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明るい朝、昏い野心

(本作品はフィクションであり、実在の人物や政治的主張とは関係ありません)

商会での朝が来た。窓から差し込む朝日が、ホコリ舞う応接間を照らし出し白い線を描き出し、応接に座る陰鬱な男たちの疲労を際立たせていた。昨晩の喧騒と失敗の記憶が、どんよりとした重い空気となって部屋を満たしている。


悪徳商人ヤマズは背を屈め、文句を言い続けていた。苛立ちと後悔がないまぜになった声だった。


「クソッ!まさかあの天籟(てんらい)話し手(スピーカー)が本物だなんて……あと一歩だったのに…ベツリ!お前のせいだ!」

ヤマズの顔は赤らみ、青筋が浮き出ている。ヤマズの前に座る魔術師ベツリは、冷めた目でヤマズを見返し、言い返した。

「お前が勝手に契約解除しようとするからだろうが!一晩放っておけば、両方手に入ったんだよ!少しは考えろ!」

その声には、ヤマズにも負けない怒りが含まれている。

「魔術師風情にはわからんだろうが、取引には商機ってのがあるんだ!やつらは最初から契約解除が狙いだったんだ!素直に解除しておけば…!」

ヤマズは身を乗り出し、机を叩きそうな勢いでまくしたてる。

「俺が大損だって言ってんだろ!」

痩せぎすの魔術師が尚も言い返す。


「馬鹿か!あのお宝の価値に比べればお前の魔力上限アップなんてゴミみたいなもんだ」

「なんだと?」

ベツリが睨みつける。


「いいか。俺は天籟(てんらい)話し手(スピーカー)を何として手に入れる」

その言葉には、獲物を狙う商人としての意地がにじみ出ていた。


「手に入れてどうする?お前のケチな商売に活かすってか?」

魔術師ベツリは軽蔑のこもった視線を送る。


「はっ!お前は魔術師様のくせに頭がまわらねぇな。いいか?もっといい方法がある。たとえば、いがみ合ってる国に商談を持ちかけて値段を吊り上げる。未来が分かるってのは商売にだって何にだって使える。戦争にだって使える代物だ。いくらでも値段はつりあげられる」


その言葉に、ベツリも納得する。


「なるほどな。しかしどうやって?あのシンジュロー?とかいう男の持ち物なんだろう?コースカ商会の小娘はただの取次だ」

「そうだ。やつはヤバかった…魔法使いで盗賊?なんなんだ。なによりも凄みがある男だった……」


ヤマズの言葉には、進次郎に対する畏怖が込められていた。

彼はその日の夜の出来事を思い返し、顔をしかめる。


「やつは…魔法使いではないと思う…魔術のあるべき手順を踏んでいなかった…詠唱も儀式も触媒もなく魔法を消し去った」

ベツリは腕を組み、深く考え込む。彼の魔術師としての知識と経験をもってしても、シンジュローの能力は理解不能だった。

「なにか思い当たることないのかよ」

「シンジュローとかいう名前も異様だ。シンジュ……『神樹』信仰教団の可能性も…いや、しかし…教団魔術は……」

ベツリは自分の組織を総動員するが混迷の中にいる。


「じゃあなんだってんだよ。魔術の先生よ。」


苛立ち混じりにヤマズが問い詰める。


「わからん…だがやつに備わった反魔術の能力…だと思う……魔術の歴史が書き換わるような代物だ……」


「そんな大層なもんかね」

「商人のお前にはわからんかもしれんがな、俺に言わせれば、あの能力には天籟(てんらい)話し手(スピーカー)以上の価値がある。何しろこの世界では魔法は法だ。つまりルールをぶち壊すとんでもない兵器になりうるってことだ……」

