8. ヨーコ、交渉の条件
(本作品はフィクションであり、実在の人物や政治的主張とは関係ありません)
ワイヤレスマイクにとんでもない価値をつけて吹っ掛けるという進次郎たちのハッタリ作戦は成功した。ヤマズはすでにだいぶ身を乗り出している。
「……まぁ…それが本当なら興味はあるな……」
「そうでしょうねぇ。商人なら誰しも未来を知りたいものね……」
「しかし…何故、うちに持ってきた?何故、自分のところで使わない?もっと大きなところに売れば良い値段にもなるだろう。貴族だって大枚はたくだろうし、王族だって興味を引くだろう」
当然の疑問だ。ヤマズはまだ警戒を崩さない。
「それがねぇ、調べてみたら、どうもその王家の宝物庫の盗難品らしいのよ。ウチが利用したり、表立って売るわけにはいかなくてね。王家に持っていったらこっちがお縄よ」
ヨーコは肩をすくめる。見たこともない美しさの工芸品だけに、王家の流出という話は、説得力がある。
「なるほど……面白いな……」
出所の怪しい商品を捌くことなら自信がある。他の商会に売っても、盗賊に売っても良い。いや、どこかの国に売ったらどうだろう?最近、羽振りがいい傭兵団になら?とんでもない取引になるはずだ。予言が本当かは後で考えれば良い。最悪、全部が嘘だったとしても、ヨーコと同じ売り言葉で誰かを引っ掛ければいいだけだ。
「わかった。いくらだ?」
(かかった)
ヨーコは心の中でほくそ笑む。と同時に、ヤマズもまたほくそ笑む。
「100万ドル……と言いたいところだけど、こっちも引け目があるからね……50万ドルなら即決」
「50万ドルか……バカバカしい。本当に予言が当たるかわからんのにそこまでは払えんよ」
ヤマズは揺さぶってくる。
「そう?ま、出せないないなら他に持っていくだけだけどね」
ヨーコは強気を崩さない。
「ふむ…20でどうだ」
「半分以下じゃない。無しね」
「わかった25!」
「刻むね。せめて40」
「30!」
「30万ドルね……まぁ手を打ってもいいかな……でも一つ条件がある」
「条件?」
「シンジロー!」
ヨーコがここぞとばかりに声を上げる。
シンジローと呼ばれた見慣れぬ男が部屋に入ってくる。精悍な体つきに不思議な衣装。
その背には猫耳の少女ヴェルニー。
「なんだこいつは?取引は1対1のはずだろう?」
ヤマズが抗議する。
「固いこと言うなって、こいつはシンジロー、この天籟の話し手を持ってきた張本人だ」
「シン…ジュロー?」
スピーカーが進次郎のものであるのはもちろん本当だ。
だが、ヨーコの誘導により、ヤマズは進次郎を盗賊の類だと連想してしまっている。
こいつは大胆にも王家の秘宝を盗んで売り飛ばすとんでもない悪党だと。
この悪党は盗賊に似つかわしくない品のある佇まいと鋭い眼光を持っている。
そこらのゴロツキではない、キレた才能と鋼鉄の意思を備えた男。
異国風の衣装だが、それも洗練されていて、ただものでないことは感じ取れる。
(盗賊にしても……こいつは相当にヤバい盗賊だ)
ヤマズは気おされた。
その気後れを見透かすように進次郎が迫る。
「この少女、ヴェルニーの代償契約魔法を解除してもらおう」
「は?」
その意外な申し出にヤマズは困惑した。
「シンジローが言った通りよ。30万ドルと代償契約魔法の解除がこの天籟の話し手を渡す条件」
ヨーコはヤマズに商談の条件を持ちかける。
「この猫耳……あの借金の小娘か……」
ヤマズはヴェルニーの名前も覚えていない。彼にとってはたくさんいるカモの一人に過ぎないのだから。
「私の見積もりだと、この子の借金は1万ドルかそこら。今、契約解除しても、大して痛くも痒くもないはずだけどねぇ?」
ヨーコの見積もりは正しい。総額でわずか8千ドル。天籟の話し手が手に入れば、はした金だろう。
「……分かった…その条件で……」
そこまでヤマズが言いかけた時に、男の声が割って入る。
「おいおい!ヤマズ!口車に乗せられて勝手に契約解除するんじゃねぇよ!」
扉から鷲鼻の暗い目をした男が現れた。
(本作品はフィクションであり、実在の人物や政治的主張とは関係ありません)