5. 悪辣な契約、進次郎の怒り
(本作品はフィクションであり、実在の人物や政治的主張とは関係ありません)
ヨーコの本拠地、コースカ商会の広い応接で二人が話し合っている。
「うちの商会は、この地域では一番大きくて色々取り扱ってる。私はそこの跡取り娘ってわけ」
「なるほど。それで顔が利くわけだ」
ゴロツキどもが一目置くのも納得だ。
「さっきの連中は、この街の小さい商会なんだけど、タチ悪いやつらなのよね……」
ヨーコはため息をつきながら天を仰ぐ。
「ところで彼女…ヴェルニーの容態はどうですか?」
進次郎はヨーコに切り出す。
「とりあえず怪我は無いみたい」
ホッとする進次郎に、ヨーコは続けて切り出す。
「でも、正直かなりまずい事態だわ……」
「何がまずいんでしょう?やつらは代償契約とか言っていたが…」
進次郎には状況がまるでつかめなかった。
「うーん。契約魔法は知ってる?代償魔法はその一種で、いわば等価交換。何かを捧げて何かを得る。一番シンプルなやつね。ただ、問題はその契約の代償が、おそらくあの子の命ってこと…」
「魔法……」
(この世界には魔法があるということか…だが、炎が出るとかそういったものとは違ったもののようだな…)
わからないことだらけの今、とにかく聞くしか無い。
「彼女がその契約魔法を使ったと?」
「いや、契約魔法は誰でも扱えるものではないわ。彼女にその魔法をかけた術者がいるはず」
「その術者に勝手に契約された?」
「いや、この手の魔法は本人の同意のものとでないと契約できない…ここからは、ちょっと複雑なんだけど…」
ヨーコは、しばらくうつむいてから説明を始めた。
「あの子に聞いた感じだと、こんな感じ。まず、あの子は家族のために借金をしていた。そして、あちこちから借りてて返せなくなっていた。ここまではかわいそうだけどよくある話」
「そうかもしれませんね……」
弱者が金銭に困るのはどこの世界でも同じことだろう。
「そこに借金をまとめて『返済を楽にしてあげる』と近づいてきたやつがいるみたい」
「なるほど……」
「おそらく借金をまとめる代わりに、彼女の命を代償に契約魔術を施した。借金が返せればよし、返せずに期限がくれば彼女は命を落とし、それを代償に、契約者に利益が入りこむってわけ。その利益が何かはわからないけど。代償が大きいからそれなりのメリットあることでしょうね」
「なるほど債務整理詐欺みたいなものか」
「そのサイムセーリサギがよくわからないけど……」
進次郎の現代日本での例えは通じなかった。
「いずれにしても、彼女は騙されてその契約魔法をかけられたというわけですね……」
進次郎の眼に憤慨の色がさす。
「そうね。それも契約不履行を前提にした仕掛けだと思う。あくどいやりかたで好きになれないな」
ヨーコは眉間にしわを寄せて揉む。
「まぁ…これもよくある話なんだけどねぇ……ウチの商会の縄張りでこういうことされるとねぇ……」
入り口でギシりと音がした。猫耳少女のヴェルニーがフラフラしながら応接に入ってきたのだった。
「寝ていなさい。まだ顔色が悪いよ」
ヨーコはヴェルニーに駆け寄って体を支える。
「でも……でも……お金を返さないと……私が……私が悪いんだニャー」
ヴェルニーは自分を責め続けている。
「そんなことはない。君をこんな目に合わせたやつが悪い」
「わたし…わたし…おとーとにご飯をあげたくて、それで……」
「君は優しい子だ。君は悪くない。」
進次郎はヴェルニーを慰める。ヨーコがヴェルニーに肩を抱いたまま声をかける。
「ヴェルニー……こんな時に悪いけど聞かせて。あなたの契約の期限はわかる?」
「ケーヤクの期限は……次の私の誕生日」
「あなたの誕生日はいつ?」
ヨーコは優しく聞く。
「……明日…明日がわたしの誕生日」
「やっぱり!!」
「明日だって?!」
二人の顔色がさっと変わる。
「そうじゃないかと思ってた…この子を襲っていたやつらが『あと少しの命』とか言ってたから……それに……」
ヨーコはヴェルニーの肩の入れ墨のような文様を指す。
「この肩の紋様がおそらく契約の印。砂時計の形をしていて、砂がほとんど尽きつつある。これからすると今から明日の夜明けまでくらいしか期限がないのかも…」
茶色いひょうたん型の砂時計の紋様の下は砂で満ちているが、上にはほとんど砂が残っていない。
「うぅぅ……ワタシ……もうおとーとにも会えないのかな……」
ヴェルニーは自分の誕生日が自らの命の期限だと知っていた。その悲しみは彼女から気力を奪っていく。
「誕生日に命を落とすなんて……むごい……ヨーコ、この契約を解除するには?」
進次郎は沸き起こる怒りを抑えきれない。
「契約者か……これを掛けた術者なら解除できるかも……でも、契約者も術者も絶対解除しないわよ。連中はこの契約期間が満了するのを待つだけだもの。」
「では、交渉に行きましょう」
進次郎は毅然と言った。
「バッ...馬鹿じゃない?人の話聞いてた?これを施したやつらは契約満了を待ってるだけなの。解除すれば、契約者は丸損、交渉の余地なんて無いわよ!」
「どんな状況でもチャンスはあります。常にピンチはチャンスなんです」
「呆れた……絶対無理よ……」
ヨーコは肩をすくめて天を仰ぐ。
「私は諦めません」
進次郎の言葉には重みがあった。
沈黙の時間が、薄暗い応接に流れる。
「止めても無駄みたいね……わかった……私も付き合うわ。ここでこの子を見捨てるわけにもいかないし……私も貴方ならひょっとして……って思うもの」
ヨーコも覚悟を決める。ヴェルニーを救うために。
(本作品はフィクションであり、実在の人物や政治的主張とは関係ありません)