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混沌から星屑を拾う  作者: 三山 千日


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カラスとモヤシ

極寒とカラスとモヤシのいる7本

『大寒の餅』


 大寒に撞いた餅はかきもちになる。


 何故、大寒に餅を撞いて干すのかというと、ばあちゃん曰く、大寒のあたりは空気が凍えて乾燥しているから、餅を干すのにうってつけなんだと。

 ただ、寒すぎたり乾燥しすぎると餅はボロボロに欠けて崩れて粉になるし、雨で湿っぽくても餅がカビてしまう。

『あまり寒すぎんで、晴れの続く日がいい。寒餅撞く日取りを決めるのは難しいんや』

……だそうな。茶碗をなみなみと満たし、ぴったりとラップされた撞きたての餅を保温中の炊飯器から取り出しながら言ってた。


 茶碗ごと保温されていた餅は、こうしておけば撞いて数時間程度は餅のやわらかさを維持できるのだと。

『ラップと茶碗に餅を食べられてしまうけどな』

 ラップにべったりと付いた、けっこうな量の餅をばあちゃんと私、二人揃って「あーあ」と声を揃えて苦笑するのも毎度のこと。


 撞きたての餅とできたかきもちをどうしても私に食べさせたかったばあちゃんはもういない。

 寒餅もかきもちももう過去のもの。






『極寒』


 室内なのに、暖房をつけた部屋とは十度以上も温度差があるとは恐れ入る。そんなだからパネルヒーターで足腰を暖めても、上体は依然として凍えたままだ。

 編み物をしようにも手先がかじかんで、編み目を拾うのもやっと。まったく捗らないったら。

 仕方なし、寝床を整えようと、布団にシーツを掛けようにも凍えた体は動きが鈍く、いつまで経ってももたついた。

 あまりにままならず、思わず失笑する。降参。人間が天に敵うわきゃない。


 でもさ、地球にはこの寒さが必要なんだろう。

 冷ますべきときにきっちり地球を冷やさなきゃ、夏前に煮えたぎるような暑気になられちゃ困るもの。

 それにしても、限度ってものがあるのだろうけども。頼むよ、地球さん。






『愛着の落とし物』


 手袋を落としたようだ。駅ビルの出入り口が見える場所で気付く。

 外気の冷たさに備え、外していた手袋を嵌めようとして「おや?」と眉を顰めた。


 最後に見たのは五分程前。

 上階の書店での会計の際に外して、小脇に挟んだのまでは覚えている。

 落とさないように気をつけないとなと、財布をしまうときに注意していたのにこれだ。我ながらどんくさい。

 エスカレーター四階分、今し方、下りたものをとんぼ返りでまた上……ろうとして、上りのエスカレーターは他所にあるんだっけと、キョロキョロ見回し引き返す。


 こんなにも焦るのは、なくしたくないものだから。

 贈り物。愛着。長い年月、私の手を寒さから守ってくれたものだから。


 手袋は私が数分前に通った道で発見した。人通りがそこそこの、エスカレーター手前の床。すぐに見つけられる場所に落ちていた。

 私と手袋――そして、それを贈ってくれた人とも?――との縁はまだ断たれていないらしい。目立つ場所にいて、足跡を付けられることも汚されることもなく、おとなしく待っていてくれたことで知る。



