模擬試合3
ついに決勝戦が始まる。こんなにドキドキするのはいつぶりだろうか。
まさか自分がここまで残れるようになるとは思っていなかったが、こうなったらやれるとこまでやりたい。
この国最高の神聖属性との呼び声高い相手と戦うことができるなんて、
今後の自分の目標である国家魔術師になるにあたってとても貴重な経験になることは間違いない。
本当だったら私も神聖属性の魔法を使って正々堂々と戦いたいものだが、
それをしてしまうと長年の夢が叶わなくなってしまう。
「では今から決勝戦をはじめる。アリオンとリオラは前に来なさい」
先生に呼ばれ、前に出ていくと周りがわーわー盛り上がっている声が聞こえた。
この、大勢から注目を浴びる機会なんて正直いままでの人生であまりなかったので慣れない。
なんせ自分は田舎出身だ。どちらかといえばのほほんとした世界で生きてきた私にとって
このなんだかキラキラした感じは妙にソワソワする。
そんなことを考えていると、横にいたアリオンが鼻で笑ってきた。
「緊張してる?」
「・・・試合自体にはワクワクしているんだけど、こういうキラキラした感じはなんだか落ち着かないだけ」
「へぇ、僕と戦うことに恐怖心とかはないんだ?僕、これでもこの国最強かもしれない男なんだけど」
この国最強の男だって自分で言うなんて、と思わず心の中で突っ込みをいれたくなるが
それほど自分の力に自信をもってるし、実際実力があるのだろう。
「だからこそワクワクするんじゃない。あなたからなにか強くなるためのヒントをもらえるかもしれないじゃない」
「さすがはリオラだ。蝶よ花よと育った令嬢たちとはちょっとわけが違うな」
「もっと女らしくしろって言いたいの?残念だけどこう見えて結構男前なのよ」
私が少しムっとしながら言うと、アリオンは少し困ったように笑い、褒めたつもりだった、とか、男前はちょっとちがうんじゃないかな、とか言っていた。
時々思うのだが、なんかアリオンって私に対してちょっと嫌味っぽいというか、上から目線というか、なんか達観しているというか。
あとまるで私のことはいろいろ知っているかのような話し方をする。
ニコレット情報によると2歳ほど年上らしいから、妹と接しているような感覚なんだろうか?
「もし私が負けたらアリオンお兄様と呼ばせてもらうわ」
「いや、お兄様は勘弁してほしいかな」
私が少しおどけてみせたのに、アリオンにはなぜか真顔で拒絶されてしまった。
せっかく年上として敬おうと思っていたのに後悔しても知らないわよ、と言ってみたが、またしても真顔で、後悔しないから、とだけ言われた。
やれやれ。さてと、そんなことよりも試合に集中しなくては。
「私の炎で燃やし尽くしてやるからね」
私がそういうと、さっきまで真顔だったアリオンの顔が少し綻んだ。
「炎・・・ね。うん、炎だったね、きみの属性は」
「そうよ」
私がそう答えると、アリオンはなにやら意味深な笑みを浮かべていた。
こういう時のアリオンは本当になにを考えているのかわからない。
「さて、そろそろ試合を始めようか」
「そうね、そうしましょう」
そういってお互いに後ろ足で5歩下がった。
戦闘態勢をとり魔法を発動させる。
「ブレイズキャノン!(炎砲)」
「アクアウォール!(水壁)」
私の放った大量の炎の砲は、アリオンが繰り出した水属性の魔法で打ち消し合いになった。
一つくらいアリオンに当たればと思ったが、さすが自分でこの国最強の男というだけはある。
「なんだ、ドラゴンを使役しているからどんなかと思ったけど・・・思ったより大したことないね」
プチン。
不敵な笑みを浮かべながら言ってのけたアリオンに、私の中で何かが音をたてて切れた。
自慢ではないが私はあまり怒らない質なのだが、これは怒ってもいいのではないか。
これ以上目立たないためにも、本当は始めはそれなりに力を出して純粋に試合を楽しんで、
ほどほどのところでわざと負けようと思っていたのだが、これはもういっそ打ち負かしてやって
この国最強の男とやらを倒したこの国最強の女になってもいいのではないだろうか。
私は魔法が好きで、魔法に誇りをもっていて、国家魔術師を目指すのだ。
まして私のかっこいくてかわいくて超絶強いネイトの価値を下げるようなことはあってはならない。
「言ってくれるわね・・・!まだまだこれからよ!」
必ずこのアリオンの涼しい顔を悔しがる顔に変えてみせる。
******
「はぁ・・・はぁ・・・」
決勝戦が始まってからすでに1時間経過していた。
始めはわーわーと騒がしかった会場だが、今となっては静まり返っている。
先生も生徒たちもみんなまさかこんな試合になろうとは思っていなかったのだろう。
さすがに1時間も魔法を使いっぱなしは疲れた。
魔力はあれど、体力が限界を迎えそうだ。
私の弱点は体力かもしれない。将来のためにも、これから体力強化していかなくては。
「リオラ、大丈夫?」
私の荒い息遣いを聞いて従魔のネイトが心配そうに顔を覗き込んでくれた。
