プロローグ
ヴァルモント宮殿の大舞踏場は、金縁のシャンデリア、透き通る水晶の杯、そして革靴と同じくらい磨かれた貴族たちの礼儀で煌めいていた。
オーケストラが甘くゆったりとしたワルツを奏でる中、カップルたちが大理石の床を滑るように踊り、彼らの笑い声は、彼らが仕える王冠と同じくらい空虚に響く。
アウステルリント家の令嬢、ヴィオレッタ・フォン・アウステルリントは、バルコニーのアーチの下にひとり立っていた。冬の絹のように肩にかかる銀髪。背筋は伸び、鋼糸で薔薇を刺繍した深紫色のドレスは、優雅さで硬くなるほどに凛としていた。
彼女の顎の角度は、こう宣言しているようだった——
「あなたの承認など要らない。私は最初から完璧なのだから」
それでも、張り詰めた空気は紛れもないものだった。
視線の重さで、彼女は悟る。
(待っている……)
(皇太子が私を糾弾する瞬間を)
その罪状とは?
曰く——「完璧すぎる存在であること」
ヴィオレッタが香槟のグラスを唇に運んだ瞬間、オーケストラの音が止み、扉が豪儀と共に開かれた。
エドウィン皇太子が計算ずくの微笑みと共に前に出る。傍らには、教会が選んだ聖女エリラ——白い絹と病的なまでに甘い笑みをまとった少女が、鳩のように皇太子を見上げている。一方、皇太子の目は狩人のように舞踏場を掃いた。
そして、視線が止まる。
「ヴィオレッタ嬢」
声が響き渡る。
「撲はここに、貴女との婚約を無効とする。さらに、聖女エリラへの誹謗、嫌がらせ、ならびに神聖儀式妨害の嫌疑を以て、貴女の宮廷称号を全て剥奪する」
息を呑む声。卒倒する者。グラスを落とす音。
ヴィオレッタは優雅に香槟を一口啜り……
そして、静かに最も近いテーブルに置いた。
「殿下」
淡々とした声。
「最後に、一つだけお願いを聞いていただけますか?」
鼻で笑い、すでに勝利を確信する皇太子。「赦しを乞うつもりか?」
ヴィオレッタは微笑んだ。
「いいえ」
次の瞬間、彼女は一歩踏み出し、拳を振りかぶると——
皇太子の顎へ、直角に拳を叩き込んだ。
バコ――――!!
くいっと首が捻られ、足が浮く。皇太子の体は回転し、背後に積まれたウエディングケーキへめり込み、砂糖薔薇とバニラクリームの爆散を引き起こした。
一瞬、舞踏場は水を打ったように静まり返る。
そして——
「神々よ——!?」
「皇太子を殴っただと!?」
「大逆罪だ!」
「あの拳はどこで習った!?」
ヴィオレッタは涼やかに振り返り、扇子を拾い上げてパンと開いた。
「感謝すべきですわ、殿下」
冷たい声で、冬雷のような眼光を放ちながら。
「本来なら鼻骨も折る所でしたが……今回は慈悲を選んであげたのです」
舞踏場の隅。漆黒の肌に紫水晶の瞳を持つ異国の貴族オルフェミ・アンハーラが、この騒動を静観していた。表情は読めない。
貴族たちが叫び、衛兵が駆け出す中、彼はゆっくりと手を唇に当て……
微笑んだ。
「……興味深い」