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1. 進次郎、異世界へ行く

(本作品はフィクションであり、実在の人物や政治的主張とは関係ありません)

挿絵(By みてみん)

契約魔法。この世界では、法に代わって、魔法で契約が行われる。契約に背けば命すら奪われる。その契約の効力は魔法の原理に基づき絶対で、何人も抗うことはできない。それがこの世界の原理。


だが、暗い部屋の一室で、その男の一言が絶対を覆した。


『人はこの世に生まれた以上、生きるのです』

それはそうだ。当たり前すぎるほど当たり前の言葉。だが、その同音異義(トートロジー)めいた、当り前の一言が、少女に刻まれた契約魔法を霧散させた。


暗い目をした痩せぎすの魔術師が驚愕の声をあげる。

「契約魔法が消失!?解除でも、上書きでもなく?あり得ない!」


細く、仕立ての良いスーツを纏った謎の男は続けて、さらに少女に告げる。


『明日は貴方の誕生日、つまり貴方が生まれた日と言うことですね』

先程まで命の危険があった少女の荒い呼吸が、見る見る穏やかになっていく。


誕生日は産まれた日なのだから当たり前だ。

この男は、当り前のことを当たり前に説明する。

なんの意味もない、当たり前の言葉で、この世の原理が書き換えられる眼の前の光景に、魔術師は理解が追いつかない。


「お…お前は……何者なんだ……」

「さきほど進次郎と名乗ったはずですが」


涼やかに男は答える。

彼こそは、この世の理を(ただ)す『進次郎構文』の使い手。

当たり前のことを当たり前に。当たり前でないことを当たり前でなく。

それは、この世の理を書き換える混沌と秩序の力。


★ ☆ ★ ☆


「異世界に来たということは……異なる世界にきたということですね……」

周囲の見慣れぬ光景に戸惑う細身のスーツの男、進次郎


20XX年冬、日本のある地方の農村、薄暗い夕闇混じりの曇天の下、一人の政治家が応援演説をしている。小規模な集会だが、聴衆は熱をもって聞いている。その熱気はこの政治家、政権党の若きホープに向けられていた。政治家は聴衆に語りかける。


「今、私たちがすべきなのは国と地方をつなげていくことです!是非、皆様にご支援を広げていただきたくお願いいたしまして、私からの応援として代えさせていただきます!どうぞよろしくお願い申し上げます!」



それはごく普通の選挙応援演説に過ぎない。聴衆は多くなく、マスコミもいない。だが、語り手の応援し、支えようという素朴な心が伝わる演説だった。その素朴さ故に、演説は聴衆を魅了し、さざなみのように拍手が広がった。


「いいぞ!!」「応援してまーす!!」「がんばれー!」

政治家は手を上げて、聴衆に応える。


壇上からのひとしきりの挨拶が終わった後、彼は台の端に置いてあるポータブルスピーカーを持ち上げて、片付け始める。


「進次郎さん、片付けくらい私達がやりますから」

選挙スタッフが恐縮して駆けつける。


「こういうことを自分でやらないようになったら、おしまいなんですよ」

進次郎とよばれた政治家はこともなげに、片づけを始める。雑用を厭わない謙虚な姿勢が人を惹きつけるのだろう。

そもそもスタッフに名前呼びをされる政治家がどれだけいるだろうか。


「今回の選挙、厳しい戦いになりそうですね」

スタッフは選挙対策委員長の進次郎を気遣う。


「楽な選挙なんてありませんよ。国民はいつも見てますからね」

進次郎は目を細め、少し上を見ながら、白い息を吐く。視線の先には厳しい結果が見えているのだろう。

「次の応援演説は東京ですよね?」

「えぇ、いよいよ大詰めです。気合い入れていかないと……」

進次郎はそう言いながら、小さなステージを降りようとする。

「進次郎さんがいればバッチリですよ……」

スタッフは進次郎の後を追う。


「あっ!」

進次郎が小さな階段を降りようと踏み出したその時、踏み台が音を立てて割れ、態勢を崩し、階段からスピーカーもろとも転げおちてしまった。


「だっ!大丈夫ですか!!!」


進次郎は駆け寄る選挙スタッフの声を聞いたような気がした……が定かではない。

というのも、目を開けたら周囲がさきほどまでとは全く違う光景だったからだ。明るい空。昼間。森。そこには聴衆の姿も、スタッフの姿も見えない。


「!?」

進次郎は困惑した。今の今まで冬の夕暮れ時だったはず。今は昼、気温も高い。農村の景色ではなく、鬱蒼と茂った森の中。その小道に進次郎はいた。傍らには先ほどまで使っていたスピーカーが落ちている。手元にはワイヤレスマイク。


(これは?転んで頭を打ったか……幻覚?夢?明晰夢?!)


進次郎は自身の状況を確認するが、痛みはどこにもない。知覚も精神も正常だ。地面を触る。あまり触ったことのない赤く固い土。夢にしてはディティールが真に迫りすぎている。落ち着いて、空気を吸い。素早く周囲を見回す。

(植生が……違う?日本ではない……?)


政治家として日本中を、世界中を駆け回る進次郎をして、見たことのない植物が多い。状況を確認するためにさらに細かく観察する。温度。暑い。亜熱帯の気候だろうか。鳥の鳴き声は聞こえるが、姿は見えない。


(怪我は無い。体調も問題ない。呼吸もできている。知覚も正常。周囲が違う。私だけが移動した?)


進次郎が恐る恐る見慣れぬ森の小道をゆっくり進むと、遠くから、人間の悲鳴が聞こえた。女性の甲高い声。進次郎は反射的に声のほうへ駆け出す。



小道がつながる小さな池が見える。そこでは若い女性が、2メートルほどの動物に狙われていた。


「君!大丈夫か?!」


進次郎が駆け寄ろうとすると、動物が振り返る。トカゲのようだが、トカゲではない。胴体に8本の足がある。体表は黄金色だ。こんな動物は見たこともない。女性は日本人と似通った風貌。だが、トカゲは見たこともない外見。


(人間は同じようだが……やはり日本ではないのか……地球ですら無い?異世界?)


進次郎は目まぐるしく頭脳を回転させる。いずれもありえない話だ。だが、ありえないことが起きている。そう進次郎は結論づけた。どれだけ突飛でも、観察される事象から導き出される事実には従う。それが現実主義者(リアリスト)の進次郎の矜持だ。


「異世界に来たということは……異なる世界に来たということですね……」

進次郎はネクタイを緩め、不敵に笑った。


(本作品はフィクションであり、実在の人物や政治的主張とは関係ありません)

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