38.シバ将軍、都市龍オーゼンを討つ
(本作品はフィクションであり、実在の人物や政治的主張とは関係ありません)
「シンジロー殿!下がっていてください!あなたの手に追えるような敵ではない!」
シバ将軍が叫ぶ。シバ将軍は進次郎を認めていない。とはいえ、あたら命を無駄にされたくはない。
進次郎は、ブレスの熱波で煮え返る戦場を、まるで涼やかな高原にいるかのような顔で横切り、シバ将軍の前まで歩みを進める。
「そうですね…私にはこんな龍は倒せません」進次郎は黒い巨大な龍を一瞥しながら静かに答える。
「ですが、貴女ならできるはずです」
心の底から信じ切った優しい視線がそこにあった。
「……もう兵たちも半分以上失った……これ以上の犠牲は……龍殺しなど……誰にも成し遂げられないことだ……」
シバ将軍は、両手を地面につき、唇を噛みしめ、悔し涙を浮かべる。赤い髪の一部は焼け。彼女の白い肌は、泥と煤で汚れ、左腕にはやけどを負っている。
「何事もやってみてください。『一度やれれば、二度目もやれます』」
そして、進次郎を中心に、突如、眩い白い光が溢れ出す。
論理と因果を乱す混沌の力
『進次郎構文』
白い光は、複雑な幾何学模様の線を描きながら、床に転がった矢の鏃に集まっていく。
その光景を見つめながら、シバ将軍は心の内で毒づく。一度目がやれれば二度目?その最初の一度目ができないのではないか。何人の兵が殺された?今、目の前で起きていることを見てなかったのか?それに、この世の誰もが出会うことのない伝説の龍を、二度も殺すことなどありえないだろう。この男は何を言っているのだろう。この男は無茶苦茶なことを確信をもって言っている。だが、その無駄で無謀な言葉が不思議とシバ将軍の張りつめた心を軽くする。
進次郎から放たれた白い光は鏃に凝縮し、鏃はまるで太陽のように強い光を放ち始めた。
その神秘的な光を見つめているうちに、シバ将軍の固く閉ざされていた心が、ゆっくりと揺らぎ始める。
シバ将軍はふと思ってしまう。
「そうか……一度やれれば……二度目もやれるのかもな……」
「えぇ、まずは一度、やってみてください」進次郎は優しく、しかし確信に満ちた声で促す。
「はっ。軽く言うな。シンジロー」
シバ将軍は、意を決したように、白と金で飾り立てられた美しい鎧を脱ぎ始めた。鎧は鈍い金属音を立てて地面に転がり、戦場で鍛え上げられた、引き締まった腕や腹筋があらわになる。それは、少しでも身体を軽くし、身軽になるための決断。
豊かな胸を覆うのは、素朴なリネンの黒い衣のみ。手に持つのは、愛用の弓。
そして、床に転がる神々しく光る矢を手に取る。
「魔法兵!私を風の魔法で龍の頭まで投げつけろ!最大出力でだ!」
白く光る特別な矢を弓につがえながら、シバ将軍は魔法兵に命ずる。
「将軍!人を打ち上げるなんてやったことありませんよ!」魔法兵が叫ぶ。
「なに相談役殿に言わせれば、一度やれれば二度目もやれるらしいぞ!どうせ全滅するなら、賭けるしかない!」
シバ将軍の美しいまなじりが再び高揚を示す。
「……どうなっても知りませんよ!」
魔法兵は覚悟を決め、短く強い詠唱を始める。周囲の熱せられた空気をも巻き込み、巨大なつむじ風が渦を巻く。
「やれ!」
「風精霊が六階位、旋風の威勢!!」
詠唱と共に瓦礫や砂塵をも巻き込んだ強力なつむじ風が、シバ将軍の鍛え抜かれた肉体を包み込み、そのまま空へと巻き上げる。彫像のように弓矢をつがえたまま、シバ将軍の身体は驚異的な速さで舞い上がり、都市龍オーゼンの頭と完全に同じ高さまで打ち上げられた。
打ち上げの放物線の最高点で、シバ将軍はしなやかに体をねじって姿勢をわずかに調整し、白く輝く矢を龍の巨大な右目に狙いをつける。シバ将軍の凛とした切れ長の目が都市龍オーゼンの視線と合う。シバ将軍の鍛えられた両腕、刀傷の残る右腕とやけどを負った左腕によって、限界まで引き絞られた弦から、ついに放たれる一撃。
その白い矢は空に放たれた。白い矢の軌跡は文字通り空間を切り裂き、黒い虚空と接続する。その黒い空間には夜空が、星空が見えた。軌跡はあらゆる物体を虚空に転移させ、崩壊させる。その軌跡は空気も龍もすべて等しく無に帰す世界の切断だった。そうして白い矢の黒い軌跡は龍の眼を穿ち、強靭な龍の頭蓋骨を貫き、脳を破壊した。それはただの弓の一撃ではなく、空間を削り取る死の直線。龍の頭にトンネルを穿ったような滑らかな穴が出現する。人では成しえない、すべての物理を無視する絶対の一撃。
グォォォ……!
都市龍オーゼンの巨体が呻いて、重力に従って、ゆっくりと、しかし確実に崩れ落ちる。
シバ将軍の体もまた、つむじ風からはずれ、地面に打ち付けられ、仰向けに転がる。
進次郎が、倒れたシバ将軍のそばに歩み寄り、静かに問いかける。
「どうです?一度できたから、二度目もできそうでしょう?」
「はぁ……はぁ…龍を倒すのは……一度で……十分だ……」
黒い簡素なリネンのシャツに包まれた胸が呼吸を求めて上下に動く。
シバ将軍の顔には、安堵と疲労、そして満たされた笑みが浮かんでいた。
★ ☆
歓喜に沸く広場。生き残った兵士たちが「シバ将軍万歳!」「シンジロー殿のおかげだ!」と口々に叫んでいる光景をウィリアム王子は呆然と見ていた。
自分の国が、ハマが救われたにも関わらず、王宮の奥から出てきたウィリアム王子の眼は暗く虚ろだった。王子は視線の先の荒れ果てた広場がどこか遠くの世界のような光景に感じていた。
誰もが懸命に戦ったからこその勝利。
だが、王宮に避難していた彼の剣は、一度も振るわれることはなかった。腰に下げた剣の柄を、いら立つように指先で掻く。
鞘に収まったままの剣が、まるで今の自分のようではないか。
「私は……隠れて見ていただけか」
国を守ると誓った。シバ将軍に命を懸けろと命じた。
だが、実際に国を救ったのは、シバ将軍であり、進次郎であった。自分ではない。あれだけ進次郎を疎んでいた シバ将軍が尊敬のまなざしを捧げている。
王子はそのまなざしに苛立ちを感じていた。無事をよろこび、皆を労わなければならないときであるというのに。
進次郎を見出した自分の目は正しかった。国を統べるべきものとして、それだけでいいはずだ。そう自分に言い聞かせようとしたが、ドロリとした嫉妬がうごめきが止められなかった。
後ろから、宰相ミツバが声を掛ける。
「王子、どうされました?」
「いや、なんでもない。龍は墜ちた。兵たちを労いに行こう」
ウィリアム王子は平静を保って、荒れ果てた広場に向う。
(本作品はフィクションであり、実在の人物や政治的主張とは関係ありません)