「そんなたいそうなもんかね?俺にはそうは思えんがね」

「さっきのお前の例になぞらえば…そうだな…例えばいがみ合っている国同士の和平契約。あれも契約魔法だ。この世の中はあの手の契約魔法でがんじがらめになってる……それで均衡が保たれているのが現実だ。ここのところ大きな戦争が起きないのもそのせいだ。」

「確かに小競り合いは聞くが戦争ってほどのものじゃないな」

「そこで契約が一方的に破棄できたらどうなる?不意をついて敵国を一方的に攻撃できる。契約消去を前提に作戦をしかけることだってできる。」

「なるほど……それは確かにヤバいな」

ヤマズにも世の中の混乱が目に浮かんだ。

「魔法は法だが、魔術は術。やつの魔術にも仕組みがあるはずだ。その仕組を知りさえすれば誰でも使えるはずだ。なんとかして手に入らないものか…」


「こうしよう。俺は天籟(てんらい)話し手(スピーカー)を手に入れる。お前はやつの秘密を手に入れろ。ちんけな取引やってる場合じゃねぇ。国を穫れる話だぜ」


ヤマズの提案は、ベツリの野心を刺激するに十分だった。

ベツリはしばらく考えた後、重々しく口を開いた。


「ふん……そう上手く行くと思わんが……このまま引き下がるわけにもいかないからな…手を組もう」


太った商人と痩せぎすの魔術師、二人の視線が交錯し、ぎこちなく握手をする。

信頼は無いながらも利益でつながった悪党同士の冷徹な計算があった。


「決まりだな」


ヤマズは満足げに頷く。その顔には、獲物を見つけた狩人のような獰猛な笑みが浮かんでいた。


「さしあたってどうする?今からコースカ商会に乗り込むか?」

嗜虐的な表情で問いかける魔術師ベツリ。


「やめておこう。ヨーコはともかくあのシンジュローがやばい。得体がしれなさすぎる。お前が言うところの反魔法の使い手で王家の宝物庫から秘宝を盗むような大盗賊?どんな実力かまるで読めない。それにやつにも仲間がいるだろう」

「何故そう思う?」

「お前もあの目をみたろ。前にあんな目を見たことがある。一軍の大将だな。将の器ってやつだ。あぁいうやつはとんでもなく人を惹きつける。」


ヤマズの言葉には、進次郎に対する警戒心が表れていた。

昨晩の記憶が蘇り、彼の顔には微かな恐怖の色すら浮かぶ。

見たことのない、だが洗練された服装と品のある振る舞い。絶大な力。

その偉容は二人の脳裏に刻まれている。


「シンジュロー……何者なんだ」


ベツリもまた、シンジュローの底知れない力に圧倒されたことを思い出す。

彼の魔術師としての直感が、あの男が並々ならぬ存在であることを告げていた。

ヤツの正体はまるでわからないが、自分の能力が、知識が通用しない相手だということだけはわかる。


「まずは…情報だな……あれほどの男が今まで何の痕跡も無いということもないだろう。天籟(てんらい)話し手(スピーカー)もだ。その筋に当たって見よう……」


ヤマズは静かにそう呟くと、遠い目をして考えにふける。裏には裏で深く強い情報網がある。誰かしら何かを知っているはずだ。知らないまでもこれからはヤツの行動に注意が向くことになる。


「そうだな…俺も魔術仲間に聞いてみるか……反魔法の存在を吹聴したら、魔術師連中、蜂の巣をつついたような騒ぎになるぞ」


ベツリもまた、自身の業界に爆弾を落とすことを決意する。


「じゃあ、この街じゃ埒が明かんな。ハマに行くか。」


ヤマズは立ち上がり、窓の外の明るい空を見上げた。彼の目には、ギラギラした野心が宿っていた。


「そうしよう。あそこなら情報集まりやすい。仲間も見つけやすいだろう……」


かくして、悪徳商人ヤマズと魔術師ベツリもまた、港湾都市ハマを目指すことになった。

(本作品はフィクションであり、実在の人物や政治的主張とは関係ありません)

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