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50. 深慮遠謀、セクシーな解決策(2)

進次郎はヨーコを引き連れ、王子を追いかける。

謁見室の扉を開ける前に、進次郎は振り返って、姿勢を正し、一同に対し、深く礼をする。


「ミツバ宰相、シバ将軍、皆さま。私のようなよそ者を受け入れてくださりありがとうございます。私はまもなく元の世界に帰らなければなりません。この世界は皆さまがいれば大丈夫です。ウィリアム王子を引き立て、長く健やかにお過ごしください」


突然の今生の別れのような挨拶。

謁見室の皆は呆気に取られている。

「シンジロー殿、それは……」

かろうじてシバ将軍が察して声をかけるが、その言葉を最後まで待つことなく、

「では、ごきげんよう」

と、進次郎はヨーコと廊下に出ていってしまった。


「ちょ!ちょっと!シンジロー!本当に帰っちゃうの?これで終わりなの?」

廊下を進む進次郎を追いかけるヨーコ。


「もとより私は異世界からの来訪者。いつかは帰らないといけません……名残惜しくはありますが……」


廊下の向こうからヴェルニーが走ってくる。


「シンジローに言われた通り、拾ったマイクを置いてきたニャ!」

「ありがとう。ヴェルニー」


スピーカーからノイズ混じりの音が鳴る


『ガガガ…ッガ…私が!私が王位継承者なのに!私がシンジローを見出したのに!』

ウィリアム王子の憎々しげな声が、スピーカー越しに鳴る。


「これは?」

「このスピーカー本来の使い方ですよ。ヴェルニーに先回りしてマイクを王子の執務室に置いてきてもらいました」

なるほどヴェルニーの素早さなら誰にも気づかれずに、それくらいのことはできるだろう。


スピーカーから引き続き王子の呪詛の声が響く。


『ガガガ…ッガ……クソ!あんな商人の口車に乗るべきじゃなかった!』


「これならうまく行きそうです。では最後の仕上げです。行きますよ」


進次郎は廊下を進みながら、リュード・コースカと朝まで飲んだ宴を思い出していた。


☆★


「リュードさん。お願いがあります」

夜通しの宴の最中、ヨーコがソファーに寝入ったのを確認し、進次郎はリュードに持ち掛けた。

ワイングラスをコトリとテーブルの上に置く。


「シンジロー殿。あなたのお願いならなんでも聞きますよ」


「ありがとうございます。まず、言っておかなければいけないことがあります」

「なんでしょう?」

「私が王家に貢いだ天籟(てんらい)語り手(スピーカー)。あれは未来を告げる魔法具ではないのです。離れたところに声を出すだけの道具です。」


ギョッとするリュードの前に、進次郎は白い箱のようなものを見せる。

「これがマイクです。これで喋ると遠くで聞こえるだけで、未来の預言ではないのです」

リュードは酔いを振り切って、真剣なまなざしを進次郎に向ける、

「そんな話を私にしてよいのでしょうか?」


「えぇかまいません。ヨーコさんも知っていることですから。むしろ、ヨーコさんは私の嘘に乗ってヤマズにはったりを吹き込んでくれたんですよ。私のせいで危ない橋を渡らせてしまったかもしれません」

リュードはちらりと娘を見やって、「ふむ……娘には娘の考えがあってのことでしょうから、そこは気にしませんよ。で、お願いとは?」と改めて問う。


「あるタイミングで、今の秘密をそれとなく流してほしいのです」


「どういうことだ?秘密をばらすとあなたの身が危ないのでは?」


「そうですね……王家をたばかったことは間違いありませんから……」


「そうまでして……いや、事情は聞きますまい。それでそのタイミングとは……」


「この後、何らかの方法で、私はこの国での名声を高めていきます。その名声が高まった時に、私に対して悪意を持つものに伝えてほしいのです。場合によってはこのマイクを渡しても構いません」


リュードは進次郎の真意を測りかねる。

ただ、何かリスクの高いことをやろうとしていることはわかる。

「かなり危ない橋を渡ることになりそうだが……それは私の判断でいいのか?」


「はい。リュードさんにお任せします。それが私が元の世界へ帰る引き金を引くはずです」

リュードは進次郎からの厚い信頼を感じ、心に刻んだ。


その後、龍と精霊たちの襲撃を排除したことで、進次郎は皆から称えられることになった。名声が高まるという条件としては申し分ないだろう。だが、誰からも称えられるがゆえに明確に悪意をもつものが見当たらなかった。


だが、焼け野原になった王宮の広場でうってつけの候補を見つけた。

旧知の裏稼業商人ヤマズ=イリだ。


ヤマズは進次郎に執着しており、強い反感を持っていると聞いている。リュードは平静を装って、できるだけ軽い声で、呆然と立つヤマズに声をかけた。



☆★


都市龍オーゼンと46精霊がこの国を襲った後、リュードから天籟(てんらい)語り手(スピーカー)の正体を知らされたヤマズは、半壊した王宮で一人トボトボと歩くウィリアム王子に声を掛ける。


「ウィリアム王子……少しよろしいでしょうか……私は商人のヤマズ=イリと申します」


「ヤマズ……」

ウィリアム王子はその名前に聞き覚えがあった。サキの大臣が「商人ヤマズ=イリ」から情報を得たと言っていたのではなかったか。


「えぇ、ガターボードを拠点にしているしがない商人でして。へへ。シンジローとかいう男と天籟(てんらい)語り手(スピーカー)について、ぜひ殿下のお耳に入れたいお話が……」


ヤマズの私欲に満ちた下賤な顔はいつもの王子なら、生理的嫌悪で、近づけたくないものだった。だが、今はその嫌悪感をも嫉妬心が追いやってしまった。サキの情報源なら、聞くべきだろう。と自らに言い訳をする。


