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混沌から星屑を拾う  作者: 三山 千日


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66/77

それでも進まねばならなかった ※

辛くても悲しくても、それでも進まねばならない7本

※一部に死、不穏な要素があります。苦手な方はご注意ください。

『待ち合わせ』


 浜辺で待ってて。

 波打ち際、海水の冷たさに小さく声を上げ、浜辺の砂に足を埋めながら、少しだけ待ってて。

 波で削れた石、シーグラス、貝殻を拾いながら、のんびり待ってて。

 絶対に、君のいる場所へ僕も行くから。


 会えたら、君が拾ったものを綺麗な箱に入れよう。

 二人で波打ち際を歩き、砂に足を取られ、波にそのまま攫われよう。

 そうして、月光の海路を進みながら、果てに行こう。


 約束だよ。

 先にいってしまった君に、僕は必ず追いつくから。

 だから、待ってて。






『太陽の恵み』


 太陽の光をたっぷり浴びた枇杷。

 果実酒、ジャム、シロップ漬けを存分に作ったあなたは、残った実を皮も種も除いて、「後のお楽しみ」と凍らせた。

 それが六月の始めのこと。


 短い梅雨が明けて、夜まで暑いとある夏の日。

 お風呂上がりのあなたは、鼻歌混じりに赤で満たされたグラスを差し出した。

 凍らせた枇杷と梅の甘露煮を浮かべた赤ワイン。


 キンと冷えた赤ワインは飲みやすく、スルスルと喉を通る。

 梅も勿論おいしいのだけれど、最後に残った枇杷のおいしいこと。じゅわりと舌の上で潰れ、赤ワインを含む果汁が溢れる。夏の味だ。


「熱帯夜のご馳走でしょう?」

 二杯目のワインをグラスに注ぎ、あなたは笑う。






『それでも進まねばならなかった』 ※死の要素あり注意


 胸に星の抜け殻を抱き、泣きながら銀河の縁を歩く。


 涙の多くはブラックホールへ吸い込まれたが、惑星に当たれば海となり、太陽に落ちれば黒点を作った。

 泣かないでくれ、とそこかしこから懇願の声が聞こえるものの、それができるものならとうにやっている。

 とにかく、私は悲しくて、寂しくて仕方がないのだ。


 星屑の砂利が足裏に刺さり、流れ星がこの身を貫く。

 天の川が行く手を塞いでいたら、凍てつく激流に身を曝してでも進んだ。

 何ものも私を阻むことは許さない。


 星の抜け殻を胸に抱き、私は銀河を延々とさ迷うのだ。

 いつか、この抜け殻の生まれ変わりに出会うそのときまで、ずっと。






『火照り』


「あなたは本当にしようのないひと」


 火照る体、干上がった喉、ダラダラと全身から滴る汗、締め付けるように痛む頭に辟易とし、額と首、両脇と股関節を冷やす氷嚢と冷やした濡れタオルが心地良いと瞑目する自分に、あなたの呆れ声が届く。


「一口ずつ、ゆっくりと、全身に染み込ませるように飲んで」

 あなたにより唇に当てられたグラスは慎重に傾げられ、染み入るように口内に滑り込んだ液体はぬるくて甘い。

「おいしくない」

「亜熱帯のような室内で、飲まず食わずで過ごしたひとが、わがまま言わない」

「あなたに膝枕されたら治るかも」

「もう。本当にあなたはしようのないひと」


 それでも、優しいあなたは膝を貸してくれるのだ。






『空よりの使者』 ※不穏な要素あり注意


 夕暮れの茜空を切り取って、旗を作り、掲げる。

 星屑散らばる夜空を切り取って、ドレスを仕立てた。

 朝焼けの空を切り取って、首と四肢に巻きつける。


 青空の下、空を身にまとい、瓦礫だらけの荒廃した町の中央に佇む。

 旗を目にした民衆は、その茜色に世の終わりを悟る。

 身にまとうドレスに引き寄せられた亡霊は、縫い込まれた星屑に取り憑き、啜り泣く。

 巻き付いた朱いリボンに子らは手を伸ばし、恐る恐る布端を引いた。



 私はこの世の終焉。

 永く在り続けた世におやすみを告げるため、そのときまであらゆる嘆きを一身に受けながら、静かに佇む。


 あなたにもいつか、私の声を聞くときが来るだろう。






『矢車菊に囲まれて』 ※死の要素あり注意


 忘れてくれ、オレを。

 オレの背を追う必要も、オレを真似る必要もない。

 オマエは他の誰でもないオマエで、その生き様を決めるのは他の誰でもない、オマエなのだ。


 オレの墓に花を供えなくてもいい。

 とうに息絶えたもののために、今を生きるものの命を断つことはないさ。

 墓にも暫くは来なくていいよ。オマエには他に行くべき所がたくさんあるだろう。

 墓にはもっとずっと後でおいで。


 そして、数多の日没を迎えたオマエが、とうとう夜の住人になろうというときに、オレのことをチラとでも思い出してくれ。

 新参者に夜の国を案内してやるくらいはできるだろうから。

 そのときにまた話をしよう、いくらでも。






『もう夜の海を見ることはないだろう』 ※死の要素あり注意


 最後に夜の海を見たのは、あなたが家に帰ってきた日だった。


 春の肌寒い夜、寝ずの晩。

 布団に横たえられたあなたは、ただ眠っているよう。

 耳を澄ますと、寝息の代わりに潮騒が窓の外から聞こえた。


 静寂なのか沈黙なのか知らないが、私以外には誰も起きてこなくて、暢気なもんだと昏く微笑ったのだけは、いやに鮮明に覚えている。



 あなたのコーヒーを淹れ直すから待ってて、と告げて腰を上げる。

 冷めたコーヒーで満たされたカップを手に、長年使わせてもらった台所へ向かう。

 廊下の途中、海の見える窓辺で立ち止まり、真っ黒な海をぼんやりと眺めた。


 それが最後。

 黒い海も暗い部屋も、もう見ることはない。

 私が夜の海を臨む家にいられたのはこれきりだ。


 今、夜の海は何色なのだろう?

 それだけが気になる。

待ち合わせ 2025.6.28

太陽の恵み 2025.6.28

それでも進まねばならなかった 2025.6.29

火照り 2025.6.30

空よりの使者 2025.7.02

矢車菊に囲まれて 2025.7.03

もう夜の海を見ることはないだろう 2025.7.04

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