22.進次郎、王宮にて謁見す
荘厳な謁見室の分厚い扉が、ゆっくりと静かに開いた。足を踏み入れるのはスーツ姿の進次郎、正装をしたヨーコの二人。ヨーコは大きな布の包みを抱えている。
謁見室の最奥、細かな細工が施された玉座に、深紅の衣に身を包んだヘンリー国王が深く腰掛けていた。病床に伏せることが多く、弱っているとは言え、その姿は威厳は保っている。
その隣に、白い礼装の若きウィリアム王子が立つ。
玉座から一段下がった床には、家臣団が左右に分かれて並んでいた。金糸の刺繍で飾られた高価な礼服や、磨き上げられた鎧が富と権力の象徴だ。突然現れた聖者の謁見を訝しく思うものの、平静を保っている。その集団の中でも特に目立つのが、宰相と将軍の2人。
冷血宰相で知られる黒髪長髪のウエスター=ミツバ
黒い衣装で、片眼鏡の光が冷淡さを際立たせている。
将軍は長身の女性。フレイヤ=シバ将軍
かるくウェーブのかかった赤髪に射すくめるような金色の瞳。鍛えられた体幹が鎧の上からも伝わってくる。
二人は王子が招待した謎の男シンジローに厳しい目を向ける。港湾国家ハマの重鎮であるがゆえに。
ウィリアム王子が謁見の式典の宣言をする。
「獣人街の聖者シンジロー!余の招待に応じたこと大義である」
ひんやりとした石畳の上、進次郎は片膝をついて礼を示す。
「お声がけいただきありがとうございます。私のことは、ただシンジローとお呼びください。聖者などとは過分な評価にございます」
「その慎み深い態度。民にとって好ましかろう。そなたが獣人街で多くの民を救ったこと、感謝する」
「私の力ではなくただ王家の威光によるものです」
懐疑的な家臣たちがやり取りを見守る中、先日の王子の来訪の身を引いた姿勢とは違い、あくまで王家への恭順を示す進次郎。
「そなたの民を思う心、民を救う力に余は感銘を受けた。どうかわが王家のために働いて……」
王子がそう登用の言葉をかけようとすると
「お待ち下さい」
と、宰相ミツバが王子の言葉を遮った。
「シンジロー殿は聖者として名を聞くようになったものの、素性はわかりませぬ。どこのものかもわからぬ人物を王宮に入れるのは危険です」
「私もミツバ殿の意見に賛同します。聞けば聖者殿は怪しい力を使うとも聞きます。王家に、民に害をもたらすものかもしれません」
シバ将軍も同調する。
「余が自ら人物を見たうえでの登用だ」
ウィリアム王子は重臣たちの言うがまま。そのように見られていることは王子自身も知っている。だからこそ、あえて、強く自分の意志を示す。だが、他の重臣たちからも
「王子をたぶらかしているだけかもしれませぬ」
「我々はこの男が誰であるか全く知りません」
と口々に言い返され、王子も言葉に詰まる。
平行線の議論を防ぐように、進次郎が片膝をついたまま、重臣たちの懸念に同意する。
「ウィリアム王子、重臣の皆様のご懸念ももっともかと思います」
宰相ミツバとシバ将軍は、進次郎自らが懸念を肯定したことに意外な顔をした。
尚も、進次郎は続ける。
「私のような怪しい人間が臣下に入ること。尋常ではなく、家臣の方々の心配ももっともかと思います」
そのとおりではあるが、怪しいと指摘した人物本人にそれを言われたことで、宰相と将軍も威勢を削がれた。
「しかし」
なおも、自分の意を通そうとする王子。だが、臣下から不信の種が示された今、無理強いはしこりを残すだろう。
「さりとて、言葉で何を語っても信じていただけないでしょう。そこで、私から貢物がございます」
その進次郎の提案に家臣団はざわついた。利益でつながる近隣の国や貴族ならともかく、清貧たる聖者が貢物を用意するというのは想定外だった。
ヨーコが、手に持った布から取り出したのは、進次郎が異世界から持ち込んだスピーカーだった。
「この天籟の話し手を王家にお納めします」
ハマ中で話題になっていた魔法具が突然姿を表したことで、謁見室は騒然となった
その価値、一国に匹敵すると言われる天籟の話し手!……本当にあったのか?
