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混沌から星屑を拾う  作者: 三山 千日


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初盆と憂い ※

憂う初盆とちょっとした秋の訪れを描いた7本

※一部に虫と死の要素と陰鬱な描写があります。苦手な方はご注意ください。

『お邪魔します』 ※陰鬱要素あり注意


 世話をしていた年寄りを亡くすと同時に、足繁く通ったこの土地を離れて二ヶ月が経った。


 二ヶ月ぶりに見た海は変わらず、空の青を映していた。

 変わったことがひとつあるとすれば、沖でジェットスキーが走っていたくらい。巷では夏休みだからね。誰も怪我をしなきゃいいが。


 四ヶ月ぶりに見た夜の海は変わらず、空の黒を映していた。

 ただ、あの頃は普通に聞けた潮騒が、今日は盆踊りの賑やかさで微塵も聞こえない。


 海も、自分が頻繁に泊まった祖父母の家も、町も、自分がここにいた頃と大して変わらない。寂れた景色という意味では。

 ただ、家にいくつもあった箪笥と、近所の家は明らかに減っていて、代わりに見知らぬ墓が増えていた。


 ――自分の知るかつての家も町も、とうになくなってしまったのだ。


 すっかり色褪せた家の片隅の、不自然にキレイな壁と床とか、古民家が軒並み建つ町に唐突に現れた更地とか、あった筈の畑が縮小され、代わりに並んだ真新しい墓だとかを前に、"かつて"が失われたことに気付いてしまい、ひっそりと泣いた。


 家も町も「ただいま」ではなく、「お邪魔します」に変わり果ててしまったのだ。自分を一人、除け者にして。

 でも、それで良いのだ、きっと。






『駆除対象』 ※虫、陰鬱要素あり注意


 祖母のいた家。祖母を助けるために通った家。

 見慣れた箪笥がいくつも減り、見覚えのないどころか、これまで見たことさえなかった壁を今日、初めて見た。

 知らない雑貨が増えている。


 私の認識する収納位置情報は、もうとうに意味を失っていた。

 祖母がいた頃はあまり寄り付かなかったヒト達が、祖母と入れ替わりに我が物顔で彼女の家にいる。

 そりゃそうだ。彼らは祖母から家を継いだのだから。


 かつては年老いた祖母に代わって私が台所に立ち、冷蔵庫を自由に開けていたが、祖母の初盆の今日は、台所で手伝いこそすれ、冷蔵庫を一度として開けてはいない。

 私が冷蔵庫を開けるわけにはいかないだろう。ここは既に、私がいていい場所でもなければ、勝手が許されもしない場所なのだから。

 ここは端から私の家ではない。



 そうそう、お盆といえば。彼らがここに住むようになった今年、私を毎年の夏ごとに悩ませてきた羽アリは、まだ出ていないという。


 夏の夜に気味の悪い羽アリが大量発生して、部屋中を数百の軍勢が縦横無尽に飛び回り、這い、辺り一面を死骸が埋め、処理に追われて気が狂いそうになったことはないのだと。

 羽アリの走光性を聞き、ひと夏じゅう、夜はランタンの明かりひとつのみの、真っ暗な部屋で過ごすことなど、ただの一度としてないと。


 ……なんて笑える。

 そんなのまるで、羽アリにいいだけ振り回されていた私が道化ではないか。


 それを聞いて思った。

 この家にとって私など、祖母がいようがいるまいが、端からお呼びでなかったのだ。

 私こそが歪であり、羽アリ以上に排除すべき対象であり、家を駄目にする白蟻だったのだろう。

 だからこそ、私がいなくなった今、家に私が嫌う羽アリは寄らなくなったのではないか。


 それなら、もっと早くに私を追いやればよかったのに。

 祖母がいなくなった今、こんなことを言うのは、今更だけれども。






『ツケ』


 お盆が過ぎても残暑というには暑すぎる日が続いている。暦の上では既に秋。だがしかし、朝も夜も気温は盛夏のままだ。

 それなのに、秋の虫たちは今年も律儀に現れ、歌い始めた。


 夏になるとうるさいとさえ思った、あの蝉の声すら今年は控えめだったのに、盆蜻蛉とキリギリスとコオロギときたら、なんとまあ真面目で健気なことだろう。


 盆入りに墓所で仰向いていたあの蝉は、キチンと役目を果たせたろうか。

 「君は夏に目覚めても、木に登るのはあと数ヶ月は待ってていいよ」と、次の世代に伝えたろうか。


 少し熱の落ち着いた頃に、蝉も秋の虫たちも歌えばいいのだ。

 それとも、君たちは我らよりも先に暑さを克服してみせるのかしらん?



