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酒杯でいっぱい

作者: くら

   『熱情家』


熱情家の彼は喧嘩をして酒場を追われた。

月光が地の霜を作るのは知れたこと。

月の光を真直ぐに受けては、かの熱情家も冷えてしまう。

凍死体で見つかった彼の心臓は、まだまだ暖かだったが、アルミのメスに刺されてはひとたまりもなかった。

どくどくと彼の熱いワインで検死官等は乾杯を上げる。

そうして月に醸されて、新たなワインが横たわる。

彼等の彼等が乾杯を上げる。

彼等の彼等の彼等が乾杯を上げる。




   『三日月と蛙』


三月の三日月が中空でダンスを踊る。

いや、僕は構わない、踊る相手がいなくても僻まない。

ただ、蛙の某が池に飛び込んだ折に、踊り過ぎて酔った月の先端が口の中を貫いてしまったと言うのが気に食わない。

水に落ちて目覚めた月が急いで地球の裏に逃げたので、大事な僕の友達も一緒に行ってしまったんだからね。




   『新月の酒』


新月に酒を飲む。

しまった。

真っ暗なので重ったるい頭を振ったらば、言葉が次々こぼれてしまう。

僕はあらゆる言葉を失って、満月輝く知らぬ土地に伏しているのだ。




   『ヴールダー・イダー』


「ヴールダー・イダー、婚礼は?」

「さあね?」

彼が面倒そうに話を区切ると男は死ぬ程酒を飲ませて、次いでに媚薬も飲ませてやった。

同じ様に酔った女が長い金糸の髪で彼を包むと、白い裸身で封をした。

張りのある乳房の先の薔薇の蕾は、アルコールの果だ。

「ヴールダー・イダー、二日酔いだな」

「さあね?」

それから、あの淫乱な妖精はどこかの王と結婚し、彼は戦地へ赴いた。

同じ名前の女にあった、身体を黒い紐で隠して白い手だけの女だが。

彼は船の揺れで、夢中でしていたから、竿は立てても旗は翻らなかった。

淫乱な御后は裸の竿を見て、高い塔から飛び下りた。




   『酒の妖精の踊り』


地球の最後はいつもやってくる。

ホアの音が聞こえる様に、動物が嘶く様に、そして誰かが叫び出す様に、最後の線の筋が切れそして何かが割れる様に……

そうだろう、僕のテーブルの前でダンスを踊る細い妖精はいつも地球の終りを告げるのだから。

今晩は。

花、踊りましょうか?

いや、やめておいてくれ。

ではふたつの太陽の……




   『月』


月が背から照っているから影を見ながら歩いてられる。

街路の向こう、月を正面から受けた僕が歩いて来て行き過ぎた。

悲鳴を上げて振り返り、行き過ぎた僕に追いすがる。


肩に手が触れたので振り返った。

影があるばかり。




   『公園の狩人』


熊が森に出ると言うのは、彼の言葉である。

その真意は僕は知らない。

そうだ、僕は知らない。

錚々とした流れと同じく、僕には知れない。

これは例えではない。

ろうたき子供の頬をつねって彼は言う。

「そうだ、そうか?」

「そうだよ、ばかめ」

うまく切り抜けやがった。

あっという間に硝子片の突き刺さった子供の影は月の光りに満たされて、公園の真ん中のアルテミス像にやられてしまうだろう。

多くの人は知らないがあの像の知られぬ秘密を、誰あろう僕が解明したのを。

だから、そう、あの像は夜中、特に新月の夜になると動きだし、弓を射て……そうだ、そうか?

それだけだ。

彼女は射るだけ。

狩りはそれですむ。

喰うのは奴等だ。




   『鳶』


鳶がくるりと輪を描いた。

射落としたはずの狩人が転んで崖から落っこちた。

鳶とともに奈落の底に落っこちた。

ところで、崖の深さは知れぬと言う。

聞いたらば、未だに落ちているというから。

鳶の翼が癒えたら、狩人は一人で落ち続けるのだろうから。

鳶は傷を癒すのを躊躇ったりもする。

もう明日には飛べるけれども。




   『冬の漁村』


あばら家だらけの、寂しい漁村に冬が来た。

凍った風は波に鞭打ち、重たい空は浜を潰す。

破れた屋根の下で長い影が横たわる。

誰もいない浜辺で陽気に酔った一人の紳士が、風にハットをなびかせて、猟銃片手に歩いていた。

風の根本に狙いを着けて、猟銃構えて打ち込んだ。

筒の中から飛び出していった一羽の鶯が、冬の頭をぶち抜いて、鳴声一つ響かせた。


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