未来を告げ、富をもたらす宝具……王家の宝物庫から盗まれたのでは?
真っ先にシバ将軍が手を挙げる。
「近衛兵!この盗賊を捕縛せよ!天籟の話し手は王家から盗まれたものだ!」
「待て!」
シバ将軍を宰相ミツバが遮る。国を預かる宰相ミツバは、王家の宝物庫にこのような宝具はなかったことを知っている。今、実物を見て、見たことのないものであることが確信できた。無いものは盗めない。この男の無実は明らかだ。だが、何故、この男は不信を持たれるであろう謁見の場で、あえて自分が更に疑われかねない貢物を出したのか?宰相ミツバはその意味を素早く探る。
「王子…この天籟の話し手、『シンジロー殿が盗んだものではない』ですね?」
宰相ミツバはあえて、ウィリアム王子に伺いを立てる。進次郎は明らかに取引を仕掛けている。
「そうだな……シンジローが盗んだものでないことは、私と父が保証できる」
王子はその言葉を認める。王子自身、このような宝物は見たことがない。
「何故ですか!王子」
納得がいかないシバ将軍。予想外の展開。誰に盗まれたかわからないのに、この男が盗賊でないと何故断言できるのか?しかもあの冷血宰相ミツバもそれに同意している。不可解な展開に、家臣団は更にざわつく。
「シンジローよ!貴殿は何故その宝物を貢ごうと言うのか?」
宰相ミツバがシンジローに問う。その問いには必死さが感じられた。
「私には過ぎたものゆえ……この宝具、かならずや王家の力になりましょう」
進次郎はかたわらのスピーカーを撫でる。
宰相ミツバは進次郎の言葉から、思考をすばやく巡らせる。この宝具の来歴はわからないが、王家の所有でなかったことだけは間違いない。しかし、この貢物を受け取れば、誰もが最初からハマ王家のものであったと思うだろう。王家所有の主張に正当性が出る。この男はその正当性も含めて、貢ごうというのだ。しかも、その能力は未来視。能力の真偽も程度も不明だが、そのような力を持っていると思わせるだけで、他国には脅威に思われよう。つまり、進次郎はこの国に宝具とともに、それ以上の外交力をもたせようとしているのだ。あまりにもハマに有利な条件に思える。
「しかし……何故……」
宰相ミツバは先程と同じ質問をしてしまう。だが、その問の重みは先程よりも深い。
「皆様の信頼を得るには必要なことかと」
その淡々とした答えに「そうだな……」とだけ、宰相ミツバは答えた。
あの冷血をもってなる宰相ミツバが進次郎を認めつつある。その光景に家臣団のざわつきが再び大きくなる。そのざわつきを咎めるように、スピーカーからノイズが鳴り響き、声を発する。やや高い男性の声。
『ガ…ガッ……我…天からの預言をもたらすものなり……汝は我が所有者か?』
「私は所持者、進次郎。天籟の話し手未来を告げよ」
『マモナク嵐ガ訪レル。ダガ、我ノ所有者ニハ安寧ヲ約束シヨウ……』
これが……未来視の魔法具……家臣団は恐れを持ってスピーカーを見つめる。
「天籟の話し手よ、たった今、所有権を私、進次郎からアダムス王家に移管する」
間があってスピーカーは言う
『承知シタ……新タナ所有者ニ安寧ト平和ヲモタラソウ……』
そして、音はプツリと途切れた。
「殿下、私、進次郎はこの天籟の話し手を王家に貢ぎ、信頼の証とさせていただきます。どうかお納めください」
改めて片膝をついて、頭を下げる。一国の価値に匹敵すると言われる魔法具を収めるというのでは、異を唱えることは難しい。まして、王子と宰相が認めているのだ。シバ将軍は不服そうだが、手をおろし、目をつぶる。文字通り、黙認するという意思表示だ。
「皆、異論はないな?」
王子は家臣を見渡し、確認する。
「父上、よろしいでしょうか」
王は弱々しく頷き承認する。改めてウィリアム王子が宣誓する。
「我がアダムス王家は聖者シンジローを招聘する!本日より、シンジローをアダムス王家の相談役とする!」
波乱の謁見はこうして終わった。




