45. 精霊王、小さき者たちに足をすくわれる
(本作品はフィクションであり、実在の人物や政治的主張とは関係ありません)
黒い魔術師ベツリは、乱暴に吊り上げられた操り人形のような不自然な姿勢で、立っていた。
『シンジロー……ヤはり……危険な存在……』
その口から漏れる伽藍に鳴り響く声。
大気を震わせ、聞く者の脳髄を直接揺さぶるような、絶対的な響き。
『我ガ…眷属ヲ……皆、消滅させた……危険……排除……』
ベツリの口が再び上を向き、そこから白い光球が姿を見せる。進次郎の白い光と似た、だが、優しさはなく、静謐で恐ろしい光。
熱も冷気も風も、すべてがその光に飲み込まれ、ただ畏怖だけがそこに満ちる。
「精霊王が……来る……!」
45精霊を打ち果たした宰相ミツバが再び絶望に膝をつく。
「顕現すれば、この王都ごと消えかねない!」
『我……精霊王始源の王冠、世の理を統べし者……』
光はベツリの頭上で、人の形を取り始め、みるみる大きくなっていく。
それは「無の光」。 それは炎の熱さも、水の力強さも、氷の冷たさも、風の鋭さも、大地のうなりもすべてを飲み込む虚無のような純白。
光はゆっくりと人の形を取り、天を突くほどの「光の巨人」へと変貌していく。のっぺりとした光の輪郭。その頭上には王冠のような虹色の輪が旋回する。精霊を従える「理」そのもの。
ついに始源の精霊が、目の前に出現した。
その時だった。
「ぷはっ!?」
唐突に、魔術師ベツリが、糸の切れた人形のように地面に崩れ落ちた。
彼は激しく咳き込みながら、焦点の定まらない目で周囲を見回す。
「ここは? ラツカじゃねぇのか? なんだこのありさまは……?」
ベツリは状況が飲み込めず、寝転がったまま首を振る。目に入るのは破壊の限りを尽くされた光景。
「『なんだ』じゃないわよ! この野郎! お前のせいで今、世界が終わろうとしてるのよ!」
ヨーコの怒号が飛ぶ。
その声にベツリは気付いて、近くに立っている進次郎たちを見やる。
「あぁ!? シンジローにヨーコか!? それとあの時の猫娘……って、うわあああ!」
ベツリは自分を見下ろす「光の巨人」に気づき、仰向けのまま悲鳴をあげた。
巨人とベツリの身体が光の線でつながっている。
『人ノ魔術師ヨ……器トシテノ役目、大儀デアル……』
精霊王の無慈悲な声が降ってくる。
「ふざけんな! 人のことを乗り物みたいに扱いやがって……」
ベツリは手を振り、精霊王とのつながりを断ち切ろうとするが、手は空を切るのみ。
そこにヴェルニーが吠えかかる。
「ベツリ! 許さないニャ!」
さらにいつもの可愛らしい声とはまるで違う低い唸り声。 瞳孔は針のように細く収縮し、体をバネのように縮ませて、襲い掛かる時を待つ。それは完全に獲物を狩る捕食者の姿だった。
「んだよ! この野郎! やろうってのか!?」
ベツリは慌てて体を起こし、構える。
「お前なんか、引っ掻いてやるニャー!」
「はんっ! 俺は猫が大嫌いなんだよ!蹴っ飛ばしてやる!」
魔術師とは言え、裏稼業なだけあって、構える姿はそれらしく見える。
ヴェルニーが青いショートパンツから伸びたしなやかな脚で石畳を踏み切る。地を舐めるような低い、直線的な踏み込み。ヴェルニーの眼がベツリの首を睨めつける。踏み込みと視線の鋭さにベツリはたたらを踏んで、後ずさる。ヴェルニーは右足を蹴り出して、わずかに軌道修正する。
「くそっ!」
毒づきながらベツリは、左足に体重を載せ、ヴェルニーの頭を狙って、低く蹴りを放とうとする。ヴェルニーの突進にカウンターを合わせ、蹴り飛ばすつもりだ。しかし、ヴェルニーはベツリまでの三歩を残した距離で地を蹴る。しなやかに、そして優美に中を舞うヴェルニーに対して、ベツリは的を絞れず、重心を崩してしまう。そして、体が傾き……
「――あっ」
軸足となっていた左足が、ツルリと滑った。 軸足のかかとが、表面の融解したガラス状の小石を踏んでいた。蹴り出したベツリの右足は空を切り、左足もそれに続く。身体は勢いよく回転し、ベツリの頭部が、綺麗な、完全な弧を描き、後頭部が硬い石畳へと向かっていく。
ゴッ!
王宮広場に、生々しく鈍い音が響き渡った。
「ニャっ?」
着地の瞬間、ベツリの自爆を驚きの目で見るヴェルニー。
悪辣魔術師ベツリは白目を剥き、四肢を投げ出して痙攣し……そして動かなくなった。
プツン。
糸が切れたような音と共に、精霊王の形を成していた巨人のような光が消失した。
突然の静寂が広場を満たす。
「……え?」
ヨーコが間の抜けた声を出す。
進次郎も、王子も、シバ将軍も、口を開けたまま固まっている。
「……精霊たちは、この男の『意識』を経路にしていたようです……」
宰相ミツバが、信じられないものを見る目で、気絶したベツリと、それを不思議そうに突っついているヴェルニーを見つめた。
「この男が失神したことで……依代としての契約と機能が失われ……切断され……精霊王がこの場に留まれ無くなった……ということのようです……」
ハマ未曾有の危機は、猫少女ヴェルニーと一つの小石によってあっけなく終わりを告げた。
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