恋と甘味 ※
凍えるような寒い日にぴったりの恋と甘味を7本
※一部にグロテスクな要素があります。苦手な方はご注意ください。
『これで自分は君のもの』 ※グロテスクな要素あり注意
――あなたがほしい。
それは君から貰うのをずっと待っていた言葉だったので、自分は喜んで頷いた。
すぐさま、自分は心臓の鍵を開けて、喉元からおへそまで一気にジッパーを下げる。白い肋と真っ黒な腹の中が、君の眼前に曝された。
自分の中身を誰かに見せるなんて初めてだ。こんな恥ずかしいこと、君にしか許せない。
ところが君ったら、自分が胸を開くと、慌てて手で顔を覆うのだもの。しかも、しばらくの間、真っ青な顔をして震えているし。
自分が声を掛けて励ましたら恐る恐る手を下ろし、やっと自分の中を見てくれた。そうして、肋の隙間からあるものを見つけ、大きな目を見開く。
「きれい。ガーネットの塊がやわらかく光ってるみたい」
それは肋の奥に潜む自分の心臓。君の視線を受けて、更に光を強くした。
この光はかつて、君が灯したものだ。
「さあ、心臓に名前を書いて。それで自分は君のものです」
君の指が肋の隙を通り、心臓に触れる。
待ち望んだ指先が、自分の要に触れる、この高揚感。
『キミって体育すわりが似合うよね』
些細なことから厄介なことまでこなす器用な人かと思えば、ある瞬間にふっと糸が切れたように動きを止めたり、誰もいない所で蹲って泣いているキミ。
「もっと、わたしとか他人に甘えていいんじゃない」
物置と化した屋上のドアの手前のスペースで、目を赤くして体育すわりをしているキミ。
すかさずその隣に座り、なるべく気を重くさせたくないからと、気楽さを意識して言えば、相手はグズリと鼻を鳴らして、口を尖らす。
「わかんないんだ」
「なにがよ」
「甘え方とか頼り方」
「それで一人で頑張ってたの?」
「はい」
バツが悪そうに頷くキミを見て、案外、不器用なのを知れたことにちょっぴり優越感を覚えたりして。キミの甘える先に立候補してもいいかなってくらいにはね。
『入浴ラプソディ』
朝から吹雪くような寒い日。
脱衣所も浴室も凍えそうで、服を脱いだら一目散に浴室へ駆け込み、藁にも縋る思いでお湯を被ってから、忙しなく全身を洗って、飛び込む勢いで浴槽に沈む。
水温四一度。体温ならば高熱だけど、浸かる分には極楽だ。
ちゃぷりちゃぷりと波立つお湯に、肩も首も顎も鼻先までも埋め、うっとりと瞼を閉じる。
どうして、寒い日の布団の中と浴槽の中は、時間があっという間に流れるのだろうね。
幸せというものは、得てしてまたたく間に過ぎねばならない理にでもなっているのかしらん。ああ、無情。
お湯から上がってすぐのビショ濡れの肌は、極寒地獄に放られたように、カチンコチンに凍えちまうよ。
入浴は極楽か地獄か、迷ってしまうくらいの寒暖差が恨めしい。
『ベリータルトを君と』
君に恋をしてから、真っ赤でとびきり甘酸っぱいベリータルトを無性に食べたくなることが増えた。
困ってる私に駆け寄り、誰よりも心配してくれたとき。
人混みの中にいた君が、すぐに私を見つけてくれたとき。
一人、物思いに耽っていた君が、私に気付いて微笑んだとき。
私のよりも骨張っていて、厚くて少し硬い手に触れられたとき。
初めて名前で呼ばれたとき。
私にだけ見せてくれていると嬉しい君の一面にドキドキして、堪らなく嬉しくて、胸がきゅうっと苦しくて、わあっと叫びたくなる。
恋が齎す衝動はひどく激しく、堪らなく切なくて、自分がどうにかなっちゃいそう。
このはち切れんばかりの想いを余すことなく君に伝えるのは、まだまだ怖い。拒絶されたらどうしよう。君にだけは嫌われたくない。
だから、どうしようもないこの衝動を抑えたり、逃したくって、ベリータルトを食べるんだ。
