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混沌から星屑を拾う  作者: 三山 千日


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花も団子も春だから

花咲き乱れる春だから、春だからこそ団子も花も楽しむ7本。

『花香り』


 凛と佇み、香り立つ水仙。

 天衝く花が緩み、しなだれ落ちる木蓮。

 風ぬるみ、一斉に開いたマンサクの房。

 山桜は儚く散って久しく、枝は葉をたたえている。

 芝桜もまだ寒い頃から少しずつ色を広げていった。

 濃紅の桜は優雅に満開を迎えたというのに、ようやっと綻びかけの薄紅はまだ眠たげにしている。

 オオイヌノフグリはいつ咲いたのだろう。その傍らのネモフィラと共に、空の色を忠実に写し取っていた。


 世界が色付いている。

 一体、誰が、いつの間に、寂しいばかりの冬のキャンバスに無数の色を載せたのだろう。

 春よ、どうか駆け足で過ぎないでほしい。

 長い冬の厳しい寒さで凍えきった身は、まだ完全にはぬくもっていないのだから。あまりに過ぎたぬくもりは、身体がついていかないのだ。






『私を置いて』


 ばあちゃんの家には古い物がたくさんある。

 物を捨てられなかった人だから、多少壊れていようと取っておいて、修理するなり、無理矢理使ってたのだ。

 ばあちゃんちによく出入りして、食事を作っていた私もそれに倣っていた。……ただの貧乏性とも言うけれど。


 刃元の大きく欠けた包丁は、他の人は危ないと言うけれど、握りやすくて扱い易く、私はあればかり使ってた。

 取っ手がグラついていた片手鍋。大きさが程よく、あれで鍋ものや味噌汁、雑炊、炊飯、蒸し物……とにかくなんでも作ってた。


 ばあちゃんがいなくなって丸一年、まったく使ってやれなかったあのコらはどうなったろう?

 私以外には使われなかったんだ。真っ先に捨てられたかも。


 ああ、いやだ。

 みんな、私を置いていく。






『ズボラなコーヒー』


 マグカップに粉末のインスタントコーヒーを入れて、湯を注ぐ。

 混ぜるのも洗い物を増やすのも手間でスプーンを出さなかったら、案の定、溶けきれない粉がカップの底にこびり付いていた。

 余計に洗う手間になったと、己のズボラさに眉を顰める。


 そうやって顰め面でカップを洗うこと数度。

 カップにインスタントコーヒーを入れる前に、少量の湯を入れ、粉末を入れた直後にカップを軽く揺すれば底が汚れずに済むことを発見した。


 ポイントは必ず少量の湯を入れること。たっぷりの湯を先に入れると、後入れの粉が均一に溶けなくなる。


 スポンジでカップの底を丁寧に拭う手間は消えたが、ある意味、ズボラを極めた気分だ。






『花見は楽し』


 桜の蕾が綻びだしてから、昼休みに散歩をするようになった。

 毎日、町に薄紅色が増えていくのを見るが楽しいし、何よりお花見のタイミングを測りたいのもある。


 遠目からでも開花を認められるようになってからは、桜を眺めてお茶を飲むようになった。

 お茶を飲もうと上を向くと、おのずと視界に桜の花が入り、和ませられるし、お茶もいつもよりおいしく感じられるから不思議。


 開花宣言から一週間ほど経ち、町の桜もそろそろ満開になりつつあったので、カラシを利かせたたまごサンドを持って職場近くの公園に行く。

 こじんまりとした公園で、桜も一本だけだけど、ここの桜は枝振りがとても良くて、見応えがある。おまけにモクレンやマンサクも植わって華やかだから、知る人ぞ知る穴場なんだ。