「どこにいったの?」

 なくした直後、手袋に呼び掛けながら改めて思い知った愛着。

『キミが通ってきた場所で待ってるよ』

 離れた手袋はそう応えたろうか。


「置いてけぼりにしてごめん。おまたせ」

 みつけて気付く、待っていてくれる、見つけてくれるという信頼。

『ずっとキミを呼び続けてよかった』


 埃を叩き、今度こそなくさないよう手に嵌めて、しっかりと手袋が肌に馴染むことでやっと安心できた。






『料理は実験』


『インスタント麺を茹でる際、重曹を入れると生麺のような食感になります』

 重曹の箱に記されているからには、試すほかない。


 家族の分の麺を先に茹で、その茹で汁に重曹を足したからか。それともこれがスタンダードなのか。もの凄く茹で汁が泡立った。

 結果の心配よりもふきこぼれの懸念が強い。


 結論は生麺の"ような"潤いに満ちたつるつる食感だった。

 少しぬるつくアルカリ泉に浸かった後の、なめらかな肌に通じるものがある。


 料理って理科とか錬金術だよな。

 同梱の調味料ではなく鶏ガラだしと塩で作った、テキトーだけど求めた味に近いスープと茹で鶏を味わいながら、湯上がり玉子肌の麺をチュルリと啜る。






『スマホの散歩』


 スマートフォンを携帯している人ならゴマンと見たが、スマートフォンを散歩させている人は初めて見た。


 トイプードルチックなぬいぐるみにはめ込まれたスマートフォンが始終「ワンワン」と吠えている。

 小型犬の見た目で、声は大型犬なのか。


 リードを着けられて、引き摺られているスマートフォン。リードの元を辿れば、性別不明のお年寄りだった。

 こんにちは、と上品な仕草で掛けられた声で女性と知る。


「元気に吠えてますね、あの、お連れの」

 あまりに吠えているから、自分でも戸惑いながら相手に告げると、老女は「あらヤダ」と声を上げた。

「お父さんから電話だわ」

 鳴き声は着信音なのか。

 グッと疲れた。






『警察署地下の死神』


 髪もスーツもネクタイも靴も、上から下まで真っ黒で、藪睨みの眼も真っ黒。真夏の影が立ち上がったか、鴉の化身か、死神か。

 まだまだ寒い春の午前中、陽光など一筋も届かぬ鉄筋コンクリートの建屋地下で、初めて貴方を見たとき、私はとんでもない部署に配属されたものだと戦いた。


 ここしばらく、つまらない不運に見舞われっぱなしですと言わんばかりに仏頂面した貴方は、壁を埋め、部屋の半分を占める埃臭い調書の山に向かいながら訊ねる。

「で、おたくはこの調書のどれから抜け出た亡霊で、どんな謎をこの墓穴からほじくり返そうとしてるんです?」


 迷宮入り直後、時効という名の闇に葬られた事件の調書が終の住処に向かう寸前、データ整理の名目でその身を置く倉庫。もしくは、あらゆる事情により左遷された警察官が放り込まれるという人材の墓場。

 先入観が強く、人の話を聞く気がなさそうなこの、警察官の成れの果ては、奈落の底より暗い目で、気怠げにこちらに一瞥くれた。






『新人のモヤシとカラス』


 陰気で野暮ったく、吹けば飛びそうな、ともすれば、この黴臭い調書の墓場を巣にしそうな雰囲気の客が訪ねてきた……と思えば、うちの新人だった。しかもエリート組だと。

 こんな、事件関係者に舐められた挙句、容疑者を捕り逃がしちまいそうなモヤシを警察官に採用するなんざ、警務部は何考えてんだ?

 スーツ着たオランウータンと狸ばかりの上層部だとか、その直下のイエスマン共、つまんねえことを延々と根に持つどこぞの阿呆共の腐った顔が脳裏に浮かび、半眼になる。


 部署の隅、調書詰めのスチールラックの一角を凝視する新人の、あまりにも頼りない気配に眉を顰めて思い直す。

(こんな所に配属されたんだ。こいつも俺と似たような"ワケあり"ってことだな)

 余程の事情でこいつを採用せざるを得なかったのか。しかし、採用したはいいが結局は持て余して、この人材の墓場に放り込んだんだろうよ。納得。どいつもこいつもご愁傷様。



 煙草代わりの棒飴を犬歯で齧りながらひっそりとため息を漏らしていたら、新人が分厚いわりに中身は出鱈目な調書を手にやってきた。事件名の左肩に鴉の足跡の印が付いてる。

 ――"カラス"じゃねえか。


 カラスの調書は大体、見た目が似たり寄ったりだ。

 表紙は経年で黄ばんじゃいるが、手垢はあまり付いていない。中も書き込み量のわりに情報は酷薄で、証言は与太話が八割。分厚い調書ではあるが、内容は三文小説の方がまだ読み応えがありそうだ。


 カラスの調書は所謂、曰く付き。

 警察では対処不可能な事件の内、怪奇現象もしくは怪異絡みと認定されたものを指す。

 事件がカラス認定された時点で"そういうもの"の処理に長けた専門機関に捜査権が移るのだが、形式上、調書は某機関との共有という形で警察に残される。

 捜査権がどこにあろうと、まだここに調書があるということは、未解決事件であることに変わりないが、このモヤシはカラスの足跡の意味がわかっているのかいないのか。


「何だよ?」

「自分、今からこの怪異が関わったと思しき現場に行ってきます」

「は?」


 新人はこの墓場から心霊スポット巡りをするらしい。

大寒の餅 2026.01.21

極寒 2026.01.22

愛着の落とし物 2026.01.22

料理は実験 2026.01.22

スマホの散歩 2026.01.23

警察署地下の死神 2026.02.01

新人のモヤシとカラス 2026.02.01

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