36.都市龍オーゼン、襲来
(本作品はフィクションであり、実在の人物や政治的主張とは関係ありません)
使者の要求を拒絶してから3日後。
獣人街の物見の塔ーーかつて、ヴェルニーとマシタがかけっこ勝負をしたその場所で、二人は北の空に黒い影を見た。
青い空に落とした墨汁のような龍のシルエット。黒い羽根が空気を叩きつけるように上下する。
龍など実際に見たことのある人はいない。だが、ひと目でおとぎ話の龍だとわかる。伝説の都市龍オーゼン。重厚な鎧のような金属の鱗。黒い巨体が大きな羽根を悠然と羽ばたかせ接近してくる。
「すげぇ……都市龍オーゼン……本当にいたんだ……」
猫少年マシタが羨望めいた声を出す。龍は伝説の存在で、見たことのある人はほとんどいない。
「マシタマシタ!「龍を見かけたらすぐに報告すること!」ってシンジローが言ってたニャ!」
「そうだった!急げ!」
ヴェルニーとマシタはかつてのかけっこのコースと反対方向に向かって、伝令に向かう。龍がこの街にたどり着くまで時間の猶予はあまりない。二人のスピードはかつてのかけっこ勝負の時より速い。
通りすがら、マシタの視界に赤煉瓦団団長ブリックの姿が目に入る。龍の襲来にざわつく街を抑えるために、団員と何か話し込んでいる。
「ブリック!龍だ!都市龍オーゼンが来たぞ!」
マシタは短く要件だけ伝えると、そのまま路地を突っ切っていった。路地を吹き抜ける風のようだった。
「オーゼンっておとぎ話の……マジかよ……」
荒事には慣れているブリックも、聞いたこともない危機の襲来に動揺する。
ブリックの脳内に、ヴェルニーとマシタの脳内に、獣人街にいる人々の脳内に、龍の言葉が直接響く。低い絶対的な意志を感じさせる声。地鳴りのような不吉な低音。
『人の子らよ……貴君らに恨みはないが……古の約定に従い、貴国を滅ぼさせていただく』
「龍のくせに、律儀な野郎だな……お前ら!これはもうどうにもならねぇ。逃げろ!街の外なら龍に狙われないはずだ!」部下にそう指示を出すと自身も獣人街から逃げ出す。
ブリックが這々の体で逃げ、獣人街の入口の高台にたどり着いた時、龍の巨体はもう獣人街の北端に迫っていた。黒い影は、宙で大きく息を吸い込むと、赤い炎を吐いた。
禍々しい赤い死の炎。獣人街のバラックは野火のように着火し、延焼を始める。
このままでは獣人街はおろかハマ全体も一匹の龍に焼き尽くされるのも時間の問題だろう。
「どうなっちまうんだ……これ?」
燃え盛る獣人街を放って、ブリックはありったけの金を入れた鞄を背負い、一目散に逃げ出した。
ヴェルニーとマシタが王宮の広場に到着し、ウィリアム王子、シバ将軍に急いで報告する。
「ウィリアム王子!都市龍オーゼンが来ました!」
「でっかいのが来たニャー」
報告はユーモラスだが、内容は深刻だった。
「ありがとう」
ウィリアム王子は悠然と労をねぎらうが、その両手は固く握りしめられている。
シバ将軍も同様だ。龍討伐はおとぎ話。今、生きている人間で成し遂げた人間はいないだろう。
シバ将軍の眼の前に立ち並ぶのは100名に満たない兵。長きに渡る和平契約のため、軍隊の規模は縮小されてきた。そのため、人数は多くない。歩兵40、弓兵10、魔法兵5。龍には攻撃魔法が効かないと伝承されており、魔法兵は意味をなさないだろう。
歩兵と弓兵だけで、空を飛び、炎を吐く伝説の龍に立ち向かえるのか。
決戦の場に選ばれたのは100メートル四方の王宮の広場、ブレスを防ぐための塹壕と防火壁。それらが縦横に設置され準備は万端。だが、その万全の準備とは裏腹に、兵たちは静まり返っている。伝説の龍との対峙。絶望的な状況。逃亡兵がいないだけマシではあるが、士気はあからさまに低かった。ウィリアム王子もシバ将軍も不安は隠せない。
