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混沌から星屑を拾う  作者: 三山 千日


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彼女のわがまま

冬の気配を感じ始めた頃、わがままになる彼女の7本

『獅子唐と戦う』


 道の駅で買った獅子唐が、今のところ十割の確率で辛い。それも名に冠する獣の王だか霊獣に相応しい、一口食べれば悶絶し咳き込むほど暴力的な辛さだ。

 焼いても、種を取っても、おひたしにしても、彼奴め暴虐の限りを尽くしやがる。


 そういうわけで、恨みを込めて種子を除き、こま微塵にして、油で炒め尽くす。断末魔か反撃ののろしか、獅子唐の身を焦がす煙は喉と鼻を刺激する凶器となった。

 そこに砂糖と味醂と料理酒と味噌を入れ、練り、出来上がったのが本日のご飯のともである。


 一舐めで噎せた。こいつ何してもダメだ。

 茶匙一杯の獅子唐味噌は茶碗のご飯を道連れに胃へと消えた。






『囁いて』


「ちょっと、愛を囁いてみて」

と、付き合って一年目の彼氏の耳元で頼んでみる。


 まず、蚊でもいたの? って勢いで、声を掛けた方の耳を平手打ちしてた。

 それから、真っ赤な顔して部屋の隅まで後ずさって、窓際のベッドに乗り上げ、カーテンにくるまる。


 ……愛の言葉がめちゃくちゃ遠ざかっちゃったんだけど。



 なんか、巻きカーテンの中からボソボソ言ってるから聞き耳を立ててみた。


「あいしています」


 愛を囁いてる。

 確かに囁けと言ったよ。けど、恋人の耳元じゃなくて、カーテンの中で囁くのは流石に反則だと思うわけ。

 だから、こっちも巻きカーテンの中に頭を突っ込んで、愛をしこたま囁いてやった。






『わがまま』


 カンカンカン、警告音。


「ここでキスして」

 線路のど真ん中で君は強請る。

 降りる遮断機、掴まれたネクタイ、涙の池に沈む君の瞳。


 無茶を言う。試されている。

 正解なんてわからない。だって、そんなのハナからないもの。僕の答えはすべて誤答に決まっている。

 面白い答えもわからないから、絶対につまらない返事を敢えてした。


「した途端に別れることになってもいいのなら」

 僕らが。それに、この世と。

「それが嫌なら着いておいで」

 閉じた遮断機の向こうに、君の望む恋路はまだ続いてる。警告音はしばらく鳴りっぱなしだろうけど。


 そうして僕らは遮断機を潜る。

 キスはしなかった。大勢に見られる趣味はないもの。






『なかったし、いなかった』


 昔の――私がまだ小さかった頃の記憶がふと蘇った。


 母が台所から離れている間に、オーブントースター庫内で激しく火が上がるちょっとした事故で、それを発見した私が母を大声で呼ぶというものだ。


 それを家族に話したが、誰も知らないらしい。

 「夢だったんじゃないか」と、表情ひとつ変えず告げられた。

 いや、あったわ、小火騒ぎ。

 人をほら吹きか、夢とうつつの区別のつかない可哀相な奴みたいに扱うな。


 私しか覚えていないその事象。

 覚えていない人間が多くなると、なかったことにされる事象。

 人に認識されないと、

 人の記憶に残っていないと、

 『そんなものはなかった』と消されてしまう存在に憂う。


 誰かが苦痛を覚えたり損害に遭うような事故は起こらなかったし、忘れられる程度の災難で済んだことは幸いなのだ。

 けれど、記憶の共有が解消されてしまったのだけが、寂しくて怖かった。


 私はきっと、そっちの、『いなかった』ことにされてしまう側の存在だから。






『いない人間』


 この世界の誰もが、私のことを知らなくなる日が、いつか訪れるのだろう。

 姿が見えて、声や足音、私が立てる物音が聞こえ、すれ違ったときのにおいを嗅いだとしても、誰も"その人間"が"私"だと認識できない世界が、未来が、いつか来る。


 "今の私"がどんなに声を上げたって、『だから、何?』と振り向かれもしない。

 たくさんの物語を書いたって、見向きもされずに、ただ通り過ぎるだけ。

 だからこそ、"知られない"未来を予測するのだ。


 "私"という人間はいつか、誰からも認識されなくなり、いないことにされる。

 それでも、誰からも認識されない"誰か"は死ぬまで惨めに生きているのだろう。孤独に押し潰されながら。






『冬がくる』


 気付けば、部屋が夜の闇に沈んでいた。

 どっぷりと黒く、重く、カーテンの隙間に見る、青みがかった鼠色のみが黒以外の色を報せる。


 外からはゴウと風の唸りが聞こえ、剥き出しの肌は微かな冷気を感じていた。


 来たばかりと思っていた秋が、眠ろうとする気配だ。

 暗がりの奥深く、ひょろりと枯れた冬が、しんねりと出番を待っているのを肌がしかと感じていた。


 今冬はどんなものになるだろう。

 心に穴が空いた春、淵からボロリホロリと崩れていく夏が過ぎ、泣き疲れた秋も寝床に就こうとしてる。

 冬はどこまでつらくなるんだ?

 それでなくとも、毎年、冬は心が凍えて泣かされるってのに。






『カキモチ』


 まどろみの中で、香ばしくて懐かしいにおいがした。

 思考せずともそれがカキモチを焼くにおいだと即座に気付く。


 大寒に撞いた餅を切って干した保存食であり、お茶請け。

 祖母は冬の間、よくオーブントースターの前に座ってカキモチを焼いていた。

 だから、私にとってカキモチは祖母の思い出でもある。


 でも、どうしてカキモチの香りがするんだろう?

 大寒に餅を干す人はおらず、カキモチのストックも、それを焼く祖母もとうにいないというのに。


 まどろみからうつつに移る頃にはもう、香ばしいにおいは感じられず、寂しさだけが起き抜けの脳を占拠していた。


 もうじき祖母がよくカキモチを焼いていた冬が来る。

獅子唐と戦う 2025.10.19

囁いて 2025.10.19

わがまま 2025.10.22

なかったし、いなかった 2025.10.24

いない人間 2025.10.24

冬がくる 2025.10.27

カキモチ 2025.11.06

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