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21.進次郎、ウィリアム王子に招聘される

(本作品はフィクションであり、実在の人物や政治的主張とは関係ありません)

困窮にあえぐ獣人たちの列の最後尾に眉目秀麗の王子が並んだのだから、場違いも甚だしい。王子の前に並んでいる人たちは、恐縮しきっている。何人かはいたたまれず列からはずれてしまった。そうして列が短くなった分、早々に王子の番が回ってきた。きらびやかな王子が粗末な椅子に座り、進次郎に相対する。


「私は港湾国家ハマの第一王子ウィリアム・アダムスだ。貴殿の名前は?」

王子は改めて名前を聞く。


「進次郎と申します」

進次郎は、変わらず穏やかな表情で答える。


「貴殿はどこのものか?」

「どこの誰もなく、ただの流れ者です」

正直な答えではあるが、はぐらかしたとも取られかねない答え。


「『獣人街の聖者』と呼ばれていると聞いた。民を救っているとも。皆に代わって礼を言う」

と頭を下げた。見も知らぬよそ者に、頭を下げる度量が王子にはあった。


「私は『聖者』などではありません。むしろ対極の存在でありましょう」

すまなそうに弁解する姿を、王子は謙遜と捉えたようだった。その視線は熱を帯びてきた。


「シンジロー、貴殿は不思議な力で民を救っているようだな」

その声には探るような色があった。


獣人街の片隅に現れた、謎の聖者。あらゆる悩みを解消し、いかなる対価も求めない救世主。

その噂はハマの街でさざ波のように広がっている。


「力など何も。すべてはここにいる人々との縁で」

進次郎ははぐらかして答える。


「謙遜するな。貴殿が獣人街で多くの人を救っているという噂は王家にも届いている」

王子は、品定めするように進次郎の瞳をじっと見つめる。


「過分な評価かと。私は人々の悩みを聞いているだけです。人々が自身を救っているに過ぎません」

進次郎は、軽く頭を下げた。


「貴殿は興味深いな。そこまでの力があって、なぜこの獣人街で人々を助けるのか?それだけの力があれば富を稼ぐこともできよう」

普通ならば、その力を使って己の利益を追求するだろう。そうでなくても自分の力を誇っても良いはず。


「困っている人がいれば助けたい。それが私のすべてです」

進次郎の言葉は、飾り気がなく、しかし強い意志を感じさせた。


「なるほど……立派な心掛けだな」


この言葉は真実なのだろうと、王子は直感した。


眼の前の男の眼光には一点のゆらぎもない。強い意志。人々を思う心。内部政治に明け暮れる自身の周囲で久しく見なかったもの。

その目の光を見た時、王子の心にある感情が芽生えた。この男を臣下にしたいと。


「シンジローとやら。我が王家に仕えぬか?ふさわしい立場を用意しよう」


王子は、真剣な眼差しで進次郎に問いかけた。

ヨーコとマシタは目を丸くしている。


「ありがたいお申し出ですが、お断りします。私のように素性の怪しい人間を雇っては王家の名が汚れましょう」

進次郎は柔らかく微笑んだ。


(どうして断るのよ!)

ヨーコが後ろで手を振って、ジェスチャーで伝えようとするが進次郎は意に介さない。


「いや、どうしても我が王家の力になってもらいたい。この相談所を続けたいと言うなら、それも許可しよう。貴殿の意思を尊重することを約束しよう」

王子の説得が熱を帯びてきた。


「そこまで言われるのであれば……一つお願いがあります」

「なんだ?」

進次郎がさらりと出した条件の提示に身構える。


「1週間後、王宮にてお返事をさせていただきたい。その場に王家の方、政に関わる方を呼んでいただきたい。私のような流れ者が王家に入っては不安に思われる方も多いでしょう。皆様の目で見極めていただくことが肝要かと」


