憂 ※
憂いの7本
※一部に死の要素があります。苦手な方はご注意ください。
『心に火をつけたのは』
心のランタンに火を灯すどころじゃない。
あなたがその手に持っていたのは轟々と燃える松明だった。
近付く熱であなたとわかり、振り向けば最後、天真爛漫なあなたの笑顔で、ボクの心は一気に燃やされる。
ズルイよ。
恋は惚れたら負けなんて、誰が言ったんだ。
おかげでボクはあなたに負けどおし。
ボクの心がこのまま、あなたに延々と燃やされ続けたら、いつか炭になってしまうよ。
心底困った顔をして見せると、あなたはニヤリと笑うんだ。
「なら、その火でアタシの心を燃やせばいいじゃん」
――もっとも、アタシの心はもう既に燃えてるけど。
出会い頭、アタシの心に火をつけたのは君だろ?
『存在意義とは?』
報われるといいねぇ、と嘲笑いながら、『投稿』ボタンをタップした。
報われるわきゃねえだろ、と苦虫を噛み潰したよな顔で、神経質にカリカリとピアスを弄る。
胸の内と頭ン中身はすっかり吐露した。
ソレをしなけりゃあ、アタシは思考と言葉の濁流に溺れっちまうし。
手前ェの指に想像という煙草を挟み、創造という火を点ける。
生まれる紫煙は何処まで漂う? 誰の脳を刺激する?
燃え尽きた灰の正体は、アタシの労力と時間。何度、灰皿を埋め尽くしたことか。
そうまでしてアタシが望むのは、なんてこたァねェよ。タダの生存報告さ。
この無能はまだ生きてると、アンタに気付いてもらうためだ。
『望郷』
潮騒しか聞こえない、静かな日々が恋しい。
『ブルーベリーだけがのこった』
あの子が産まれた年にブルーベリーの木を植えた。
毎年、実はなるのに、味は酸っぱくて、渋くて。たくさん穫れるものだから、仕方なくジャムにして食べたっけ。
収穫は実が色付いたときでなく、実に付いた茎が色付いたときだと、調べてくれたのはあの子だ。
緑の実が鈴なりになるのを喜び、実が色付けば宝石みたいと目を輝かせ、毎日のように茎が染まったかを確認し、野鳥とカラスがつまみ食いするのを見て微笑んだ、あの子はもう家にはいない。
今年も鳥たちが寄ってたかって我が家を訪ね、ブルーベリーを啄んでいく。
この中の誰でもいい。あの子に、今年もブルーベリーは豊作で、実はおいしかったと伝えてくれないか。
『道案内』
羽ばたく蝶をそっと捕まえて、花壇で一等綺麗に咲いた花の一輪に休ませる。
「宿を貸し、蜜を分けてあげるからお願いを聞いてくれないかしら。
今年、彼岸へ渡ったあの人が、初盆でこちらに戻るとき、迷わないよう道案内を頼みたいの」
蝶は一晩を花壇で過ごし、朝日が空をオレンジ色に染めた頃、彼方へと飛び立った。
あの人が旅立ってから、蝶を見つける度に同じことをしている。
宿と食事を提供した蝶の誰かが、きっとあの人を連れてきてくれるだろう。
たとえ、この行為が戯れ事だとしても。
『死者からの電話』 ※死の要素あり注意
スマートフォンが着信を報せた。
発信者は祖母で、息を飲む。
祖母は今年始めに鬼籍に入った。
彼女が使っていた固定電話も既に使えない。
誰も電話越しに彼女の名を騙ることなどできやしないのに。
着信に出るか出るまいか。逡巡してる間に着信は途絶えた。
きっとこれでいい。
だって、生前の彼女はスマートフォンには掛けたがらなかったから。電話の主は祖母ではない。
――もしも、掛けた電話に出た人が思ってた相手と違っていたら怖い。
彼女なりの十一桁の番号に掛けない理由が私には意味不明だったが、まさか今になって、同じ理由で彼女からの電話に出られなくなる日が来るなんて、夢にも思わなかった。
『無責任なシアワセ』 ※死の描写あり注意
道端に転がる小さな体が視界に入ると同時に、命の抜け殻であると、理解できてしまうほどには生きていて。
容易く人目に曝される死を、怖いからと瞬時に目を逸らす。そんな自分の脳裏に、冷え切った"シアワセ"の字が浮かぶ。
今も世界のどこかで、不条理にも散らされる命があろうに、それを知らぬ地に自分がいることのどこまでも他人ごとなシアワセ。
そうやって、通り過ぎた死や遠い戦地の死から目を逸らして、シアワセなどいう単語が思い浮かぶとは何事かと、諌める自分もいる。
戦地でなくとも、もしかするとすぐそこで、散った命をかき集めるように差し伸べ、抱きかかえる手腕もあることを思うと、ただ通り過ぎただけの自分のなんと無情な。
心に火をつけたのは 2025.7.05
存在意義とは? 2025.7.07
望郷 2025.7.09
ブルーベリーだけがのこった 2025.7.09
道案内 2025.7.10
死者からの電話 2025.7.13
無責任なシアワセ 2025.7.23




