第22話 世界樹の芽
ついに、世界樹の鉢に変化が起こり始める。
ゆうとクロが見守るなか、小さな芽がその姿を現す。
聖域は穏やかに、その命の誕生を祝福していた。
第22話 世界樹の芽
翌朝、ゆうは湧き水の音で目を覚ました。
いつもより澄んだ気配があった。
クロはすでに起きていて、
世界樹の鉢の前でちょこんと座っている。
「おはよう……そんなとこで何してんだ」
クロは振り返り、短く「ウォフッ」と鳴いた。
まるで「早く来い」と言っているようだった。
ゆうは寝ぼけ頭をこすりながら鉢に歩み寄った。
「さて……芽はまだか?」
昨日土が盛り上がっていた部分を覗き込む。
その瞬間──
ゆうの息が止まった。
土の中央に、小さな“緑の突起”が顔を出していた。
「……おぉ……!」
思わず声が漏れた。
手の先ほどの小さな膨らみから、
ほんの数ミリの芽がまっすぐ伸びている。
一般の植物の芽と形は似ている。
だが、違う。
芽の表面は淡く光り、
朝日の反射とは違うゆらぎを持っていた。
ゆうはゆっくりと手を伸ばし、
触れないようにそっと指を近づける。
「……本当に……生えたのか……」
そんな当たり前の事実に、胸が熱くなる。
異世界での生活は慣れてきたが、
この世界の植物を自分の手で育てるのは初めてだった。
それが、世界樹という特別な存在ならなおさらだ。
「よしよし……よく出てきたなぁ」
ゆうが思わず声をかけると、
クロが誇らしげに胸を張った。
「お前が一番早く気づいてたんだろ」
クロは嬉しそうに尻尾を振る。
芽を観察したあと、
ゆうは湧き水を汲んで根元に注いだ。
水が土に吸い込まれると、
芽がわずかに震えた気がした。
「……気のせい?」
風も吹いていない。
だが、確かに葉のない小さな茎が震えたように見えた。
そのとき、聖域全体に柔らかな光が流れた。
湧き水の表面がゆらぎ、
風がないのに葉がそよいだ。
ゆうの体に、心地よい温かさが広がる。
「……なんか、今日やけに身体が軽いな」
昨日までの作業で筋肉痛が出るはずだった。
しかし痛みはなく、むしろ“回復した”ような感覚があった。
「いや……昨日ちゃんと休んだからか」
そう納得しつつも、
聖域の空気がやけに澄んでいるのは気になった。
果物の鉢のほうに目を向けると、
新芽がもうひとつ増えている。
「おお……元気だなぁ、お前ら」
ゆうは果物の葉を撫で、
世界樹の芽のほうを振り返った。
小さな芽は、朝の光を受けて静かに輝いていた。
「これからどれくらい大きくなるんだろうな……」
ゆうはワクワクを胸に、
拠点の整理を始めた。
作業台を整え、昨日作った棚に材料を並べ、
火床の周りを綺麗にし、
夜の冷え込みに備えて木の皮で“簡易カーテン”を吊るした。
作業の手際が、いつもより良い気がした。
「……やっぱり身体が軽い気がする」
だが深く考えず、
冷たい風を避けられる居心地のよさに満足する。
聖域の中心では、世界樹の芽がゆっくりと揺れていた。
風は吹いていない。
それはまるで、
“ここにいるぞ”と小さく主張するような動きだった。
ゆうは気にも留めず、
ただ植物の成長を嬉しそうに眺めていた。
この小さな芽が後に、
ゆう自身の運命を大きく変えることなど、
まだ知る由もなかった。
世界樹の芽が出た日。
聖域の空気は軽く、静かで、どこか優しかった。
ゆうは気にしていないが、
その変化は彼自身にも確かに影響を与えている。
次回、第23話「若返りの朝」。
ゆうに、思いもしない変化が訪れる──。