「なんだ……申してみよ」


「えぇずばり言いますがね……未来を見通すという天籟(てんらい)語り手(スピーカー)……ありゃ真っ赤な嘘ですぜ。ただの声を伝える道具だそうです」


「なんだと!?シンジローは未来からの預言をもたらすと言っていたが?」

王子は衝撃を受ける。


「そこですよ。これがその証拠です」

ヤマズはコースカ商会から隙を見て盗んできた、白いマイクを王子に見せる。


「これで声を入れると遠くから聞こえるそうですぜ。つまり、やつは殿下を騙したんでさぁ。聖者みたいな面をしながら殿下を陥れて、ほくそ笑んでいやがるんでさぁ。ことによると、やつはこの国を乗っ取ろうとしてるのかもしれませんぜ……」


「貴殿の言うことが正しいか試させてもらうぞ」

王子の脳裏に、先程のシバ将軍と宰相ミツバの進次郎に対する敬意ある視線が浮かび上がる。自分が、この国を統べる人間なのに。自分をまるでいないものかのように。許せない。王子の腹に渦巻いていた嫉妬はついに決壊の域に達した。



☆★



進次郎はヨーコとヴェルニーと共に、執務室の扉を開ける。


扉を開けた時、机を叩く王子と進次郎が持つスピーカーから同じ声が鳴り響く。


『『クソっ!シンジローさえ居なければ!』』


ドアが開いたことに気付いた王子は扉を見やり、進次郎と目線を合わせる。


「シンジロー……」

その視線には昏い嫉妬が満ち満ちていた。


「ウィリアム王子」

いつも通りの歩調、いつも通りの声で、声をかけ、壁の古地図の前まで歩を進める。


「私に国家簒奪の意思がないことなどご存じのはず。私のことなど気にせず鷹揚に構えていれば良いではありませんか」


「それだよシンジロー……お前のその器がな、私には妬ましいのだよ」


「何を言われるのです。私は所詮よそ者。この国はアダムス王家、ウィリアム王子あってのものです」

すがすがしい笑顔を浮かべながら王子に近寄る。その笑顔を素直に受け入れる余裕は今の王子にはない。


「白々しい……近寄るな!」

悲鳴にも似た絶叫とともに、ウィリアム王子が机の上の書類を掴み、力任せに投げつけた。書類がバサバサと舞い散る中、王子の端正な顔は嫉妬と自己嫌悪で丸められた紙のよう形を崩している。飾り立てられた礼服が情けなく揺れた。肩を震わせ、荒い息が漏れる。


「シバ将軍、宰相ミツバ、他の皆も、今、お前がこの国の王にふさわしいと見ている!私はお飾りの王として一生を過ごすんだ!」


その拳は白くなるほど握りしめられ、爪が皮膚に食い込んでいる。歯は固く食いしばられていた。恵まれた地位にあり、才もありながらも自分自身を信じられなかった青年の、痛々しい叫びだった。


「私はよその世界から来た人間です。いずれ戻らなくてはなりません。王となるのはあなたです」

あくまで諭す進次郎。


「黙れ!元の世界に戻れるのなら、今すぐ帰ってくれ!」

ウィリアム王子が王子として言うべきでない、子供じみた言葉で叫ぶ。

王子の渾身の叫びに対して、進次郎は一瞬満足そうな笑みを浮かべ、かつてないほど、やさしい口調で答える。


『私が元の世界に戻るということは、この世界からいなくなるということです』


そして、進次郎の身体から白い光が発光し、幾何学模様を紡ぎだす。


「シンジロー!」

ヨーコは思わず叫ぶ。今の言葉には覚えがある。

進次郎が最初に「セクシーな解決策」を説明した時、彼が言った言葉ではなかったか。

だとしたら、これが彼の求めていた瞬間なのだ。


進次郎は、優しい視線をヨーコに投げかけつつ、ウィリアム王子に語り掛ける。


「ウィリアム王子。ありがとうございます。これで私は元の世界に帰ることができる」


「どういうことだ?」


「あなたは必ずや立派な王になれます。私の噂を聞いたとき、あなたは自身の判断で、獣人街に自ら赴いた。あなたには間違いなく、王の資質がある」


「だからなんだ?」


「私は未来の王たる、あなたにこそ願ってほしかった。『いなくなってほしい』と……」


「シンジロー……殿?」


その言葉で、ウィリアム王子は何かに気付く。

瞳から険しい色が消えていく。

王子の心を絡めとっていた嫉妬と絶望のツタが剥がれ落ちていくかのようだった。


王子は、気づく。

進次郎は自らの帰還と、自身の王としての自立という二つの難事を同時に果たそうとしていたことに。


「シンジロー!」

ヨーコとヴェルニーが叫ぶ。


「ヨーコ。お世話になりました。とても楽しい日々でした……ですがお別れです……貴女ならきっと立派な商人になれる……ヴェルニー、マシタとも仲良く……」

「シンジロー!行っちゃいやニャー!」

ヴェルニーの泣き声。


「シンジロー!アンタって人はいつもひとの事ばっかり……」


ヨーコは涙をこらえている。思えば進次郎は一度もぶれることがなかった。


自らの帰還と他者への奉仕。

自らの帰還すら他人のために活かそうとするその覚悟の前に、ヨーコは震えた。

止められない。

見送る他ない。


進次郎の姿が白い光に包まれ、薄れていく。

そして微かに世界が軋む。

端正なスーツ姿はもう見えない。


部屋を照らしていた白い光は消え、残されたのはスピーカー。

そして、鹿のはく製の角にかけられたマイクだけだった。



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