あまりにもあっさりした条件に、王子は拍子抜けしたようで、


「そんなことなら全く構わんが……臣下の者どもも、私もやることにいちいち口を挟んでくるのが常だから、むしろいいかもしれんな」

と、王子は気を緩めて、自嘲気味に答える。


「ただ、それは色良い返事を期待してかまわないということであろうな?」

王子は念を押す。臣下の前で恥をかかされては示しがつかない。見も知らぬものを連れてきて、招聘を断られては目も当てられない。


「悪いようにはしません。必ずや、王子のお力になることをお約束します」

進次郎は目を伏せ、頭を僅かに下げて恭順の意を示す。


「分かった。貴殿に賭けたくなったのは私のわがまま。1週間後のこの時間。王宮に招待しよう。使いの者をよこす」

「わかりました。では1週間後」

その言葉に、王子の顔にわずかな安堵と喜びの色が浮かんだ。


「貴殿は不思議な人だな。何か考えがあるようだが、見てみたくなった。」

王子は腰を上げ、白い鎧を軋ませながら、立ち去る。護衛の兵士も無言で王子の後をついていく。

テントの中は、興奮と安堵の混じったざわめきに包まれた。


「シンジロー無茶なことするね!打首になるかと思った」

駆け寄ったヨーコはシンジローの肩を叩く。マシタの顔はまだ青ざめたままだ。


「あの方はそんな人じゃないですよ」

進次郎は静かに笑った。


「受けるんだったらすぐに受ければよくない?なんで一週間後?なにか準備するの?」

「私としては、特には何も。噂が一回りして、王宮の皆さんが心構えを持つのに、一週間位がちょうどいいんですよ」

「よくわからないけど……シンジロー、王子に会う前に『待ってた』って言ってなかった?どういうこと?」

不思議そうに進次郎に尋ねた。


「政治を行う人間は、一番恵まれない人、場所の動向が気になるんですよ。そこには社会のひずみが現れる。そういうところで何か変わったことが起きれば、為政者は確認してみたくなります」

「そうなの?獣人街の人たちからすれば政治なんか関係ないって感じだと思うけど」

ヨーコは小首をかしげる。


「そううですね……でも、政治には無関心でいられても、無関係でいることはできません。誰にとっても」

進次郎はすこし寂しそうに言った。


「なんにせよウィリアム王子が直接来たのは予想外でした。現場を自分の目で率先して確認する。王子は為政者の資質を持った方のようだ」

進次郎は好感をもって王子を評した。


「あれっ?じゃあ、ここで相談を受けてたのも、最初から王家から声をかけられるつもりだったってこと?これ全部シンジローの『セクシーな解決策』の一部なの?」


「最初にそう言いませんでしたっけ?もちろんみんなを助けたいという気持ちもありましたけどね。でもまだまだこれからです……」

進次郎は、相談所の入口の布を持ち上げながら、再び穏やかに微笑み、遠くを見つめた。



☆★

2つの黒い人影が相談所から外を見つめる進次郎を見つめていた。


「なんでハマの第一王子がシンジローのもとへ?」

魔術師ベツリは苛立ち紛れに疑問を呈した。


「盗んだ王家の秘宝の取引を持ちかけてるんだろ。盗んで脅すんだよ。恐ろしくあくどい野郎だな」

悪徳商人ヤマズは自分のことを棚に上げて悪しざまに評する。


「なぜ聖者の真似事を?」

「わからん。王家がヤツの素性を知らん可能性もある。盗んでおいて、しらばっくれて聖者のふりをして恩を売るのかもしれん。さらにあくどいな」

自分ならそうすると言わんばかりに裏読みを披露する。


「どっちにしても王家が関わってくるとやっかいだな。どう出し抜く?」

「何、もっとでかいヤマになったってことだ。デカいヤマほど人が動く。王家の周りを探って糸口を見つけよう」

「わかった……」


ヤマズとベツリはなおも諦めない。

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