ベリーの艷やかな赤は、この恋によく似てる。一度、見たら忘れられない、記憶にいつまでも鮮明に残る色。
肩を竦め、口を窄めるような強烈な酸味と甘味は、君がくれる衝動にそっくり。果汁滴るベリーと濃厚なカスタード、歯触りが楽しいタルトを頬張り、恋の衝動と一緒に飲み込むんだ。
後に残る、心躍る華やかな風味に誘われるまま、大口を開けて食べちゃうの。いつか、君にこの想いをしっかりと伝えられますようにと祈りながら。
だから、ねえ、一緒にベリータルトを食べよう。
『終わりのレモンタルト』
しばらくの間、ふたりでいられたけど、とうとうひとりになってしまった。
振り向かれることのない別れの直後の帰り道、ふとレモンタルトが頭に浮かぶ。
雪山とか入道雲をイメージさせる、真っ白なメレンゲがこんもりと載った、涙が出るほど酸っぱいレモンカードと甘いあまいカスタードが今、無性に恋しい。
緩く引き摺るような足取りで、馴染みの洋菓子店に立ち寄った。これからは一人でケーキを選ぶんだなと、目当てのものを探しながら思う。
泣きそうになるのを堪えて買ったレモンタルトに、とびきり丁寧に淹れた紅茶を添えて、一人ぽっちの台所で食べた。
初夏の、真正直で遠慮のない陽が射す南側の窓をぼうっと眺めながら、一掬いのレモンタルトを口に入れる。
メレンゲがあまりに酸っぱくて、鼻の奥がツンと痛い。
ほのかなレモンの苦味が舌を遠慮がちに虐める。
とびきり甘いカスタードが口内をじんわりと慰め、レモンの青さが余韻として残った。
ああ、そうだそうだ。私は好きだったけれど、あのひとはレモンタルトが苦手だったな。
それで、互いのケーキをシェアできないからと、私はずうっとレモンタルトを我慢していたんだった。
道理で恋しいわけだ。
最初の一口を飲み込んで、紅茶を口に含むとき、頬を涙が伝うのをレモンの酸味のせいにして、すべて終わったことにする。
『別腹がほしいと思った』
昼食後、「作ってみたの」と照れ笑いする貴方にドーナツを貰った。
てのひらサイズなのに、持つとズシリと重くて、質量の違和感に一瞬だけ戸惑う。
荒野に転がる岩のような、冒険心を擽る武骨なフォルム。
キツネ色の生地の上に分厚く塗られた、マットな色味のチョコレート。
触れた指をじとりと濡らす油。
割ると感じる確かな手応えと、みっちりと詰まった玉子色の生地は沖縄ドーナツを思い起こさせる。
可愛さよりも腹持ちを優先させたのかな。朝と昼を食べ損ねた日のおやつ用かと勘繰らずにはいられないヘビーなそれを、食後のデザートに出してくれた貴方のために、自分には別腹があるのだと即席の暗示を掛けた。
それは冬の主』
雪が飽きずに舞う銀世界。
草木も眠る深夜にこっそりと家を出る。
空には月も星もない。どんよりと重そうな雲が空を埋めていた。
雪は町を覆い、誰に侵されることなく鎮座し、今も粛々と風鳴り以外の音を呑み続けている。
僕は庭の南天の実を一枝分毟り、赤を一粒ずつ落としながら、最寄りの辻へ向かう。
すぐに辿り着いた辻の中央、縦横の道の交点にして、凍える風が交わる場所。
ふいに無音が訪れ、真上から視線と圧を感じた。
そろりと仰ぐ先、頭の真上に、人頭ほどの巨大な白椿が浮いていて、こちらを確かと凝視している。正確には、手中の赤い実を。
求められている。だからその場に実を捧げた。願いを胸に抱きながら。
明日はきっと、この町の椿が余すことなく赤に成り、長く降り続けた雪も止むだろう。
これで自分は君のもの 2026.02.06
キミって体育すわりが似合うよね 2026.02.06
入浴ラプソディ 2026.02.08
ベリータルトを君と 2026.02.09
終わりのレモンタルト 2026.02.09
別腹がほしいと思った 2026.02.10
それは冬の主 2026.02.11