 青空と枝いっぱいの桜の薄紅、散りかけてはいてもまだまだ咲き誇るモクレンの優美な白、木をビッシリと赤く染めるマンサクの派手な赤。

 色とりどりの木々を愛でながら食べる、ほんのり甘くまろやかで、ツンと辛いサンドイッチのおいしいこと。それに、やわらかな玉子色が菜の花を連想させて、春らしいこと。


 満開の翌日から雨が続き、強風も吹いたことから、早くも花が散り始めてきた。木には花弁の薄紅だけでなく、ガクの濃赤と若葉の青さが混じるようになる。

 薄紅一色も壮観で美しいけれど、濃赤のアクセントが入ると花はより愛らしくなるし、若葉の瑞々しい色もまた目を楽しませた。

 桜が魅せる色合いに思わず目を細めた、花びらの降る花曇りの日に、コンビニで買った唐揚げを頬張り、ジンジャーエールをご機嫌に呷る。


 花より団子と言うけれど、花があるから団子がおいしいのよ。






『花見コーヒーで知ったこと』


 小さい頃、花見というものがよくわからなかった。

 桜の下で弁当を食べるのは、ピクニックと何が違うのか。

 場所取り合戦とか、酔っ払って他人に絡む花見客とか、トイレの行列なんて奇天烈なミッションを課せられてまでするものかと、弁当と一緒に口に入ってくる花びらに眉を顰めながら思ってたっけ。


 なんだかんだと疑問を感じつつ、それでもあれから随分と年を経た今も結局、満開の桜に引き寄せられるように桜並木に向かうんだ。

 視界の奥まで続く桜の雲海に感嘆し、花見酒ならぬコーヒーを呷れば、咲き誇る花と目が合うことの、なんて優美で贅沢なこと。飲むのが酒ならば、さぞやご機嫌なことだろう。


 体験することで花見酒のオツさがわかり、花より団子の意味も知る。

 団子は酒のようには呷いで食べない。串でうっかり怪我したり、団子を喉に詰めぬよう、俯きがちに団子に齧りつき、味わうのに夢中になってりゃ、頭上で咲き誇る桜は見えないね。

 花より団子とはよく言ったものだ。






『アオサエンカウント』


 隣人が回覧板と共に持ってきたのは、レジ袋に詰められた大量のアオサだった。なんでも、ご近所に配り回れるほど、どっさり採れたのだとか。


「ザルでも桶でも、何でもいいから容れ物を持ってきて」

 言われるがままにザルを取ってきたところ、隣人は無造作に袋に手を突っ込んだ。鷲掴みで豪快に二回、もひとつおまけで三回分のアオサがザルに分けられる。なんて、気前のよいこと。

 大盛りのアオサはこんもり青々として、特大マリモのようにも、春の野山のようにも見える。


 摘みっ放しだというアオサは、よく見たらまだ根も砂も付いていた。このままつまみ食いしようものなら、アオサに纏わりつく塩辛い海水と砂利にいつまでも口内をいじめられてしまう。


(なるほど。さっき、何度もお礼を言われたのはこういうことか)

 ザルに景気よく盛られたアオサを前に、いただきすぎだと狼狽えていたら、隣人は「いいのよ、寧ろ、助かったわ。ありがとね」とお礼を述べた理由を察する。

 隣人は夢中で袋いっぱいのアオサを採ったらしいが、この量を食べられるように下ごしらえするとなると、相当骨が折れるだろう。その点、配ってしまえば、取り分が減ったとしても、その分だけ下ごしらえの手間が少しは減らせるし、アオサを分けた相手に喜ばれもするので一石二鳥だ。

 それならば、こちらも遠慮する必要はない。有り難く、海の恩恵にあずかろうではないか。



 まずはアオサの掃除をしないことには始まらない。

 手始めに、ボウルに張ったたっぷりの真水で海藻の山というか沼を濯ぐ。

 ボウルの中でアオサを掻くように洗い、アオサだけ掬ってザルに空けてを繰り返すこと五回。アオサの青みはより鮮やかに、清さを増したように思えるが、五度目の濯ぎの後もボウルにはまだ砂が残っていた。

