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41. 全精霊、王都に顕現する

魔術師ベツリから放たれた色とりどりの光球が宙空に浮いている。


色は赤・青・緑・茶・水色の5色。


「ま……まさか…全精霊45体が、ここに……」

赤いローブを着た魔法兵の一人が信じられないというように呟く。


魔法使いは、精霊と契約することで攻撃魔法を使えるようになる。

その精霊自身が立ちはだかっているのだ。

魔法兵たちにとっては神と対面しているようなものだ。


魔法兵のうち一人が、あわてて炎の魔法の詠唱を始める。眼前に現れる炎の小片。


「やめろ!」

宰相ミツバが止めるが、動転した魔法兵はなおも詠唱を続け、眼の前の炎は小片から火球へと成長を遂げた。


炎精霊(アタール)が六階位!誓炎の光炎(ミスラ・フワレナ)

詠唱の完結とともに、赤い光球は、魔法兵の眼の前で暴発した。

火炎により、魔法兵の腕は焼け切れる。


魔法は精霊との契約で成り立つもの。精霊自身にその力が通用するはずはない。

宙空に漂う、赤い光球の一つが、六階位の炎精霊そのものなのだ。


「魔法兵は待機!どうすればいい!?ミツバ」

疲労困憊のシバ将軍がどうにか兵に命令をくだしながらも宰相に問う。

だが、なすすべもなく光球を見つめているミツバの耳には入っていないようだった。


ウィリアム王子が、ミツバの肩を揺さぶる。力一杯に肩を掴むその手は白くこわばる。精霊には剣も矢も大砲も通用しない。ミツバの知恵だけが頼りの局面だ。


「ミツバ!どうなる?我々はどうすればいい?」

王子の焦燥は限界に近づく。この広場の全員の命が風前の灯だ。


宰相ミツバはまだ唖然として空を見上げる。その姿は、天変地異を見つめる小動物のように、無力なものだった。


「通常の魔法使いが契約できるのはせいぜい五階位どまり……三階位ともなれば、伝説級の魔法使いです……それが最上位の精霊まで……全属性が集まっているとなると……さらに精霊王……打つ手など……あるはずが……」


広場の空に浮かぶ光球が各々、人や獣のような形を取り始めた。


精霊たちの力の行使を超えた、精霊そのものの顕現、通常、精霊の姿を顕現するには契約と長い詠唱儀礼がいる。しかし、この精霊たちは、自分の意思で、勝手に契約を成立させ、その姿をあらわそうとしているのだ。そこには儀礼もなにも必要がない。自然精霊の人智及ばぬ意思。


蒼い天空に、素早い風精霊(ヴァーユ)たちが先陣を切って顕現する。

全九階位の風精霊(ヴァーユ)たち。


九階位風塵の小鬼(ワタ・リクタ)

八階位星天の微風(アストラ・ヴァユ)

七階位旋風の威勢ヴィーザヤ・ヴィーシュ

六階位裁きの烈風(ラシュヌ・ヴァズラ)

五階位勝利の突風(ヴェレトラグナ)

四階位風塵の奔流(ワタ・ムスタ)

三階位最上層の疾翔(ヴァーユ・ウパマナ)

二階位平定の息吹(ラーマシュトラ)

最上位聖旋の主神(スプンタ・ヴァユ)


大小とりどりの旋風が、複雑な曲線の飾り窓のような神々しい模様を描き出す。その一筆一筆が、死と破壊を予感させる鋭い旋風。竜巻が、知性を意志を持ったかのようだった。


「これは……すごい」

進次郎は、初めて見る光景に心奪われている。

傍らのヨーコも危険を顧みずに見入ってしまう。


風精霊(ヴァーユ)全九階位……そこまでしてシンジローが邪魔なのか……」

宰相ミツバは畏怖を漏らす。


最上位の風精霊、聖旋の主神(スプンタ・ヴァユ)が風の紋様の中心に顕現する、圧縮された大気と風で象られた巨人。体の表面に無数のつむじ風をまとい、周囲の光を歪ませている。うなるような轟音と、耳を切り裂くような鋭い音が混じり、圧倒的な音圧の不協和音を奏でる。


「すげぇ……聖旋の主神(スプンタ・ヴァユ)なんて……本当にいるんだ……」

1人の魔法兵が、自らが生命の危機に立たされていることも忘れて羨望の声を挙げる。


その声をかき消すように、広場に風が吹き始めた。そよ風から始まった空気の動きは、すぐさまつむじ風となり、あらゆる方向からの風となった。台風のような暴風が、龍巻のような旋風が、荒れ果てた広場のあらゆるものを巻き上げる。


「と……飛ばされるニャー」

一番軽いヴェルニーが風に飛ばされそうになり、火除けのレンガにしがみつく。

「ちゃんとつかんでろ!」

マシタがヴェルニーを後ろから抱きとめる。


「大丈夫か?!」

進次郎はマシタが飛ばされないように後ろから支える。


水精霊(アポ)タチヨ、来レ』

ベツリからまた人ならざる者の声がする。


宰相ミツバがかろうじて指示を出す。

「みんな逃げろ!その魔術師から距離を取れ!精霊たちは、その魔術師を依り代としている!」

だが、そのベツリを中心に精霊と思しき光球が円を描くように飛んでいて、どこに向かえばいいかわからない。


人々の動揺を意に介さず、水精霊(アポ)たちが宙空に顕現する。


空中に大量の水が溢れ出る。一つ一つが形を持っている。人型のもの、水生生物のもの、禍々しい蛇のようなもの。その全ての身体は透明で、水の純粋さと無慈悲さを表していた。それらの中心に、女神の姿をした最上位の水精霊(アポ)完全なる健全(ハウルヴァタト)が顕現する。

