婚約者候補のその後
早いもので魔法学校に入学してから4年が経過し、私は16歳になっていた。
当然といえば当然だが、入学したころと比べてみんなそれぞれに成長を遂げていた。
アラリック殿下は背もかなり伸びて体つきもたくましくなってきており、もともとの美丈夫さも相まってイケメンに拍車をかけているし、
入学してからずっと仲良くしてくれているマーガレットは細身ですらっとした美女に、
ニコレットは小柄ながらも女性らしいからだつきで元気で明るく、かわいらしい女性になっていた。
そして私の婚約者(仮)であるアリオンにいたっては、入学したころの美しさでも十分であろうに、
あれ以上の美しさがこの世にあるのか?というくらいさらに美男子になっていて、彼を囲む女子生徒がさらに増えていた。
アリオンがもし女性だったら女神様だとか傾国の美女と揶揄されたに違いない。
ここまでくるともはや男のくせに!などという嫉妬心も芽生えない。
かくいう私も背が伸びて、ちょっとは大人の女性らしくなったかなぁ、と思うのだが
ちょっとどころじゃない、男性陣の熱い視線になぜ気づかないのか、ほんとにあなたはこういうこと無頓着ね、
とマーガレットとニコレットになにやら力説されたが、私にとっては二人の方が魅力的だと感じているのだからよくわからない。
そういう話をするたびに、あなたは鏡で自分を見なさい!こんなに魅惑的な女性はなかなかいないわよ!だとか、
アリオンが気の毒だ、とかなんとか言われるが、やはりこちらも意味がよくわからない。
気の毒もなにも、向こうだっていわば私を当て馬的な感じで婚約者候補に据えたはずなんだから
別に私が何を思おうが、周りからどう思われていようがあまり気にしないのではないかというのが私の見解だからだ。
ちなみにこの4年間も成績は変わらず1位アリオン、2位私、3位アラリック殿下だ。
今のところアリオン以外の人に私が神聖属性であることは気づかれていない。
そうなるとなおさらなぜアリオンは気づいたのかが気になるのだが、そのことを聞こうとするとのらりくらりとぐらかされてしまう。
そして非常に残念なことに、あれから4年たっても私以外にアリオンの婚約者候補になるものは1人も現れていない。
「やぁ、リオラ。一緒にランチにいかないか」
「あら、アリオン。私を誘わなくても他に喜んで一緒に来てくれる麗しい方々がいらっしゃるじゃない」
「婚約者の君を差し置いて他の女性に声をかけるわけにはいかないよ」
「婚約者『候補』よ」
「こだわるね。もう4年も候補なんだから、いっそ婚約者でいいじゃないか。他に婚約者候補もいないし」
「絶対他に適任がいるでしょう。一体どんな選考基準なのよ・・・」
魔力・家柄・容姿、総合的にみて私より適任であろう令嬢たちは絶対にいるというのに
このアリオンもオズボーン公爵家も一体なにを考えているのだろう。
確かに別に婚約者『候補』から婚約者になったところで別になにも変わらないのだが
なぜだかわからないけど抗いたくなる。
アリオンがこの国屈指の名家であるオズボーン公爵家だから?優秀な魔法使いだから?美しい美貌だから?
「それは極秘情報だから言えないな。そんなことを言って噂になって婚約者候補が増えてしまっても煩わしいだろう」
婚約者候補が煩わしいと思うのであれば、やっぱり私のことは女性除けくらいにしか思っていないのだと思う。
この、なんか下に見られている感じというか、相手ばかりが余裕な感じが気にくわない。
だから抗いたくなるのだろうか。
「悪いけど、ランチはマーガレットたちと約束してるのよ」
私は、ふふん、と得意げな笑顔で言ってのけた。
「そのマーガレットたちに許可をもらったんだよ」
「え!なんで!」
ははは、と楽しそうに笑うアリオン。
友人たちよ、なぜこんなにも簡単に私を売るの!?
