第15話 影の正体
森に忍び寄る“影”。
それは魔物ではなく、人の気配だった。
ゆうとクロが出会うのは──
ティリアの村から来た、ひとりの青年だった。
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第15話 影の正体
クロの咆哮が森に響いた。
ゆうはクロの背後に下がりながら、耳を澄ませた。
再び──気配。
茂みの奥、木の影の向こうで“何か”が動いた。
重いのに軽い。
荷物を背負った人のようにも聞こえる。
(魔物……じゃない? 人間か……?)
ゆうが息を呑んだ瞬間、枝の折れる音が響いた。
ゆっくりと、ゆっくりと茂みが開く。
ゆうは拳を握りしめ、クロは牙を向ける。
「……誰だ」
返事はない。
茂みの影から、黒いローブをまとった“人影”が一歩、姿を現した。
「……人、か?」
ゆうが呟く。
ローブのフードは深くかぶられ顔は見えない。
肩には小さな荷袋。
身のこなしは軽く、しかし警戒そのもの。
その人物はゆうを見て、
次にクロへ視線を移し──
一瞬で表情が変わった。
「黒獣……ッ!」
恐怖とも驚愕とも言えない声が漏れた。
ゆうは慌てて前に出た。
「待て! こいつは襲わねぇ!」
だが相手は後ずさりしながら、震える声で言った。
「黒獣が……人間を守ってる……?
そんな……そんな馬鹿な……」
ゆうはクロの頭に手を置いた。
クロは牙を引き、静かに座り込む。
「落ち着け。話せるなら話したい。
俺は森で暮らしている者だ」
黒ローブの人物はしばらく固まったままゆうとクロを見比べていたが、
やがて震えが止まり、そっとフードを下ろした。
現れたのは──
二十代半ばほどの、茶色の短い髪の青年だった。
顔立ちは穏やかだが、目の下に疲れが滲んでいる。
「……あなた、旅の者ですか?」
「まぁ、そんなところだ」
クロは警戒を緩めないまま青年を睨む。
青年はその視線に耐えきれず、ほとんど腰を落としそうになりながら口を開いた。
「わ、私は……ティリアの村の見習い神官、ルークといいます。
ティリアを探しに……森へ入りました」
ゆうは目を見開いた。
「ティリアを?」
「はい。村では……彼女が森へ入ったと言って大騒ぎで……。
彼女のお母さんはまだ意識が戻らず……
ティリアも戻ってこない。
誰かが捜索に向かわないと……」
ルークの声は震えていた。
「黒獣の森に入るなんて、本来ありえないんです……。
ですが、ティリアは優しい子です。
きっと、何か理由があると……」
ゆうは静かに頷いた。
「ティリアは、無事に村に戻ったはずだ。
生命の草を持ってな」
ルークが驚きのあまり、足をもつれさせ崩れ落ちた。
「……本当……なんですか……?」
「あぁ。あの子は強い。
お前らの村のため、母親のために命懸けで頑張ってたよ」
青年は目を潤ませて、大きく頭を下げた。
「あ……ありがとうございます……!
彼女を……守ってくださったんですね……!」
ゆうは肩をすくめる。
「守ったのは俺じゃない。クロだよ」
青年は恐る恐るクロを見る。
「……黒獣が……人を守るなんて……」
ゆうは笑った。
「世の中、意外とそういうもんだろ」
しばらく沈黙が流れたあと、ルークはゆうに向き直った。
「あなたの名を教えてください……
村の皆へ伝えなければ……」
ゆうは即座に首を横に振った。
「いや、それはいい」
「ですが──!」
「俺は村にいたいタイプじゃない。
森でひっそり生きるだけだよ」
ルークはゆうの言葉を理解し、
やがて静かに頷いた。
「……わかりました。
あなたの存在は、誰にも話しません。
どうか……森で安全に」
ゆうは軽く手を上げた。
「助かるよ。ティリアのこと、頼んだ」
ルークは深く頭を下げると、クロに怯えながらも森の奥へ戻っていった。
彼の姿が完全に見えなくなったとき、
ゆうは大きく息を吐いた。
「世話の焼ける世界だな……。
だけど──嫌いじゃないかもな」
クロがゆうの手に鼻先を押し付けてきた。
「……さぁ帰るか、相棒」
ゆうとクロは、暮れゆく森の中を静かに歩き出した。
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影の正体は、ティリアを探す見習い神官ルークだった。
彼の登場により、
“人間社会”とゆうの生活が再びつながり始める。
次回、第16話「森に残されたもの」。
ゆうの暮らしに、新しい変化が訪れる──。
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次へ、第16話に進めますか?




