春は食いしん坊な季節 ※
長い冬が終わって春が訪れると、どうしてごはんがおいしいのか。食べ物の多めの7本
※一部に死の要素があります。苦手な方はご注意ください。
『道連れ』 ※死の要素あり注意
詩集を探している。貴方に貸した詩集。
小学生低学年の頃、教科書に載っていた詩が印象深くて母に伝えたところ、同じ詩が収録された詩集を贈ってくれた。
名前を書いて、ずっと大事にしていた詩集。
「読書は苦手だけど、認知症予防に字を読みたい」
文庫本は字が小さいし、頁が多くて飽きる。新聞は漢字が多い。漫画は読む順番も内容もよくわからない……らしい。
字が大きくて、漢字は少なめ、内容がわかりやすくて、飽きずに済む長さ。なんとまあ、注文の多いこと。
それならばと、くだんの詩集を貸したらば、もうそれきり。
返ってこない。詩集も、そして彼岸へ渡った貴方も。
貸してしばらくの間は、読んでいるのかいないのかはともかく、食卓かコタツの上に置かれているのを何度か見たのは覚えているのだけれど。
貴方がいなくなった後、家を探しても、どうしてもみつけられなかった。
貴方の娘がその娘である私に贈り、私から祖母である貴方に貸した詩集。
貴方はあちらでの長い旅路と暮らしの合間に読もうと、持っていってしまったのだろうか。
もう。しようがないひとだな。
『いのち』
この世に生を受け、百日も経っていない赤ん坊との出会いに言葉を失う。
第一印象はもっちりつやつや。
目はつぶらでぬばたま色して、ほっぺはつきたての餅より艶々で福々しい。
言葉を紡ぐことを知らぬ口の、やわらかな赤に瑞々しい生命力を感じる。
蕾が綻ぶように笑う瞬間、生後百日足らずのいのちは幸福を辺りに振り撒いた。偉業だ。
おててが芸術的なまでに小っちゃくて、こんな小さな手で何を掴むのかと思考し、まわりの人間のハートを掴むのだと即座に答えが弾き出された。
あし……いや、あんよがむちむちしてる。まだなんの命も踏んでいない、無垢なあんよだ。尊い。
いのち、かわいすぎて、無垢すぎて、触れるのがこわい。
『影響とブーム』
漫画での食事の一コマ。
小説で数行のみ記された味の説明。
ドラマや料理番組で湯気越しにアップで映る食べもの。
「おいしそ」
思わず呟いた瞬間、人はその食べ物のトリコになって、無性に食べたくなるんだ。
誌面や液晶画面の中、登場人物や出演者ががうまそげに料理を頬張る姿が羨ましくて。
「君はそういうの多いね。それで一度、興味を持って食べてみてハマると、しばらくの間、『食べ物はこれしか知らない』とばかりに、頻繁に食べ続けるんだ」
――影響されやすく、ハマるとしつこい。
マイブームのコロッケパンを頬張るボクを一瞥したキミは、手元に目を落としてからボソリと言う。
キミの視線は手元で開かれた、ボクがうっかり影響された本の頁に注がれている。
「まあ、わからなくはないけどね」
そう言って本を閉じ、すかさず立ち上がった君はきっと、コロッケパンを買いに行くんだ。
ボクにはわかるよ。だって、ボクも同じことをしたんだからね。
『老舗の貫禄』
――大好きな小説で、推しがよくそこに足を運んでいたから。
それが今日、私が隣町で昔からやってる個人経営のパン屋を訪ねた理由。
別に、このお店が作中に登場したわけじゃない。『町中に昔からあるような小さなパン屋』ならなんでもよかった。
何十年と時を経た、昭和後期から平成初期のかほり漂う白い建屋。棚にパンが並ぶのが外からでもわかる、大きなガラス窓。窓と看板に記された丸っこいフォントの店名。
ドアを開けるとカランと鳴るドアベル。ドアの隙間から漂うパンの香ばしい匂い。こじんまりとした店内には、年季の入った棚が並ぶ。
なんだか、懐かしい。
新規オープンしたベーカリーや、人気のパン屋、スーパーのパンコーナーはよく行くけれど、昔ながらのこじんまりとした古いパン屋さんを訪ねるのは何年ぶりだろう。
学生時代、よくパンを買いに行ったのは、ここみたいな古びたパン屋だったっけ。最後に行ったのがいつかも、もう忘れてしまった。
トレイとトングを一度持てば、一品は買わなきゃいけない気がするのはなんでかな。
格子の切り込みの入った、大きなメロンパン。
半月型のジャムパンとクリームパン。
見ると思わず、ジャムや練乳を塗ったり、いろんな具を挟んで食べたくなるロールパン。
きれいに焼けたクロワッサンは甘いだろうか。
長いフランスパンや、茶色くていかにも硬そうなライ麦パンをおいしそうだと感じるようになったのは、実をいうとここ最近のことかもしれない。
オリジナルバーガーとコロッケパンや焼きそばパンなどの惣菜パン、冷蔵ケースに並ぶサンドイッチも心惹かれる。
三日月型の塩パンと帽子パン、ウサギとクマのマスコットパンはご店主の遊び心を感じさせる。
きつね色のアップルパイに、レジカウンター隣のガラス戸棚に並ぶ、クッキーやマドレーヌの素朴な焼き菓子は、キレイに揃ったメーカーものの菓子よりも手作り感が増して見えた。つい、おやつ用として買いたくなってしまう。
なんだろう、この、児童文学の世界に入り込んだような心地は。最近のお洒落なパン屋では感じ得ない感覚が、寧ろ新鮮だ。
これが地元の人々の胃袋を掴んだパン屋の貫禄か。
気付けば、トレイは山盛りになっていた。
お会計は現金のみ。キャッシュレス決済とは無縁そう。
スタンプが溜まれば割引かパンがひとつ無料になる、昔ながらのスタンプカードをお財布に入れながら、どこまでもノスタルジックなパン屋を後にする。
うん、また来よう。
『あの子が食べていたから』
米粉パンが食べたかった。
好きなキャラが美味しそうに食べていたら、気になるのがファンの性ってもんだ。
そういうわけで買った。かなり大きいものだ。
あの子が好んで食べたものを味わうのなら、どうせならたっぷりサイズを……というわけでない。偶々寄ったパン屋の米粉パンが、スーパーにあった単価百円もしない小さなそれよりも価格も重量も三倍はあった。ただそれだけ。
試しに測ったところ、一三〇グラムある。おにぎりかな?
