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混沌から星屑を拾う  作者: 三山 千日


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90/92

陽はやわらかくてあたたか、ただし風はまだ冷たい ※

春になるとどうしても思い出してしまう7本

※一部に死、不穏、鬱要素があります。苦手な方はご注意ください。

『喪』 ※死、不穏要素あり注意


 陽光射す窓辺。

 白銀に煌めき舞う光がただの塵だとしても、君の周囲に在ればそれだけで神々しく見えた。たとえ、君を照らす陽光が届かぬ先――暗い影の中に、棺が横たわっていたとしても。

 否、だからこそ、君が神聖なものに見えるのか。


 君の美しいハミングは、聞き覚えのあるクラシック。

 小気味よいテンポに重ねて、君の手中の鋏が不穏に鳴る。

 君は長年に渡り、大事に育ててきたであろう黒絹の髪を無造作に断つ。

 左手で掴んだ毛束に鋏をあてがう様は、優雅にバイオリンを弾いているよう錯覚する。その愚行を止めるべきなのに、つい見惚れてしまった。


「嫌だったんだ。清く正しく在らねばならなかった自分が」


 幼い日の、鈴の音を思わす愛らしい声ではない。耳当たりのよい低い声で、穏やかに――だが、はしゃぐ幼子みたく愉しげな響きを孕ませて――告げる。


 ――品行方正で清楚な淑女なんて、つまらないし、くだらない。


 鋏の音に紛れるように小さく、吐き捨てられた嘲笑に気付いたのは、きっと自分だけ。


 彼女の在りようを貴いものであれと求めた人は今や、棺の中。

 皆が漆黒を纏う中、君だけが白で着飾っていた。


 君の足元に散らばり、積もりゆく長い黒絹。

 生まれてこのかた、断つことも、染めることも、荒れることも、歪むことも許されず、持ち主以上に執着していたとされる、射干玉(ぬばたま)色のそれ。

 お土産に持って行かせるの、と頭の軽さを確かめるべく緩く振る君は、愉悦に嗤う。


「ああ、清々した」






『自分さえ助けられない』 ※鬱要素あり注意


 声は出る。言語も同じはずだ。話しているし、単調な会話もしている。

 なのに、どうして? こちらの要求が満足に伝わらない。


 情報を求めているだけ。難解なことを求めているとは思えない。

 要求するに至る経緯も伝えた。

 今の自分に必要らしいものの概要とそれに関連する資料を求めていると。資料がないのならば、どこに尋ねればいいのかを教えてと。

 訪問先はそういうことを案内してくれる窓口だから訊いたのだ。少なくとも、私はそう思っている。

 なのに、全然要求が伝わらない。まったく見当違いの話と物を寄越される。私と先方の間に誤変換翻訳機でもあるのかと勘繰るほどに、言葉が伝わらない。


 結局、「もういいです」と退いた。

 惨めとはきっとこういうこと。






『まじない』


 クレーンゲームの中、まだ見ぬ誰かを待つぬいぐるみたち。

「彼らが景品としての"任期満了"を迎えたらどうなるのだろうな」

 通りざま聞こえた、ゲーム筐体の前にいる老齢の男性客の声に歩を緩める。


 その手には小さな紙コップ。両替機の脇に設置されていたものと同じだ。つまり、容器が必要なくらいの量の百円玉が用意されていたということ。

 でも、男性客がコップに指を突っ込んでも、硬貨が音を立てることはなかった。どうやら、最後の一枚らしい。

 節くれだった指が、摘む銀色を機械の中に落とすと同時、かの人が呟く。

「他所に売り叩かれるか、廃棄されるか」

 まだアームが動く前、筐体のぬいぐるみが微かに動いたように見えた。

「自立できたなら、好きに過ごせようになぁ。そうだろう」


 アームはどのぬいぐるみとも掠らぬ場所に下ろされる。

 爪は三体あるぬいぐるみの中央の床をただ虚しく掻くだけ。

 だが、アームが引き上げられる瞬間、筐体内のぬいぐるみたちが一斉に駆け寄り、自分からアームに掴まるのをかの人の背後から確かに見た。


 そのまま取り出し口に落下する、三体のぬいぐるみ。かれらは男性客の手には渡らず、いそいそとどこぞへと去っていった。






『春の使者』


 手にすっぽりと収まる、まるっこい緑。若葉色の柔らかい葉を重ね着しているお洒落さん。

