37.都市龍オーゼン、王宮を焼き払う
(本作品はフィクションであり、実在の人物や政治的主張とは関係ありません)
都市龍オーゼンの姿が王宮の広場に近づく。雲一つない青空に広がる巨躯。その黒曜石のような鱗は、太陽の光を吸い込み、鈍く輝いている。この土地に人が住み着くはるか前から生きる伝説の古龍。その雄大な姿は、あらゆる人間に畏敬の念と死を思わせる。
王宮の広場には、ブレスを防ぐための塹壕と、レンガの防壁が築かれていた。そのレンガの防壁が、まるでこれから多くの命が失われることを示唆する墓石のようにも見える。
シバ将軍は、王子、進次郎を含む文官を安全な王宮の奥深くに下がらせた。王子は自らも戦うと主張したが、一人とて生き残れるか怪しい戦場に王族を立たせるわけにはいかないと押し切った。
今こそ、自らの、この国の軍の力、兵士たちの勇気を示すときだ。シバ将軍は自らを鼓舞し、部下に命ずる。
「龍討伐戦を開始する!!魔法兵!龍に向け攻撃!全軍、防御態勢!焼かれるな!」
「行きます!」
魔法兵が精霊を呼ぶ契約詠唱を始める。
杖の先に炎が揺らめき、羽根を持つ妖精のような姿に変化する。
「炎精霊が五階位・燃え盛る天柱!!」
叫び声と共に、小さな人型の炎が円柱状に形を変え、赤い炎の線となって黒い龍に向けて放たれる。だが、灼熱の炎の光線は都市龍オーゼンの黒い鱗にはじかれた。
龍に魔法は通用しない。それは古くからの定説だ。この一撃はあくまで、龍の注意を引き、地上戦に誘い込むための布石。都市龍オーゼンは気位が高く、自らへの攻撃を無視することはないはず。特に炎の攻撃は。必ず、この挑発に反応してくる。
「来るぞ!」
シバ将軍の読み通り、黒曜石のような鱗を持つその龍は、木々を大地を震わせる咆哮を上げながら、広場に向かって降下する。広場から数百メートルまで近づいた時、都市龍オーゼンは、その巨大な顎を広場に向かって開き、地獄の業火のようなブレスを吐き出した。
広場の中央を狙ったその炎は、大地を舐め尽くし、熱波は空気そのものをも焦がす。
熱せられた暴風が、広場を吹き抜ける。兵士たちは各々、顔を庇いながら防火壁や塹壕の奥深くに身を隠す。それは想像を絶するとてつもない暴威であったが、兵士たちは皆無事だった。都市龍のブレスといえど、この厚いレンガや深く掘られた土を溶かすほどではないようだ。勝機はゼロではない。
レンガが燃えないとはいえ、広場の木々や木の盾はひとたまりもない。あちこちで火が付き広がり始める。その焼き焦がされた広場の上空を、都市龍オーゼンは威圧するようにゆっくりと旋回する。
「魔法兵!延焼を止めろ!」
「水精霊が六階位激流の強者!」
魔法兵を中心に空間から水が湧き出し、燃え盛る木々の炎を消す。龍自体に魔法が通じないとはいえ、周囲の火を消すには十分だ。
「弓兵!一斉射撃!」
シバ将軍が、喉が張り裂けんばかりに叫ぶ。命令に従い、城壁に配置された弓兵が一斉に強力な弩弓を放った。だが、矢は次々に黒い鱗に当たって甲高い音を立て、無力にも弾かれて地面に落ちていく。
「だめだ……通じないのか!」弓兵たちは歯噛みした。鎧を食い破る弩弓でも通じない。都市龍オーゼンの力は、やはり伝説のもの。希望は打ち砕かれ、絶望感が、兵たちの心を蝕み始める。
「大砲で羽根を狙え!急げ!」
王宮の城壁には、かつて国家間の戦争で用いられていた巨大な砲が備え付けられていた。国家間の戦争がなくなり、砲弾も火薬も不足し、長らく無用の長物となっていたが、今回、奇跡的に一発分の砲弾と火薬を調達することができたのだ。調達したのは、その手腕で知られるコースカ商会の跡取り令嬢、ヨーコ・コースカ。
彼女は自分の調達した品の威力を確認すべく、王宮の屋上からこっそり眺めていた。
都市龍オーゼンが、再び王宮を狙うべく、宙で大きく旋回する。その巨体が、一瞬、静止した。
「今だ!」
砲手たちの緊迫した声と共に、龍の羽根の付け根、わずかに鱗が薄くなっているであろう部分に狙いを定める。
轟音が鳴り響き、放たれた砲弾は、正確に龍の右の羽根の付け根を食い破った。
「やったぁ!」
王宮の屋上から事態を見守っていたヨーコが、歓喜の喝采をあげる。
龍は苦しげに身を捩り、羽根をたたむ。バランスを崩しながらも広場に立つ。
その巨体が地面を揺るがす。
「歩兵!足元を斬りつけろ!」
歩兵が、巨大な龍の足元に駆け寄り、剣を振るうが、硬い鎧のような鱗には、刃が全く立たない。逆に、龍はその鋭い爪の一振りで、何人もの兵士を紙屑のように薙ぎ払った。血飛沫が上がる。
龍は空を飛べなくても、地上ではその巨体と力で圧倒的な強さを誇る。龍が大きく息を吸い込む。次のブレスが来る。
「さがれ!早く!」
シバ将軍の叫びも虚しく、果敢にも龍に立ち向かった5人の歩兵が、既に負傷し横たわる兵士たちと共に、再び吐き出された業火に焼き払われた。焼け焦げた肉の匂いが、風に乗って広場に漂う。
シバ将軍は、辛くもレンガの壁の影に身を隠し、左手を焦がしながらも、ブレスから生き残った。全身から汗が噴き出す。
手負いの龍は、怒り狂ったように爪と尾を振り回し、築き上げた防火壁を次々になぎ倒していく。兵士が何人も吹き飛ばされている。隊列は完全に崩されている。
「まずい……もう終わりか……」
魔法も弩弓が通用せず、唯一の砲弾も撃った以上、残された手段は、ブレスを避けながら懐に潜り込み、龍の弱点を突く接近戦しかない。しかし、手元の剣と弓では、龍の急所に届く有効な一撃を与えることなど不可能だ。
シバ将軍の眼の前で、熟練の部下たちが次々と、その巨大な力になぎ倒されていく。
「全滅するのか…このままでは」
絶望の未来が、すぐ目の前に差し迫っている。シバ将軍は目を閉じて天を仰ぐ。絶体絶命の窮地。
そこに、広場から下がっていたはずの、スーツ姿の進次郎が現れた。この死と暴と熱が渦巻く戦場でありながら、その足取りは、まるで野原を散歩でもするかのように軽やかだった。
(本作品はフィクションであり、実在の人物や政治的主張とは関係ありません)