「さ、いこうか」
「い、いや!せめて別々に行きましょう。あなたのファンに見られたくないわ」
「いや、いいでしょ。婚約者なんだから」
「『候補』だから!!」
結局アリオンにエスコートされる形で食堂に向かうことになった。
食堂に向かう途中、アリオンとはさっきの授業でやった魔法陣はあそこが改良できそうだ、とか魔法の話をした。
案外楽しかった。
やっぱり私は魔法が好きで、強くなりたい。
だからか、魔法の話になるとついつい熱心に聞いてしまうし、語りたくもなってしまう。
食堂につくと、こっちこっち!とマーガレットとニコレットが手招きしてくれた。
そこには殿下とリアンダーもいた。
なんだ、二人きりってことじゃなくて、みんなで食べようってことだったのか。
それならそうと言ってくれればいいものを。
「だましたわね」
「人聞きが悪いなぁ。二人きりで食べようだなんて一言もいっていないじゃないか」
私はキッとアリオンを睨んだ。
別に怒るほどのことでもないのだが、なぜだかアリオンには反抗したくなる。
「そんな顔でもきみはかわいい婚約者だよ」
にっこりとわざとらしく笑いながら言うアリオン。
この男は表面上は女性に優しいけど、本当は言い寄られるのが面倒だと思っているのに
なぜそんな歯が浮くようなセリフをさらりと流れるように言えるのだろう。
「だから、『候補』だってば!」
どうして最近婚約者『候補』と言ってくれないのか。
周りの令嬢たちが誤解をしたらどうしてくれるのだ。
とりあえず今日の日替わり定食を注文して、マーガレットたちのいるテーブルへと座った。
授業の話やら先生の話やらをしながらお昼ご飯を食べる。
他愛のない会話をするのもこの学生生活の中での楽しみの一つだ。
それぞれもうすぐご飯を食べ終わるかという頃、突然アリオンが話しかけてきた。
「ねぇ」
「なによ?」
「二人きりじゃなくて残念だった?」
「・・・そんなわけないでしょう。みんなで食べるの楽しいもの」
突然なにを言い出すのか。
私は呆れた顔をしながら言った。
しかし、
「もう、リオラったら結構楽しそうにアリオンとしゃべりながらきてたじゃない」
っとニコレットに言われてしまった。
それは確かにそうだったのだが。
「それは、魔法のことを話しててつい色々・・・それだけよ」
「ふふふ♪アリオンもなかなかの策士ね」
「天下の色男も、リオラの前では一人の男ってわけだな」
「そうなんだよ、リアンダー。分かってくれるかい」
「リオラも賢いんだから、ちょっと考えればわかるはずなのにね・・・」
「ほんとだな。とても模擬試合で俺に心理戦を持ちかけたとは思えないくらいの鈍さだな」
「リオラ、もう少しあなたの婚約者と向き合った方がいいわよ?」
「そうよ!アリオンはモテるんだから本気だしたらすぐに他に婚約者ができてしまうわ」
「そーだそーだ」
いつの間にか私が悪者になっている。
ニコレットも、リアンダーも、マーガレットもなぜアリオンの味方をするんだ。
「みんなひどいわ。私はなにもしてないのにまるで罪でも犯してるみたいな言い方してくれちゃって」
「いや、何もしてないのが罪とも言えるな」
「何もしていないのが罪・・・??勉強とか、魔法とかは頑張ってるわよ??だからなにもしてないわけじゃないけど??」
「だから、そういうとこなのよ・・・」
頭の中がはてなマークでいっぱいの私に対して
マーガレットとニコレットとリアンダーは、目を見合わせて一斉に大きなため息をついた。
アリオンに至っては大げさなくらいに落ち込んだ素振りを見せていて(絶対に演技だが)
マーガレットたちになにやら慰められていた。
どんどん悪者になっている私の味方は誰かいないのか。
「アラリック殿下!私、なにが悪いんでしょう??」
ここまで傍観者を決めている様子だったアラリック殿下を巻き込むことにした。
きっと優しくて聡明なこの方ならば、私の味方になってくれるはず。
「あ、ああ・・・いや、悪くないと思うぞ、俺は」
アラリック殿下は少し困ったよな微笑みで言った。
よかった、やっぱり私悪くない。
「ですよね!」
「俺はそんなところもリオラのいいところで、魅力的だと思うぞ」
「殿下・・・!」
この中で唯一の味方であるアラリック殿下の手を思わず両手で握りしめた。
やっぱり私は悪くない。なぜこんなにも責められるのかわからない。
私がニコニコしながら殿下の手を握り締めていると、殿下の目が泳ぎはじめた。
「殿下?どうかされました?」
「あ、ああ・・・」
殿下の様子が少し変なので顔を覗き込もうとしたところ、
グイッと引っ張られ、ついでに殿下を握り締めていた両手を誰かにほどかれた。
急なことでびっくりして目をやると、やや不機嫌そうなアリオンがいた。
「まったく、天然魔性め」
「ちょっと、殿下に失礼じゃない」
突然抱き寄せられる形になって私も驚いたし、きっと殿下も急に手をどかされて驚いたに違いない。
しかしそんな思いをよそにアリオンはさらに不機嫌そうな口調になった。
「ほんとに自覚してないの?」
「なにを?」
はぁ、とアリオンがおおきなため息をはく。
「他の人に色目使うの禁止」
「使ってないわ」
「自覚がないなら、むやみやたらに相手の手を握ったり、顔を近づけたりしないこと」
「むやみやたらになんてやってないわ」
「そういうことはぼくにやるといい」
「なんでよ」
私は全然納得できなかったが、先に教室いくよ、手を握られ、半ば強引にアリオンの傍らに移動させられた。
握られている手が痛い。
「殿下、ぼくの婚約者が失礼しました」
「あ、ああ・・・いや、俺も悪かった」
っとなぜか殿下がアリオンに謝り、私はアリオンにぐいぐいと引っ張られるような形で食堂を後にした。
「ちょっと!痛いじゃない!」
私はバッと強く握られている手を振りほどこうとしたが、少し手が離れそうになるとすぐさまぐっと掴まれた。
「痛かったならごめん。でも、それ以外は謝らないよ」
そういうと、握り締める手の力が少し緩くなった。
とはいえ、しっかりと握られたままではあるのだが。
チラッとアリオンの顔をみると無表情な顔をしていて相変わらずなにを考えているのかわからないが、
なんとなく怒っているように感じて私はこれ以上なにも言えなくなってしまった。
しっかりと手をつないだまま、廊下を歩く。
しかし食堂に行くときとは違い、二人とも黙ったままだった。