こうなれば、心ゆくまで堪能してやろう。
一口を素で食べる。
もっちりむっちり。小麦のパンにはない、弾力のある食感と密度。そして、米ならではの風味と甘さ。
焼いて食べても香ばしく、でも、焼きおにぎりとはまったく異なる。そのわりに、ご飯のお供とよく合った。
イチゴジャム、ブルーベリージャム、ピーナッツバター、ふきのとう味噌。今日試したものとの相性に外れはない。あと、満腹感が小麦のパンよりある。
弾力があって噛み応えがあり、よく噛むからだろうか。それとも単純に、一三〇グラム+トッピングは胃を重く感じさせるのに十分なのか。口も胃もすごい充実感。
米粉パン、食べるのが大好きなあの子――推しがおいしそうに食べるわけだ。
『卑怯なおいしさ』
あの、作るのにコツがいるホワイトソースを、簡単に作れると知ったのは深夜一時すぎであった。
レシピを流し見しただけのうろ覚えだけど、作り方は確か、こんな感じ。
耐熱容器に溶かしバターと同量の薄力粉を入れてペースト状になるまで混ぜる。
粉とバターのペーストに少量の牛乳を加えて、均一の固さになるようよく混ぜてからレンジでほんの少し加熱。目安は人肌程度。あまり加熱しすぎると固まってしまう。
レンジから取り出したものをダマがなくなるまで混ぜたら、少しずつ牛乳を足して、混ぜてソースを緩めていく。トロトロになるまで緩んだら、軽く温め。また混ぜて、牛乳を加えて、温めて――とにかく、混ぜて、加えて、温めて、混ぜて……を繰り返していたら、ホワイトソースができるらしい。
SNSのタイムラインで流れてきて、はたと気付いた時にはココット皿一杯分のホワイトソースができていた。深夜なのに。
ちなみに手に載るくらいのサイズのココット皿に七分目くらいの量を作るのに掛かった時間は五分程度だろうか。
少量だからお手軽だ。
出来たからには仕方ない。
六枚切りを半分に切った食パンにホワイトソースを塗り、シュレッドチーズと黒胡椒を掛けてトーストする。なんちゃってグラタンパンのできあがり。
これにハムを載せれば、クロックムッシュ。
深夜なのに健康面とダイエット面に背徳的な夜食は、悔しいけれど卑怯なまでにおいしい。
『お元気ギフト』
親戚からレモンをいただいた。無農薬かはさておき、親戚宅の庭産レモン。
輪切りにスライスしてドリンクに浮かべてよし。くし切りにしてフライに添えてよし。
刻んだ皮を甘く炊いてから乾燥させて、ピールにしてもよし。
レモンカードにすれば、トーストやスコーン、クッキー、パンケーキがおしゃれなおやつに早変わり。
……でも結局、定番に落ち着くんだよね。
我が家の定番。
容器にスライスしたレモンと好みの砂糖を交互に重ねて、放ったらかすだけでレモンの砂糖漬けとシロップの出来上がり。
お湯や炭酸水、紅茶、お好みのお酒などの飲み物に混ぜれば爽やかレモンドリンクになるし、落ち込んだとき、疲れたとき、薄い果肉を口に含めば、あまりの酸っぱさに泣き笑い。
レモンから元気を分けてもらってる。
※ホワイトソースの作り方は、お鍋で作る本来の作り方を基準に、テレビの料理番組やSNSで見掛けた「電子レンジでも作れるらしい」という知識から我流で試しに作ってみた過程を参考に書いています。
試しに作ってみようとなさっている方がいらっしゃいましたら、レシピサイトや料理本でお調べになってから作ることをおすすめします。
道連れ 2026.3.20
いのち 2026.3.22
影響とブーム 2026.3.26
老舗の貫禄 2026.3.26
あの子が食べていたから 2026.3.27
卑怯なおいしさ 2026.3.28
お元気ギフト 2026.3.29