 人間はいつだって愚か。

 このうんざりするような暑さもまた、人間が好き勝手をしたツケであろうに。

 その愚かさのツケが回ってきて、そして今もなおツケは積み重なっていく一方なのだというのに、自分らだけでなく、他の生き物をも巻き込んでいる。


 人間はいつだって愚か。

 それでも、秋の虫は夏のような秋の夜に鳴く。






『終わったのは彼女だけでなく』 ※陰鬱要素あり注意


 夜の帳が下りる頃、亡くなったはずの祖母が運転するマッチ箱みたいな車に乗って、一軒の古本屋に入った。


 猫の額みたいな狭い駐車場。運転初心者の祖母に駐車を任すには不安で、交代して私がハンドルを握る。

 店は暗く、戸は締まっているようで、店の軒下には物を詰め込んだカラーボックスがいくつか転がっていた。

「ひょっとして、もうすぐ閉店ですか」

 カラーボックスに物を詰めているエプロン姿の店員に問うと、「間もなく廃業です」と返される。


 その店で一本のテレビゲームを買った。

 画面の中、真夜中の森を光る蝶が飛んでいる。

 プレイヤーは蝶を操り、スクロールする森の中をただひたすら跳び続けるだけ。

 ただそれだけのゲームに、何の意味があるのだろう。



 陽が沈みきった時分、今生を終えたものとのドライブ。

 運転手は既に命を終えた者。かの人が水先案内人。

 気ままに入った店での駐車を私に任せたのは、「案内された場所に停まるかは自分で決めろ」という意味だったのか。

 あとはもう終わるのを待つだけの店に入り、狭いテレビ画面に映る、夜の森と光る蝶を眺めて終わる――そんな夢なんて。


 私はもう終わったのだろうか。






『梨の到来』


 梨が出たのである。この、秋とは名ばかりの、残暑どころか酷暑の中で、今年もちゃあんと市場に出てきたのだ。


「今年も来ちゃいました! 急いで来たからまだ小っちゃいですが、あなたは私が好きでしょ? だから来ました、エヘッ」

 あざと可愛くそう言わんばかりに、店頭にズラリと並んでいた。


 今年初の梨は、夏バテしたの? と心配するくらい小さくて、笑っちゃうほどお高い。

 けれど、梨という誘惑の名の下、財布の紐がスルリと緩んだ。



「硬いし、甘さもない」

 食卓に載った残暑の梨は、家族から散々な言われようだった。

 あまりの不評に梨がベソベソと泣くので、どんまい、と熱い蜜の風呂にのぼせるまで浸らせ、冷やしてやる。

 これでおいしいお茶うけの出来上がりだ。

 秋を待てないせっかちさんは、キンと冷たい蜜の中、今か今かと出番を待っている。






『秋は宵に訪れる』


 残暑というには暑すぎる九月。

 冷房のない部屋は一九時すぎても蒸し暑くて、うんざりしてベランダに出たら、存外涼しかった。


 外が涼しいのなら、暑い部屋で我慢するのも馬鹿らしい。

 お古のキャンピングチェア、レジャーシート、ランタン、折りたたみテーブル、飲み物、忘れちゃならない蚊取り線香。

 ゴソゴソとベランダに出し、宵を楽しむことにした。



 淡く、夕焼けのオレンジ色がかった灰色の雲、くすんだ青鈍の空、コオロギの鳴き声、涼しい風。

 これはまさしく秋ではないか。


 日中も、部屋の気温も、まだまだ夏じゃないかと憤ったけれど、秋は日暮れになってからヒョイとやってきていたらしい。

 あとは月と団子があれば最高だ。






『手紙』


 拝見

 おばあ、天国に移住して早五ヶ月。そちらではいかがお過ごしでしょうか。


 六文銭も晒し木綿もない、草履もない、ないないない。

 そのわりに、コーヒーとチョコケーキと饅頭は持たされてるし、たまにコーヒーが追加される……とブチ文句垂れてるんじゃないかなと、おやつを用意した孫は想像するのです。


 おばあ、あなたが終ぞ経験できなかった今年の夏が、冷めることを知らなそうな暑さを残して去ろうとしています。いや、もう去ったのか?

 早いものです。春のお彼岸の直後にあなたは旅立ったというのに、もう秋のお彼岸なんですって。

 その間、私はといえば、多くのものを失えど、得られたものはなかったというのに。

 まあ、それはさておき。


 そういうわけで、あなたにとっての初めてのお彼岸には、おはぎでもご用意しますよ。それまであちらでお元気で。私もがんばるとします。

 それでは。

お邪魔します 2025.8.15

駆除対象 2025.8.15

ツケ 2025.8.20

終わったのは彼女だけでなく 2025.8.27

梨の到来 2025.9.01

秋は宵に訪れる 2025.9.09

手紙 2025.9.09


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