48. 進次郎、断罪される
どよめく謁見室の中、ウィリアム王子の糾弾は熱を増す。手を振りかざして、なおも追い詰める。
「シンジロー!貴殿はただのスピーカーを預言の道具と偽り、王家に取り入った。さらにその不可思議な力で、信用を得ようとした!そも此度の危機も貴殿自らが謀ったものではないか?」
ヨーコは濡れ衣だと叫びたい気持ちにかられた。
だが、スピーカーをヤマズに偽ったのは自分だし、進次郎も「この国を獲る」と言っていた。進次郎が都市龍オーゼンや46精霊襲来の裏にいたとは思えないが、ヨーコ自身なんと答えていいか分からない。
焦るヨーコの肩に、父リュードが優しく手をかけ、諭した。
「彼を信じて、見ているんだ」
父リュードの声は落ち着いていた。そして、当の本人である、進次郎は、突然の糾弾を気に掛ける様子もなく、前に歩み出た。そこには恐れも、なんの後ろ暗さも見えない。
「殿下」
謁見室の皆が、固唾をのんで見守る中、良く通る声が、鳴り響く。
「そのスピーカーが声を伝えるだけの道具というのはその通りです」
進次郎は全く動じること無く、いつも通り涼やかに、あっさりと認めた。
聴衆はざわつく。
「罪を認めるというのか?!相談役シンジロー!」
ウィリアム王子が勝利を確信し、獰猛な笑みを浮かべる。
「スピーカーはスピーカー。しかし……」
呼吸を挟んで、言葉を続ける。
『未来に向けられた言葉は、全て未来からの言葉なのです』
その言葉は、その場にいる誰にとってもよくわからなかった。
「未来から向けられた言葉」とはスピーカーから流れてくる言葉なのだろうか?未来に向けた言葉は未来からの言葉なのか?不思議な説得力があるが、意味は曖昧で混乱していた。
ヨーコだけが、これが「進次郎構文」であることが分かった。だが、いつもの白い光が発動するわけではない。この場の誰も、進次郎の言葉の助けを必要としてないからだ。ただ、その力とは関係なく、ただ言葉の力で、場の空気は変わった。預言が未来の言葉であることが、さして重要なことでもないようにも思えてきたからだ。
困惑した空気を切り開くように、白と金の儀礼用の鎧を身に着けた、護国の女将軍、フレイヤ・シバが、颯爽と王子の前に出る。
「殿下、よろしいでしょうか」
「なんだ。シバ将軍。異議があるのか」
ウィリアム王子は告発の高揚からか、いつもより高圧的にシバ将軍に答える。
「天籟の語り手の真偽はともかく、シンジロー殿が我らを助けようというその心、二心はないものと思います。私はシンジロー殿をどこまでも信じます」
シバ将軍はその切れ長な眼で真っ直ぐ王子を見つめる。王子は視線を受け止めるも、僅かに眼球が泳ぐ。焦りは隠せない。
かつて、進次郎を敵視していたシバ将軍が、王子に逆らって進次郎をかばうとは!
そのことに聴衆はざわめいた。
「近衛兵!シンジロー殿から槍を引け」
シバ将軍は赤いマントを翻しながら、金で彩られた白い篭手で兵を制す。
相反する命令に戸惑いながらも、射すくめる眼光に押され、近衛兵は構えていた槍を戻して、進次郎から距離を取る。
「王命だぞ!シバ将軍!」
ウィリアム王子はシバ将軍を咎める。だが、将軍は「王はご存命です。第一継承権を持つあなたとの決定は、王命とは言えないでしょう」と切って捨てる。
「クッ……」
言い返すのにつまる王子を背に、シバ将軍は進次郎に近寄った。自身の信念と行動へのゆるぎない意志がそこには見てとれた。
シバ将軍はその美しい赤髪が進次郎に触れるくらいの距離ですれ違いざま、低く小さい声で
「私はあなたにつく」
と告げた。
「ありがとうございます。シバ将軍」
短く感謝を述べる進次郎。
そうしてシバ将軍は進次郎の斜め後ろに立った。
ウィリアム王子は動揺するも、なおも糾弾の姿勢を崩さない。
「シバ将軍が支持しようが、離反の証拠は誰の目にも明らかだ!」
美しい唇が歪み、口角から泡まで飛ばす。
宰相ミツバが荒れる王子に近寄る。
「殿下、どうか落ち着いてください」
「私は落ち着いている!」
シバ将軍の離反に、余裕がなくなり、近づくミツバすら手で振り払おうとする。
宰相ミツバが落ち着いた声で冷静に告げる。
「殿下、このミツバもシンジロー殿の高潔なる精神を信じる心に一点の曇もありません」
人々はざわめいた。
この国で最も進次郎を警戒していたミツバが、冷静沈着、判断を間違わないことで知られるあの宰相が、進次郎を擁護したのだ。
「ミツバ!こいつは甘い顔をして、国を獲ろうとしているのだぞ!反逆者の肩を持つのか!?」
ウィリアム王子は自身の右腕たる、宰相ミツバを睨み、唾を飛ばして非難する。
「私はシンジロー殿が反逆者だとも、国を獲ろうとしているとも思いません」
王子の目を見て、そう言い切ると、靴音を響かせながら、彼もまた進次郎に近寄る。
「そもそも、国とは人の集まりです。人の前に国が来ることは決して無い。つまり……」
そう言いながら、宰相ミツバもまた、シバ将軍と同じく、シンジローの横を通りすぎる。
「国を獲る獲らないは結果の話です。シンジロー殿には国の皆を受け入れる器があると見ます」
そう言い切って、宰相ミツバもシバ将軍と並んで進次郎の後ろに立った。
人々のざわめきが響く。その中に進次郎を糾弾する声はなかった。
ヤマズが予想外の成り行きに目を泳がせている。
港湾国家ハマの二人の重臣を後ろに従えた進次郎は、王のようだった。
いや、二人が寄せる信頼の前には、王という肩書きすら無用に見えた。
立場も肩書きも関係ない、ただどこまでも純粋な人と人の繋がり、信頼。
ウィリアム王子が焦がれ、熱望し、手に入れられてないかけがえのないものを進次郎は勝ち得ている。
なぜ、お前は何も持たないものでありながら、全てを持ち得るのか。
ウィリアム王子の表情が、嫉妬と怒りで赤く染まっていくように見えた。
進次郎はそんな醜い心など、関係ないかのように柔和な口調で告げる。
「殿下、私はもとより、人々に仕えることに喜びを感じております。国家簒奪の意思などありえません」
堂々とした一片のよどみもない回答に人々は嘆息を漏らす。
謁見室の人々も固唾をのんで王子の返答を見守る。
状況に気圧された近衛兵はもはや槍も構えていない。捕縛は不可能だろう。王子がどのような行動に出るか。為政者としての器が試されていた。
ウィリアム王子は両の拳を握りしめ、臣下と民を見回す。握りしめた手を開き、ゆっくりと手を動かし手を剣の柄を握ろうとする。だが、僅かに柄に触れた直後、熱いものに触れたかのように手を引いた。
そのまま手を振り、荒げた声をあげる。
「クッ!簒奪の疑念が晴れたわけではない!王家として処断を追って伝える!」
苛立ちのままに宣言をし、きびすを返して、肩を怒らせながら、王子は謁見室を出た。
重い木製の扉が大きな音を立てて閉められる。




