10. 進次郎構文、その秘密
(本作品はフィクションであり、実在の人物や政治的主張とは関係ありません)
夜半過ぎ、3人は静まり返ったコースカ商会にいた。
ヤマズの商会からの帰途、ヴェルニーはずっとヨーコと進次郎に頭をこすりつけっぱなしだったが、商会に戻るなりソファーで丸くなって寝てしまった。正しく猫のように。
「シンジローお疲れ様。貴方ならやってくれると思っていたわ」
ヨーコが進次郎をねぎらう。
「乗り込むときは強く反対されましたけどね」
「そうね。でもひょっとしたらって思っていた」
「そうなんですか?」
たしかにヨーコは無謀とも思える作戦に乗ってくれた。
ヨーコは応接の窓の近くまで歩き、外の月を眺める。月光がヨーコの顔を白く照らす。
「私、貴方の能力の秘密が分かっちゃった」
そう呟くと、進次郎に向き直った。
「そうですか?私は未だに何もわからない」
ヨーコは微かに微笑みながら続ける。
「貴方の能力はね。他の誰かの願いを叶える能力なのよ。自分のためではない、誰かのために」
「他人の願いを?」
たしかに、ヨーコとヴェルニーの『助かりたいという願い』をかなえるときに白い光が発動した。
「多分、貴方自身の願いはかなわない。でも、人を助け、願いを叶えることができる。最高に強くて、最高に優しい能力」
進次郎は虚を突かれたような顔をした。
政治家である前に、人を助け、支えること。それが自身の心の奥底にある大事な志だったからだ。
「それは……また……随分と過分な能力ですね……」
異世界に来ても動じなかった進次郎だが、このことには感情が揺さぶられた。
「そうね。世界を変えてしまうほど強力な能力だし、使い方によっては危険も伴う。
でも、貴方ならその能力を使いこなせるって信じてる」
「そうか……ありがとう……」
進次郎は自身の中に熱いものを感じた。その熱は、自分の矜持。それはこの異なる世界でも熱さを失わない。いや、異なる世界に来たからこそ、自分の信念が輝きを増したのだ。
「ヨーコ……貴方には伝えなければならないことがあります」
「何?」
「私は異なる世界から来たようです」
「異なる世界…ね……普通ならとても信じられないけど……私はシンジローを信じるわ」
ヨーコは進次郎に微笑む。
「異なる世界に来たということは、『異なる世界』だということです」
真顔で進次郎は宣言した。
「……当り前じゃない?」
ヨーコは首を傾げた。同義反復にも思える言葉だったが、不思議と言葉の重みがあった。言葉の重みと意味のちぐはぐさに戸惑う。
「異なる世界にきたことによって、違う見え方が得られる。当たり前のものが当たり前ではなく、当たり前ではないものが、当たり前に。見え方が違えば、すべての世界は違って見える。この世界も、元の世界も、今の私にとって今までとは『異なる世界』になったということです」
進次郎は自分の言葉を補うように、説明をした。
「うーん。良くわからないけど……今までとは違うってこと?」
「昔、オヤジによく言われました。『日本ことを知りたければ、日本から出ろ』と。離れてこそ分かることは多いのです。この世界に来たことは私に与えられた成長の機会なのでしょう」
その眼は優しく、かつ強い意志の光をはらんでいた。
「知らない世界に来たのが成長の機会だなんて変わってるわね。シンジローは」
ヨーコが軽く肩をすくめてみせる。
「変わり続けるものは変わってます。変わってないものも変わってるので、結局、みんな変わってるのですよ」
「ふふっ……やっぱり貴方の言ってることはたまによくわからないわ」
深夜の月明かりが傍らに置かれた天籟の話し手を照らしていた。
(本作品はフィクションであり、実在の人物や政治的主張とは関係ありません)




