6. ヨーコ、秘宝「天籟の語り手」の商談を持ちかける
(本作品はフィクションであり、実在の人物や政治的主張とは関係ありません)
その夜、ヨーコはヴェルニーに代償契約を追わせた悪徳商会の建物を単身で訪れた。小脇に高級そうな布の包みを抱えている。使用人の老人に、コースカ商会の名を告げ、取次を願う。
「主人がお会いになるそうです……こちらへ……」
老人の案内に従い、商会の中に入る。
長い廊下の先の応接で、悪徳商会のボス、ヤマズがヨーコを迎える。
大柄ででっぷりした男。顔がやや赤い。
「コースカ紹介の御息女が、夜分に急ぎの取引とは……珍しい……こんな夜更けに何か売りたいものでも?」
ヤマズが中年男らしい下卑た笑みを浮かべながら、ヨーコに品定めの視線を送る。
「もちろん」
「まずは一杯どうだ?ちょうど晩酌の途中でな」
赤ら顔はそのせいか。ヨーコは冷たい目線を送りながら言葉を返す。
「私たち商人はいつでも『時は金なり』でしょう?」
「それはそうだ。では前置きは無しに商談に入りましょう。こちらへ。」
二人は応接の机に向き合って座る。薄暗い部屋に安いロウソクの煙がけぶる。
「私が売りたいものはコレ」
ヨーコは高級な包布を取り払い、中身を見せる。それは進次郎のワイヤレススピーカーだった。
異質なデザイン。滑らかな表面、精度の高いフォルム。
この世界では見慣れない品物にヤマズが眼を細める。
「これは?たしかに物珍しいですが?」
興味があっても、まずはケチをつけるのが商人のならいだ。
「これは天籟の語り手」
「聞いたことがないな」
「そうでしょうね。うちではこれを美術品として仕入れたんだけど、由来も正体もただものではなくてね……」
ヨーコは間を持たせて言う。
「……これはね…天から預言をもたらす魔法具なのよ」
ヤマズは心底くだらないことを聞いたと言った感じで、一笑に付した。
「ハッ!バカバカしい!」
その呆れる仕草を咎めるように、スピーカーが声を発し始めた。
『オ・ロ・カ・モ・ノ』
「何だと?!」
ヤマズは眼を見開いて周囲を見回す。
ここにはヤマズとヨーコの2人しかいないのに、明らかに違う声がした。
ヤマズはスピーカーに触れようとする。
『我・ニ・触レルナ・我・天カラノ使イ・ナリ』
スピーカーの警告にヤマズはビックリして手を引く。
『我ハ所有者二……未来ヲ告グルモノなり…汝ハ所有者カ???…ガガッ…』
割れているが、しかし厳かな声が響く。
「私は所有者ヨーコ、天籟の語り手よ。今夜起きる出来事を告げて」
ヨーコがスピーカに命ずる。しばらくの間。
スピーカーはノイズ混じりに声を上げる。
『…ガガッ……黒ィ館……ガッ…大キナ商人……ガガッ…大キナ取引……災イ……ガガッ…』
「誰かそこにいるのか?!」
ヤマズが声を荒げる。人がいないのに声がするわけはない。そんな魔法も聞いたことがない。
『……ガガッ……我・天ノ声ナリ……ガッ……』
スピーカーがそこまで言うと、ヨーコはスピーカーのスイッチをオフにした。
薄暗い部屋を沈黙が包む。
「これは所有者と認めたものに未来を告げる魔法具なの。私もこの声のお陰で命を救われた」
その「救われた」という声には実感がこもっていた。「未来を告げる」は大嘘だが。
「ヤマズ。興味ないかしら?未来の情報に?」
ヨーコは誘いの笑みを浮かべる。
商談の開始だ。
(本作品はフィクションであり、実在の人物や政治的主張とは関係ありません)