冷え切った広場に、進次郎が宰相ミツバと共に兵たちの前に現れる。
シバ将軍が、広げた手を差し出し、警告する。
「ミツバ、シンジロー殿。ここは我らが武の局面。文官の皆様は避難していて下さい。特に相談役殿は、この国とはもともと無関係のはず」
赤い髪の下の鋭い黄金の目もいつになく険しい。
「皆様が命をかけているというのに、隠れてなどいられません。それに……」
進次郎の言葉を継ぐように、二人の後ろからあらわれたのは。ヨーコ・コースカ。その両手には宝物庫に収められた天籟の語り手があった。
この危機の元凶でもあるが、王家に収められてから、なんの働きもしないことはシバ将軍も王子も知っている。
「ミツバ、今は兵が命をかけている局面。そのようなものに頼るときでは無い」
シバ将軍は否定する。その言葉には明らかな苛立ちがまぎれていた。
「私もそう思ったが、シンジロー殿がこれが、今日、兵に力をもたらすとのことでな」
宰相ミツバも進次郎に押し切られたようだ。
「龍に立ち向かう皆様をお支えさせてください」
シンジローは神妙に答えると、厳かに天籟の語り手の電源を入れた。
『ガガッ……我、天籟の語り手……我が主、アダムス王家に未来を告ぐ……』
緊張が満ちた広場に低い、機械的な声が鳴り響く。
「天籟の語り手が?!」
進次郎により献上されてから、沈黙を保っていた天籟の語り手が音を発した!そのことに王子と宰相ミツバが驚きの色をみせる。
「皆様。天籟の語り手がこの戦いの未来を告げます。ご拝聴を」
進次郎は目を伏せ、スピーカーの声を傾聴するように兵士に告げる。
兵たちは天籟の語り手については噂で知るのみで、その詳細は知らない。
謁見の時よりもさらに深く染み入るような声で、スピーカーは告げる。
『黒キ龍来タリ……災厄……サレド……勇猛ナル兵士ガ撃チトリタリ……』
明確な勝利の宣言に広場はどよめく。
進次郎は広場にたてられたブレスよけのレンガの上に登り、兵士たちに向かって両の手を開き、立った。そして、士気を煽るべく、力強く告げる。
『龍は人より強いです。でも龍に立ち向かう人間はもっと強い』
力強く、だが不可解な激。
兵たちはわずかに困惑する
(龍は人より強いのか?弱いのか?人は龍より強いのか?弱いのか?)
兵たちが意味を取れそびれた、わずかな困惑の瞬間に、進次郎を中心に白い光が放たれた。
『進次郎構文』の発動。
彼の言葉が、当たり前なのか当たり前でないのか。
当たり前であろうとなかろうと、論理と因果を乱す混沌の能力。
進次郎から放たれた白い光は細く編み込まれ幾何学模様を描き、広場の兵士とシバ将軍一人ひとりに向かう。
「こ……これは…」
突然のことにシバ将軍も身を捩って逃げようとするが、光は体に巻き付いて離れない。ただ、その光は温かく、そして優しく、体を包みこんでいく、光が体に吸い込まれるともに体の奥深くから激しい衝動が、力が湧いてくる。
「お……おぉ…」
強化魔法のように、自身の力が大きく上昇していることが感じ取れる。かつて無い高揚。
広場の兵たち一人一人も進次郎の力によりその身体能力を向上させる。鎧も剣も全て羽毛のように軽く感じるほどだ。
『進次郎構文』により世界が軋む。
先程まで冷え切っていた士気は一気に熱を高める。
「兵たちよ!太平の世、力と技を磨き上げてきたのはこのようなときのため!」
高揚のままにシバ将軍は自らの剣を振り上げ呼びかける。
「古来より龍殺しは勇者のみがなし得る偉業!この預言通り、我等にて成す!」
女将軍シバの力強い宣言に兵たちが雄叫びを上げる。広場は高揚と熱狂で包まれた。
(本作品はフィクションであり、実在の人物や政治的主張とは関係ありません)