 葉の隙間から覗くその中身は、少し綻んだ小さな蕾の群れ。そっと捲って見てみれば、ちょっと亀の甲羅とかメロンパンに似てるような、そうでもないような。


 産直コーナーに並び始めた春の使者たるフキノトウを嬉々としてカゴに入れた。

 私の幼い頃は雪の下から覗くのを見たけれど、今はパック詰めしか見たことがない。


 鼻歌まじりにフリッターとフキノトウ味噌を作り、お味噌汁を温めるときはすかさず葉を入れた。

 苦くて、クセのある風味。

 子どもの頃は大嫌いだった味と香りなのに、年を取ると強いクセが美味で喜ばしく思うのはどうしてだろう。


 ああ、春が来た。






『真夜中のごちそう』


 小腹が空いたと、君がマグカップを取り出す真夜中。

「ミルクでも飲むの」

「うんにゃ」


 カップに小麦粉、砂糖、ベーキングパウダー、サラダ油を量りもせず、テキトーなことこの上ない量を入れて混ぜ、更に目分量で水を入れて溶く。

 粉っぽさがなくなれば、レンジで二分加熱。一度、取り出す。


「ねえ、まだ、生煮えじゃない?」

 生地は膨れて盛り上がってはいるけど、所々濡れて見える。指摘すれば、君は無造作に菜箸で生地を突いた。

「お、箸に生地が付いてら。もう二、三十秒くらい、火ぃ通そ。今日は粉の量が多かったもんな」

 夜食を摂るなら、体のために満腹は避けておくべきだろうに、君ときたら、食欲に従順だよね。


 加熱中、庫内で生地が膨れる様を確認していた君は、ふいに「もういいだろ」と出来上がりの通知音を聞くことなくレンジを開けた。

 何をどういう基準で、完成を見極めたのやら。訊ねたって、「勘」としか答えなさそう。



 テキトーにテキトーを重ねた末、レンジからほっかほかの湯気を立てて出てきたのは、淡い黄色の蒸しパンだ。


「そのまま食べるの」

「それでも構わないけども、せっかくだし」

 冷蔵庫から手作りの苺ジャムを出し、二粒無造作に載せる。それだけでもう、春のごちそう。

 カップから立ち上る湯気に乗って、苺の甘酸っぱいかおりが漂った。

 こんなの、おいしいに決まってる。

「いいなぁ」

「食いたきゃ自分で作りな」


 君が素っ気ないから、僕はさっきの二倍はある蒸しパンを作ることにした。






『喜びも哀しみも踏みしめていた』


 フォーマル用のパンプスを新調しなければならない。

 振り返れば、今まで使っていたものは大おばの通夜直前に、慌てて買ったのだった。

 葬祭と法事に向かうばかりで、祝い事とは無縁な私の靴。

 別れの道ばかり歩んできたヒールのゴムの劣化が、否が応でも月日を感じさせる。


 さて、今度はどこで買い求めよう。長く使える靴がいい。

 試しに人生の先輩たる母に、どちらのお店を利用したのか尋ねてみる。


「どこだったかしら」

 惚けるでなく、本当に覚えてなさそう。

 聞けば、私が小学生の頃に新調したものだそうな。それは覚えてなかろうよ。

 いいことも哀しいことも出番はたくさんあったはず。それでもまだまだ現役のその靴は、履いていった先々での母の思いを受け止め、まだこれからも活躍するのだろう。






『一年』


 水筒には少し薄めに淹れたコーヒー。スティックシュガーも忘れずに。

 リュックには昨日のお夕飯で残ったポテトサラダと、途中のパン屋で買ったくるみパン。

 数珠とローソクとお線香も忘れていない。


 菜の花の海をいくつか渡り、点在するホトケノザの群生地を踏まないように歩く。

 並木道のソメイヨシノはまだまだ蕾のままだけど、民家の桜は既に散っていた。

 オオイヌノフグリのような蒼天に、花粉で淡黄色のフィルタが掛かる山並。心地よいのか不快なんだか。


 春分。

 貴方が倒れて丸一年。この日だけはどうにも忘れられないと、墓前で愚痴を漏らしてやる。

 お墓に貴方が好きだった甘いコーヒーを供えてやり、裏の野原で即席のサラダパンを食べた。

 和やかな春の日の思い出で哀しい記憶を上書きするために。

喪 2026.3.06

自分さえ助けられない 2026.3.06

まじない 2026.3.08

春の使者 2026.3.10

真夜中のごちそう 2026.3.13

喜びも哀しみも踏みしめていた 2026.03.19

一年 2026.03.20

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