 余談だが、洗い水を流したシンクも砂利だらけである。排水管が詰まりやしないか些か、不安だ。


 さて、アオサ掃除はここからが本番だ。アオサの根とゴミを取り除く作業にかかる。

 まずは、アオサをひとつ取り、指で触れて根を探す。

 根は海藻が潮の流れに持っていかれぬよう、岩にしっかり取り付く必要がある。ゆえに、海藻の根はとても硬い。これは口当たりが悪い上に、根元は茎が密集してゴミが溜まったり、虫が住み着いていることがあるから、爪で切るように摘み取るのが無難だ。

 根を取ったら、あとは目視で砂や虫、ゴミなどの有無を確認して、異物があれば避けるなり、水の中で軽く揺すって振り落としせば、掃除は終わり。


 掃除自体は簡単だけど、アオサ一株のサイズは小さく、量もかなりあるので地道な作業が長時間に及ぶ。俯いて、目を凝らしての手先の作業は、首と肩と目と腰が地味に疲れ……


「うお!」

 首の疲れに小さくため息をつき、まばたきを忘れて乾いた目を手元のアオサから外した瞬間に気付く、親指の上を蠢く何か。


 突然の、未知の生物とのエンカウントに悲鳴を上げ、思わず手をブンブンと振る。

 何がしかの海洋生物は悲鳴と共に振り落とされ、ボウル内部の小さな海に着水した。

 よく見れば、ボウルの中には他にも、極小のエビ的なものや、どこか芋虫めいたもの、丸く平べったいものも泳いでいる。どれも、今までに見たことのない存在だ。どうもはじめまして。


 その後も思わぬ命との遭遇に、悲鳴を四度ほど上げた。

 一時間以上かけてアオサの掃除を終えた後、ボウルの水は一切の迷いなく排水口に流される。


 ――排水と共に流れた彼らは、いつか故郷に帰れるのだろうか。


 丁寧に下ごしらえされ、冷凍や冷蔵されたり、味噌汁の具やかき揚げにされたアオサを見掛ける度に、指の爪よりも小さく、名も知らぬ彼らのことを思い出す。






『曇天の風と桜』


 曇天。朝から吹く、春一番じみた突風が川沿いにズラリと並ぶ桜を(いたずら)に散らせるため、川面には花筏が疎らに浮いている。


 桜と蒼天のコントラストも好きだけど、今にも雨を降らしそうな灰色の雲と、雲の形に似て、今も花弁を降らせる薄紅の桜の取り合わせも決して悪くない。

 ポツリと額に水滴が落ちたような気がして、仰いだ先、灰色と薄紅色の二色を見て、ほんの一瞬、雲が地上近くまで下りてきたのかと錯覚して苦笑した。


 それにしても、突風で(はし)る花弁は、文字通り吹雪のようだ。

 強烈な花吹雪に視界を阻まれ、強風に煽られて脚がグラついた。花吹雪に絡め取られるようによろけ、何処かへ流されてしまいそう。足を踏ん張って耐え、気持ち重心低めに構えて歩く。


 強風に耐える間、視界に入る路肩には溶けることを知らぬ薄紅の雪が溜まっていた。

 桜でできた、波形の境目が、桜並木のずっと先まで続く。その様が故郷の浜辺に打ちつける波に見え、二度目の苦笑を漏らす。

 もう久しく帰っていない、あの寂れた土地の桜は、今も健気に咲いているのだろうか。

 今年も、風に飛ばされ迷い込んだ桜の花弁が数枚、波に攫われたかもしれない。あの光景が、妙に記憶に焼きついていた。


 ああ、いやだな。曇天の桜に化惑わされている。

花香り 2026.3.29

私を置いて 2026.3.31

ズボラなコーヒー 2026.4.04

花見は楽し 2026.4.05

花見コーヒーで知ったこと 2026.4.07

アオサエンカウント 2026.4.08

曇天の風と桜 2026.4.09

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