51. エピローグ ~異なる世界~
「ガターボードからの積み荷は1日遅れるそうですぜ。運搬の手配をお願いします」
「わかったわ。ありがとう」
ヨーコ・コースカはコースカ商会ハマ支店で商品の入荷を確認する。商品の流通も増えてきてめっきり忙しくなった。
ハマの滅亡の危機、そして進次郎が消えてから1年。港湾都市ハマは落ち着きを取り戻していた。
工業都市サキも精霊都市ラツカも戦力を失った上に、狙っていた進次郎がいなくなった今、攻め入る理由はなくなっていた。結果から見れば、都市国家間の戦争の恐れがなくなり、平穏な時代が到来したと言えるだろう。
(この平和もシンジローのおかげかな?)
ヨーコは自室で、伸びた髪先をいじりながら、進次郎のことを思い出す。
進次郎が消えた夜。ウィリアム王子は進次郎が元の世界に戻ったことを皆に告げた。うっかりすると王子が逆上のあまり進次郎を殺したと思われかねない状況だったが、私とヴェルニーの証言を待つまでもなく、進次郎の最後に挨拶をしてくれたおかげで、みな納得してくれており、事なきを得た。
王子は皆に陳謝し、その後、憑き物が落ちたように、黙々と働き始めた。特に家臣と民の声を良く聞いた。かつての進次郎が、王宮でそうしていたように。いつしか、ウィリアム王子のことをお飾りの王子と呼ぶ人はいなくなっていた。近々、病身のヘンリー王から王位を譲位されるのではと噂されている。
宰相ミツバは王子を支え、素早い復興に尽力した。怜悧な弁舌は相変わらずだが、あれからたまに同語反復のようなことを言ってしまうらしい。本人は影響は受けてないと言い張っているが。
シバ将軍は進次郎の武勇伝を毎度毎度、新兵に聞かせて嫌がられているらしい。
父さんは、シンジローの作戦を事前に察していたらしい。それどころか、わざと隙を見せて、ヤマズにマイクを盗ませたというのだから、人が悪い。
ヴェルニーとマシタは赤煉瓦団がいなくなった獣人街で仲間をまとめ、たくましく生きている。
仲間の誕生日には「誕生日は君が生まれた日」と祝うのが定番になっているらしい。
意外なのは魔術師ベツリだろう。一命をとりとめたベツリは王家の直属の魔術師となった。直属となったのは監視下に置くという意味が強かったのだが、精霊王の依り代となった影響で、魔力量が常人の何十倍にもなったため、国家間契約にもかかわれる重要な魔術師として重要視されたことも大きかった。そのおかげであちこちから引く手あまたの人気魔術師になった。性格の悪さで増長するかと思ったら、あまりにちやほやされたことで、承認欲求が満たされて、真面目に忙しく働いているそうで、今ではちょっとした名士らしい。今度会ったらたかだか10%の魔力上昇で詐欺をしてた恥ずかしい過去をからかってやろうと思う。
ヤマズは、進次郎の最後の願い通り、良い商人になった。さっき積み荷の遅延を伝えに来たのがほかならぬヤマズだ。相変わらず悪人面で性格は悪いが、目端は聞くし、交渉もうまい。ヤマズの商会はハマでも存在感が大きくなってきている。進次郎が言った通り良い商人の資質はあったということだ。
この一年のことを思い巡らせながら、ヨーコは進次郎からの手紙を開く。その手紙は、進次郎が去るとき、スピーカーに結び付けられていたものだ。今まで何度読み返しただろうか。
★☆
ヨーコ・コースカ様
あなたがこの手紙を読んでいるということは、私は元の世界に戻ったということです。
元の世界に戻ったということは、私はこの世界からいなくなったということです。
まずはあなたに心からの感謝を表させてください。
この異世界で、貴女の存在がどれだけ心強かったことか。その恩人である貴女とこのような突然の別れをせざるを得ないことを大変心苦しく思います。
せめてもの罪滅ぼしとして、私の「セクシーな解決策」を記しておきます。
セクシーな解決策とは予想もできないクールな方法で、多くの人を救うことです。
まず、異なる世界への転移は、非常に特別なことだと考えました。
また、私に備わった「誰かの願いを叶える能力」もまた特異なものでした。
異なる世界への移動は特異なこと。
それを実現するには、私に備わった特異な力を使うほかないだろうと考えました。
となると、元の世界に戻る唯一の方法は「誰かに私が元の世界に戻ってほしい」と願ってもらうこと。
しかし、誰にそのように思ってもらえば良いのでしょうか?
貴女やヴェルニーはそんなこと思いもしないでしょう。
ヤマズさんやベツリさんなら、私にいなくなってほしいでしょうが、今の彼らは私が応援したいと思える人ではありません。
私のセクシーな解決策とは「私が応援したいと思える人に、私にいなくなってほしいと願ってもらうこと」でした。もとより、これは矛盾しており、実現が難しいことです。
可能性があるとしたら、私の力を必要とするが、同時に必要としない人です。
とてもあり得ないことのように聞こえますが、政治の世界ではよくあることです。
この条件に、ウィリアム王子は当たっていました。
彼は国を良くしたいと真摯に思っており、才も十分にあるにもかかわらず、自分を信じることができず、力を発揮できていませんでした。
そこで、私は、この国の中枢に入りこむことを狙いました。
獣人街で耳目を集め、王家から声がかかることを待ちました。そして声がかかったとき、スピーカーを渡すことで王家に利益をもたらし、対価として立場を得ました。
一度政治の世界に入れば、重要な立場を得るのは私にとっては簡単なことです。少なくとも貴女をバジリスクから救ったときよりは遥かに。
それが国盗りの意味でした。
ウィリアム王子は今は自信をなくしておられるかもしれませんが、真の王となられるお方です。
私がいなくなることで、自立し、他者を思いやる彼の資質が花開くことを確信しています。
改めて、突然の別れとなることをお許しください。
皆さまの未来がより良くなると信じております。
進次郎
★☆
ヨーコは手紙を伏せ、今、進次郎が何をやっているのかと思いをはせる。
仕事を増やすのが好きな人だったから、きっと今も、仕事をしてるに違いない。余計な人助けもしてるのだろう。もともと人前でセンキョエンゼツとかいうのをやっていたところでこっちに来たと言っていたので、今頃、聴衆を前にして「私は帰ってきました。帰ってきたということは、戻ってきたということです」とか言って、聴衆を混乱させているのかもしれない。
そんな空想を楽しみながら、机に置かれた天籟の語り手に触れる。
王家の宝物でも、預言の魔法具でもない。唯一残った異世界との接点。
「異なる世界」へは、言葉や思いも届かない。でも、その願いは心に残っている。
進次郎は「政治家の仕事は、この世の中を少しでも良くすること」と言っていた。彼の言う通り、この世界は少しずつ良くなってきている。声は届かなくても、進次郎が満足していることはわかる。
この世界も、前とは「異なる世界」になったのだ。
秋の爽やかな風がそよぎ、静謐でさわやかな銀木犀の香りを部屋に運ぶ。
鳥のさえずりが窓から聞こえる。
さえずりの合間、戯れにスピーカーのスイッチを入れる。
プツッと微かな音がする。
そして流れる懐かしく、穏やかな声。
『あなたは大丈夫だから、大丈夫です』
スピーカーは当たり前の事を当り前に言って、また沈黙した。
『あなたが最後まで読んだということは、この物語が終わりを告げたということです』
出オチなのに完結する異世界進次郎。
これにて本当に完結です。
面白いと思われた方はぜひご評価お願いします!




