第20話 芽吹き前の静けさ
世界樹の鉢と果物の鉢。
ゆうは植物の成長を楽しみに、聖域での穏やかな朝を迎える。
だが、聖域には小さな変化が積み重なっていた──
ゆうがまだ気づかないだけで。
第20話 芽吹き前の静けさ
聖域に朝の光が差し込む。
湧き水の音が、いつもより澄んで聞こえる気がした。
ゆうは寝起きの身体を伸ばし、
鉢植えの様子を見に歩いていく。
クロも当然のように横を歩く。
「さて……どうなってるかな」
世界樹の鉢は昨日のままだ。
だが、そばを通った瞬間──
「……あれ?」
土が、ほんのり湿っていた。
昨日の夕方に水やりした量から考えると、
通常ならもっと乾いているはずだ。
「湧き水の湿気かな……?
いや、この森は湿気ありそうだし……まぁ、そういうもんか」
特に不思議がるほどのことではない。
ただ、ゆうは「ちょっと変だな」と思っただけだった。
クロは世界樹の鉢を覗き込むと、
尻尾をゆっくり振ってから果物の鉢へ移動した。
「お、果物のほうは……」
昨日植えたばかりの苗の葉が、
心なしか生き生きと見えた。
ほんの少しだけ光沢が増し、
色が濃くなっているように見える。
「育つの早いなぁ。
土が良いのか、湧き水が良いのか……」
ゆうは指先で葉を軽く撫でる。
しっとりとしていて、弾力がある。
「ま、植物の成長なんて気まぐれなもんだしな。
日当たりもいいし、ここの環境が合ってるんだろ」
聖域の奥から、
ふわりと柔らかい風が吹いてきた。
真風ではなく、
森が呼吸しているような微妙な揺らぎ。
ゆうは気持ちよさそうに目を細める。
「あー……この空気、好きだわ」
森に来てから、
こういう静けさは珍しくなかったが──
“ここ”の静けさはどこか特別だった。
言葉にできない居心地の良さがある。
クロが湧き水のほうへ歩き、
岩肌から流れ落ちる水を舐めた。
ゆうも手ですくって飲んでみる。
「……ん? なんか昨日より冷たくてウマいな」
単なる気のせいか、
鉢植えの作業で疲れた身体が求めているだけなのか。
そう考えて特に気に留めなかった。
もしこのとき、
ゆうが湧き水の近くに“淡い光の粒”が漂っているのを
少しでも認識していたら──
わずかな違和感に気づいたかもしれない。
だが彼は風景になじみすぎていた。
「さて、朝飯にすっか。
今日は燻製と、昨日の果物だな」
ゆうが立ち上がると、
クロは待ってましたと言わんばかりに小さく跳ねた。
「お前ほんと食い意地張ってんな」
ゆうは笑いながら洞窟……いや、
聖域の“家”となりつつある場所へ戻っていく。
植物の変化、
湧き水の透明度、
風の心地よさ。
それらはすべて、この聖域がゆっくりと目覚めている証だった。
だがゆうは、それをただの“森の特徴”としか思っていない。
まだ、何も知らないまま。
今日も森の生活は、静かに進んでいく。
しかしその裏で──
世界樹の種は、確かに力をため始めていた。
聖域の空気が澄み、植物がわずかに成長し、
湧き水が昨日より美味しく感じる。
ゆうにはただの“森の住み心地の良さ”にしか思えない。
しかし、確実に何かが動き始めていた。
次回、第21話「聖域の変化」。
世界樹の鉢にある現象が起こる──。




