40.悪辣魔術師ベツリ、精霊の依り代となる
進次郎の「浮かんできたんです46という数字が」という言葉に、動揺する宰相ミツバ。
この混乱の場に現れたのは予想外の男。かつて悪徳商人ヤマズと共に、ヴェルニーに命を奪う契約魔法を施した悪徳魔術師ベツリだった。
やせぎすの黒い男が混乱の石畳に立つ。その姿勢は操り人形のように不自然で、いつものイヤミったらしい表情もうつむきがちで見えない。見えない糸に繰られるように、歩みを一歩一歩、不規則に前に進める。
「ベツリ!今更、何しに来た?」
ヨーコが張り上げた声に、進次郎と不穏な空気を感じた兵士たちが自らの負傷も顧みず、ヨーコをかばう。ヴェルニーはヨーコの横で牙を剥く。
「帰れ!こっちに来たら引っ掻いてやるニャ!」
「誰だか知らぬが、今は危急の時。すまんが、お引き取り願おうか」
ウィリアム王子がベツリの前に立ち、剣を持って毅然として立ち向かう。
「くぐぐぐ……ハハハバババ……」
黒い男はおよそ人とも思えぬ奇怪な笑い声をあげる。獣の声のようでいて、金属の楽器のような、生命を感じさせない、不気味な音だった
「これは一体?」
進次郎の目から見ても、明らかに普通ではない。ベツリの人格も消し飛んでいるようだ。
これは普通ではない。そこにいる誰もがそう思う中
『46……』
と、ベツリは奇しくも進次郎と同じキリの悪い数字46という数字を口にした。
「やはりッ……!!!」
宰相ミツバが歯を食いしばり、黒い男を睨みつける。
魔術師ベツリは、歩みを止め、その身を震わせはじめる。ふるえと言うより痙攣のようで、何かがその体の中で蠢いているように見える。
「ミツバ!46とはなんの数字だ!?答えろ!」
ウィリアム王子が動揺する宰相ミツバに強く問う。
それでも続く沈黙。ミツバは何かを知っているのだろう。ミツバの唇が震える。
その言葉を口にすれば、全てが終わるかのような緊張が見て取れる。
そして、そっと黒い魔術師ベツリを指さす。
黒い男は無言で身体を震わす。奇っ怪な動きと無音が不気味さを引き立てる。
「よ…46は……」
宰相ミツバはついに言葉を紡ぎだす。
「46は……全精霊の数です……精霊都市ラツカの守護精霊……5属性9階位の精霊45体、それに精霊王を足して46!」
決死の思いで吐き出されたその言葉の意味がわかるものは少なかった。
ただ、生き残った魔法兵は驚きのあまり息を呑んでいる。
「それが一体?」
シバ将軍が体を起こして問う。
「つまり……都市龍オーゼンと同様に……全46精霊たちが、天籟の語り手とシンジロー殿を狙っているということです!」
ミツバは自らの推測を吐き出した。
ベツリの体の震えが止まり、口が上向きに開く。
『ソのとおりだ』
顎を動かすこと無く、黒い穴となった口腔から、深甚な、伽藍に響くような低い声がする。
『ソの男の力は……契約の因果を乱す危険な存在』
上を向いたその口から光が、光の球がゆっくりと姿を表す。
「精霊は……好きな場所に現れることはできない。現世に顕現するためには、現世の生き物との契約が必要です。つまり、その男は、精霊たちがこの場に来るために、全精霊に契約をさせられている!」
宰相ミツバは顔を引き攣らせながらも、説明する。
「そんなことできるのか?」
ウィリアム王子もまた、緊張を見せ、剣を構える。だが、剣で精霊に太刀打ちすることはできないだろう。
ベツリの口から、大小様々な色とりどりの光球が初夏のホタルのように舞いはじめる。
「おそらく、精霊たちに強制的に契約をされたのでしょう。いわば、あの魔術師は全精霊の依代であり……つまるところ乗り物になってます……」
「ヴェルニーに強制的に契約させた奴が、逆に精霊にね……因果応報ってやつかしら」
危機的な状況の前に、ヨーコはかろうじて皮肉を口にする。
龍の襲撃で荒れ果てた広場の上空に広がった光球の色は5属性の5色
数は各色が9個、合計45個、それが精霊の数だ。
『精霊王の名のもとに……世界の秩序のため、危険分子……シンジローを排除する……』
都市龍オーゼンに続いて、全45精霊と精霊王が進次郎を狙う。
皆、これから何が起こるか正確にはわからなかった。
だが、確実に破滅的なことが起こることだけは予感できた。




