表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
混沌から星屑を拾う  作者: 三山 千日


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

62/76

目の前には貴方、その傍には自分 ※

目の前にいる相手との話は何をもたらすかを探る7本


※一部に不穏な要素があります。苦手な方はご注意ください。

『傲慢』


 あなたがこの世を去ったとて、どこの、誰が、どのように困るのでせうか。

 大切なのはね、あなた。どこにいて、どんなもので、どのように過ごしているのかも知れぬものではないのです。


 あなたがいる。

 この世にいて、息をし、この私の前とか傍にいてくれる、ただそれだけで救われる思いを私がしているということです。



 傲慢とお思いですか?

 ですが、私のことなど知ったものかとばかりに生きることを諦めようとするあなたこそ、その目をかっ開くべきなのです。


 私の目をご覧なさい。

 ほら、あなたの姿が見えるでしょう。


 あなたがこの世からいなくなるということは、

 あなたが私の眼中から消えるということなのです。






『魔除け』


 硝子でできた青白水黒の同心円。

 最初にこれを見たときは凝視されているようで居心地が悪かった。畑を荒そうとして鳥避けに睨まれた鳥の気分はきっとこんな感じだ。


「怖い?」

 小指の爪ほどの硝子ビーズを前に凍りついた私を覗き込みながら彼女が問う。

 どう答えるべきか一瞬、迷う。だって――


「ナザールボンジュウ。異国の魔除けのお守りよ」

「怖くないのかい」

「かっこよくて頼もしいと思うわ」


 貴方は硝子玉にそっと触れ、私の目を覗き込む。

「貴方の瞳にそっくりなこの子に守られているようだから」

「ならば、私が一緒のときは仕舞っておいて」


 魔王である私以上に効き目のある魔除けは他にないだろうし。






『夜空のコーヒー』


 濃いコーヒーだった。

 どっぷりとした漆黒で、表面には油膜がうっすらと浮いている。


 ブラック派の貴方は、淹れたてのそれに砂糖をティースプーン三杯入れて、ぼんやりとした表情で無心になってかき回していた。



 ――何かあった?

 訊ねたいけど、口を噤んで堪える。



 カップの中の漆黒はまるで夜空のよう。

 それならばと、貴方のお気に入りの硝子の器を金平糖で満たす。

 夜空に星は必要でしょう。


「こっちのコーヒーに好きなだけ入れるといいよ。そっちのは僕に任せて」

 蜜のように甘いコーヒーにはミルクをたっぷりと入れて、僕もご相伴に与るからさ。


 貴方がやがて漆黒に沈む星を見つけたら、明日、どう楽しく過ごすか作戦会議をしようよ。






『幻のパンケーキ』


「粉と玉子と牛乳を混ぜて焼けばパンケーキ」

 なんという暴挙を宣うのかと、ボウルの中の薄黄色を混ぜる君に、一抹とは到底言えない不安を覚える。

 全部の材料が目分量で、それでも一切の迷いなくスムーズに調理できるのは、作り慣れているからか、ただ粗雑なだけか。


 熱したフライパン、溶けたバターの池の中、チュワチュワジカジカ鳴く生地が心地いい。金色の油脂と薄黄色の生地がさえずりながら踊ってる。

 君が鼻歌混じりに危なげなく反した生地は、見事なまでに香ばしいきつね色だ。



 できたパンケーキは薄く、端はカリカリ歯触りがよい。中は軽い弾力があり、ジャムにも蜂蜜にも不思議と合った。

 どこかしら主食のような食べ応え。ペロリと平らげ、どっしりと胃に溜まっているものをおやつと呼ぶには少々、重すぎるかも。

 でも、まあ、おいしいからいいか。


「また作ってよ」

「無理。いつも出来上がりが違うの」

 目分量で作るからだろ。それでも、君が作るならうまいはず。






『春と鬱』


 空気が温んだ。

 景色が霞んでいた。

 水仙が香り、梅の蕾が綻んだ。

 山桜が咲いた。

 椿の花が路上に敷かれ、九相図の様を見せる。

 どこからか、別れと巣立ちと感謝の歌が聞こえた。


 つくしは見たか。

 寒波はもう来ないのか。

 悲しくもないのに出る涙は大体、花粉のせいさ。

 春の女神の髪の毛が寒風に紛れているのに気付いたか。

 蛙も蛇も虫だって、じきウォーミングアップを始めるだろうさ。


 私はもう、眠りに就いていいだろうか。

 もう疲れたんだ。






『遅めの朝のちょっとした贅沢』


 ちょっとした贅沢をしようと決めた日曜日の朝。


 多めに豆をセットしたコーヒーメーカーがコポコポ、ポコポコ歌うのを聞きながら、遅めの朝ごはんの支度をする。


 厚切りの食パン。真ん中をちょっと凹ませて、縁にはマヨネーズを絞って土手を作った。

 パンの窪みに卵を落として、少し考えてからちぎったハムとシュレッドチーズを載せる。味付けは黒胡椒。

 それをトースターでこんがり焼く。


 小鉢にはベビーリーフとプチトマト。

 お気に入りのマグカップにはたっぷりのカフェオレ。

 できたてほやほやのハムチーズトーストを一目惚れしたお皿に載せれば、ホラ、贅沢な朝は目の前に。






『道づれ』 ※不穏要素あり注意


「わたしを見つけられなかった奴らなんて、みんないなくなればいい」


 妖精の羽根よりも幽かに、

 雪女の眼差しよりも冷たく、

 修羅よりも残忍に、

 貴方は怨みを吐いた。


「自分は?」

「好きにすればいい。

 わたしを見つけたのだから」



 見つけたさ。最期に貴方を。

 だから、貴方と共に、この世からいなくなってしまったんじゃないか。


「好きにできるでしょ。

 貴方ならまだ」


 生死の分岐点。地獄への道を向き、興味なさそうに貴方は吐き捨てる。

傲慢 2025.02.15

魔除け 2025.02.21

夜空のコーヒー 2025.02.21

幻のパンケーキ 2025.02.23

春と鬱 2025.03.02

遅めの朝のちょっとした贅沢 2025.3.02

道づれ未遂 2025.3.05

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