びすぎない。
それでも枯れない。
「……お前はお前のままでいいんだな」
箱庭の中で静かに息づく世界樹。
ゆうはもう、それを“普通の木”とは見ていなかった。
だが神として崇める気もない。
ただ、守りたいと思う存在だった。
「ま、無理に何かさせようとは思ってないさ」
鉢を軽く整え、土の湿り気を確認する。
そのとき、クロが突然立ち上がった。
「……ん?」
鼻を地面につけ、低く唸る。
その視線の先は――森の奥。
ゆうはそちらへ目を向けた。
音はない。
匂いも、ほとんど感じない。
だが、確かに何かが“ある”。
「……誰かいるのか?」
クロは動かない。ただじっと注視している。
ゆうは慎重に立ち上がり、短剣を腰に下げた。
「近づいてくる感じじゃないな……迷ってるのか?」
森の中で、人が迷えば助けるつもりでいる。
それは最初から決めていたことだ。
だが、まだ姿は見えない。
ゆうはしばらく警戒を続けたが、
その気配はやがて薄れていった。
「……気のせい、か」
そう自分に言い聞かせながらも、どこか引っかかっていた。
その夜。
焚火の前でクロと静かに座り、ゆうは考えていた。
「もし……誰かがこの森に来たら」
以前の自分なら、避けたかもしれない。
人付き合いが苦手で、閉塞感が嫌で。
だが今は違う。
「ここは……俺の居場所だ。でも、誰かの居場所にもなれるかもな」
火の揺らぎを見つめながら、静かに笑う。
「ただの一人暮らしも悪くないけどさ」
クロが「ウォフ」と小さく鳴いた。
「そうだな。無理には増やさない。でも……必要なやつが来るなら、拒まない」
世界樹の芽が、夜の光を受けてほのかに輝いていた。
静かな聖域は、何も語らない。
けれど確かに、この場所は
“変わろう”としていた。
ゆうの知らないところで、
森の奥でもうひとつの物語が静かに始まりかけている。
それを、ゆうはまだ理解していない。
ただ、穏やかな夜だった。
ゆうはまだ知らない。
だが森の中で、ひとつの“出会い”が静かに近づいている。
次回、第26話
「森で眠る少女」
聖域の外で、ゆうは“誰か”を拾うことになる――。