「大丈夫よ、ありがとう。ネイトは平気?ずっと私の意図を汲んで先回りして動いてくれているでしょう?」
「平気だよ。僕はリオラの方が心配だ。」
ああ、私のネイトはなんていい子なんだろう。
疲れている中でネイトの気遣いに癒されて少し元気がでた。
もしネイトが人間だったらネイトと結婚したいわ、と言うと
いつもはあまりなんとも思わないが今日に限っては憎たらしく感じる男の声が聞こえてきた。
「大丈夫?僕もリオラが心配だ。そろそろ降参したら?」
「・・・お気遣いどうもありがとう。でも遠慮するわ」
「きみって結構頑固だね。さっきの戯言は訂正するよ。リオラ、きみは恐ろしく強い。火の魔法だけで僕とここまでやり合える人は出会ったことがない」
1時間前までと同じ涼しい顔をしているが、アリオンの額にも汗が光っているし、少し呼吸も早くなっている。
先ほどの大したことないという発言についても訂正してもらえたので、これまでの戦い方は成功しているのだろう。
「でもほんと、そろそろやめておいたほうがいい」
アリオンに降参しろ、と言われても、それならそっちが降参しなさいと言いたくなる。
「今まで気が付かなかったんだけど、私って負けず嫌いみたいなの」
「目先のことに囚われてなにかを見失ってはいない?」
見失っている?何をだろう。
「・・・仕方ないな。先生、リオラが降参するそうです。」
「な、ちょっ、勝手に何を言うの?ブレイズロアー!(炎の唸り)」
「ディヴァインレルム(神聖なる領域)」
勝手に降参させられそうになり焦って魔法を発動させたが、この日初めてみたアリオンの神聖魔法によって打ち消されてしまう。
かわりに金色の膜のようなもので覆われた空間に入らされた。これもまたアリオンの神聖魔法の効果なのだろうか。
「・・・ここでの会話は外には聞こえないから安心してほしい」
「私、まだ戦えるわ!」
「ちがう、そうじゃない。ちょっと落ち着いて。リオラ、君は神聖の乙女だろう」
思わず心臓が飛び出るのはないかというくらい大きく動いたのが分かる。
なんで、どうして、どうやって、いつから・・・??
「な、ん・・・そんなわけ・・・」
「きみの印は左目だろう。」
「・・・」
ここまで言われてしまっては、どう取り繕ってももう遅いのだと悟った。
「・・・お願い、黙ってて。」
「国家魔術師になりたいから、ってことで合ってる?」
この男はどこまでお見通しなのだろう。
「・・・そうよ。国家魔術師になりたいの。それにそもそも私に王太子妃なんて務まらないわ。神聖属性だからって理由だけで王太子妃になんて御免よ」
王太子妃とて国において重要な役割だ。
私には務まらないとはいったものの、きっともしどうしてもやれと言われればきっとできるだろう。
国家魔術師になりたいから王太子妃になりたくないだなんて、子供じみたわがままなようなものだとわかってる。けど。
「わかった、黙っているよ」
「アリオン・・・」
「僕としても、きみが王太子妃だなんて冗談じゃない」
秘密を守ってくれることに感動したのも束の間、まさかこんなことを言われようとは。
私が王太子妃に適任だとは微塵も思っていないけれど、まさか他人に嫌だと言われるのはいささか悲しいものがある。
とはいえ、王太子妃になる気はないのだし、私自身も冗談じゃないと思っているからいいのだが。
「落ち着いてきたところで考えてほしい。君はもう普通の魔法使いではなくなってしまった。神聖属性の僕とこんなにもやり合うだなんて、この場にいるだれも思っていなかったはずだ」
「・・・そ、そうよね」
「さて、ここで質問。このまま戦うのが得策か?それとも降参するのが得策か?」
すでに強さは十分に示せた。いや、少し示しすぎた。
これ以上やると、いよいよ神聖の乙女なのでは?と疑われかねない。
「・・・降参。」
「うん、そうだね」
「でも私、最初は途中で降参するつもりだったわ。でも、なんというか・・・あなたの戯言にカチンときてしまったの。それで、つい・・・」
「ああ、あれね。それはごめんね。わざと怒らせたんだ」
わざわざ私を怒らせて本気を出させた、ということだろうか。一体なんのために?
「こっちにはこっちの都合があってね」
そっちの都合ってなにかと聞いてみたかったが、もしかしたらアリオンにも私のようになにか譲れない事情があったのかもしれないと思い、それ以上聞くことはやめた。
それよりも、もっと気になることがある。
「一体いつから私が神聖の乙女だと気付いていたの?」
恐る恐る聞いてみると、アリオンは少し考える素振りをしたが、すぐに悪戯を考えている子供のような顔をした。
「内緒さ。誰にも言えない秘密で個人情報だから。」
どこかで聞いたようなセリフだ。
さてはまだリアンダーとの一件を根に持っているのか。
2歳年上だって話だけど、まだまだ子供じゃないか、と少し呆れた。
「・・・あなたも頑固者ね」
アリオンはふっと鼻で笑うと、私たちを覆っていた金色の膜の術を解いた。
すると、なにがあったんだ、大丈夫か?と言いながら先生が来てくれたので私は降参することを伝えたのだった。