水の精霊たちが、宙を踊り、宙空を水でさらに満たし始める。


「かつてこのハマに大規模な水害をもたらしたのが四階位生命の暴流(ヴィーシュ・アポ)だったな……このままでは」

ウィリアム王子は焦りをもって広場の上空に集まりつつある水球を見つめるが、なすすべがない。


さしもの進次郎も、宙に浮かぶ水の塊を見て、震えている。

「信じられない……こんな……こんな現象が目の前で起きるとは……」


「シンジロー殿!精霊たちの狙いはあなたです!あなただけでも逃げてください!」

シバ将軍が進次郎に叫びかけるが、その声をかき消すように地響きが鳴り始める。


土精霊(ザミン)の顕現だ。茶色い光球が地面に降り立ち、岩の巨人や鬼の姿を取り始める。

中央のひときわ大きな険しい山のような巨亀の姿は、土精霊(ザミン)最上位の望ましき統治(フシャスラ・ヴァルヤ)、黒曜石と花崗岩の構成された甲羅、隙間から漏れ落ちる溶岩は赤熱した禍々しい光を放つ。土の眷属たちが、大地を揺るがし、広場の周囲の土が塀のように盛り上がり、退路を断つ。


「しまった!」

ヨーコが気づいたときにはベツリから距離を取るための経路も、王宮までの逃げ道も防がれていた。


「まずい…シンジローの力は、自分のためには使えない……」

進次郎の力は絶大だが、自身には使えない。これだけの暴威の前では、確実に命を落とすだろう。無論その破滅的な未来は、ここにいる進次郎以外の皆にとっても、自分にとっても同じことだ。

ヨーコは、この窮地を逃れる術を導き出そうと、考えを巡らせる。


氷精霊(ダエナ)ヨ、駆レ……』


ベツリからの声と共に、揺れる大地の周囲に冷気が集まる。氷精霊(ダエナ)の顕現。氷の巨人や巨大な角を持つ鹿、白い熊のような動物たちの姿が吹雪をまとって顕現しつつある。咲き乱れる吹雪の中現れた氷精霊(ダエナ)最上位敬虔なる献身スプンタ・アールマイティは、白霧をまとった巨大な狼の姿。その咆哮で眷属を従え、周囲を凍てつかせる。


ヨーコが大声を上げる。

「みんな!シンジローのところに集まって!!!全員!一人残らず!」


王子と宰相と軍の兵士からすれば、ヨーコの言葉に従う必要などない。

だが、その決死の叫びに不思議と皆の身体は動いた。

「行きましょう。シンジロー殿のところへ!」

シバ将軍はふらつきながらも、進次郎を目指す。

怪我をした兵士もお互いを支えあい、スーツ姿の相談役の元へ歩を向ける。


気圧されたウィリアム王子もミツバの肩を抱いて、進次郎の近くに身を寄せる。


「ヴェルニー!シンジローに抱き着いて!」

「了解ニャ!!」

ヨーコの突然の指示に素直にしたがって、ヴェルニーが進次郎の背中に飛びつく。


「うわっ」

飛び乗られた衝撃で、たたらを踏む進次郎を下からマシタが支える。

進次郎の周囲に広場の人全員が集まった。進次郎を中心に人の山ができた格好だ。


「こ……これは?」

意外な展開に戸惑うシンジローとは対照的にヨーコの目は確信に満ちていた。


ヨーコの目にゆらめく炎が映る。


その炎は炎精霊(アタール)たちのもの。燃え盛る火球、火柱、炎をまとった獣たちが姿を空に出現した。炎精霊(アタール)最上位の精霊、最善の天炎(アシャ・ヴァヒシュタ)の姿は翼を持った不死鳥。その巨鳥の中心にあるのは、網膜が焼けるほどの白熱した輝き。

六枚の翼は、羽毛の一枚一枚が青い炎を噴出し、都市龍オーゼンのブレス以上の熱気となって周囲を焼き尽くす。


45体の精霊の顕現を見て、魔術師ベツリからの最終宣告が、伽藍に鳴り響く声としてくだされる。


『異世界カラノ危険ナ来訪者ヲ……排除スル』


その宣言に呼応するようにその場の精霊たちが力をためる。

超自然的な、魔法の、エネルギーの極限。

全精霊が一斉に力を行使するつもりなのだろう。


「ハマは終わるのか……」

真に絶望的な光景にウィリアム王子の剣を握る手が緩む。

そんな弱音を吹き飛ばすように、ヨーコは決然として叫ぶ。


「シンジロー!私たちが最初に会った時の『あの言葉』を!」


進次郎がヨーコの真意を汲んで瞳を輝かす。

大きく息を吸い、初めてこの世界に来た時に、ヨーコにかけた言葉をもう一度発する。


『大丈夫です。私が君たちを守るということは、君たちは大丈夫だと言うことです』


今一度、出会いの『進次郎構文』が解き放たれる。


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