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混沌から星屑を拾う  作者: 三山 千日


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54/76

家の電話からアナタを消すということ ※◎

※家族に関する不快な表現があります。苦手な方はご注意ください。

※今回は2024年3月11日にSNS型小説投稿サイト『エブリスタ』にて公開していた(現在は削除済み)短編小説です。

[機能]

[電話帳] 

"決定"

"↓"

"↓"

"↓"

"↓"

[父]

[削除]

[削除しますか?]

[*=はい]

[削除しました]



「良かったの?」

 固定電話のディスプレイを一緒に覗いていた夫が問う。彼が尋ねたのは、ボタンを押す私の指が怒りで震えていたからだろう。

 正直、この選択が正しいのか誤りなのかは今の私にもわからない。だから私は夫の質問に首を縦にも横にも振らなかった。

 そもそも縁に関わる問題に、誰も彼もがが納得する正答なんて存在するのだろうか。少なくとも、今の私には正答などどうでも良いことだ。



 今日の昼間、父に会った。夫となるこの人を父に紹介するためだ。


 父とは言っても、私にとってはあまり父親という印象がない。幼い頃に母と離婚したきり、疎遠となっていた人だし。


 ――それでも君のお父さんであることに変わりはないんだよ。お義父さんに僕を紹介してほしいし、僕にもお義父さんを紹介して貰いたい。そして、二人で婚約の報告をしよう。

   大丈夫、お義母さんだって僕たちの婚約を祝福してくれたじゃないか。


 そう彼が根気強く説得するから、私達は父と会うことになったのだが、結果は散々なものとなった。



 ◆ ◇ ◆


 今日の昼前、彼と共に父を待っていると、相手は少し怒ったような強張った顔で、待ち合わせ場所に現れた。

 元々寡黙な人は輪を掛けてだんまりを決め込んでいて、そのクセ、視線だけはうるさくて険しい。

 父が彼を見たのは最初だけ。頭のてっぺんから足先まで、スキャニングするが如くつぶさに隅々まで視線を這わせた。だけど、その後は彼が話し掛けても顔を逸らすばかり。自己紹介すらも、私に向けて険しい視線と顎をしゃくって見せ、私に押し付ける始末。

 その後は三人で食事に行ったが、父は彼に関心がないのか避けたいのか、ずっと私を観察するばかり。


 イヤな人だ。

 母が幼い私を連れて家を出た頃と変わらない。

 ジッと品定めするような目で私を見るのも、人とぶつかったり物を取り損ねたりなどの私が起こしたちょっとしたミスに逐一、「相変わらず、注意力が足らないな」とチクチクと小言を言うのも幼い頃のままだ。

 そんな、視線と小言はうるさいのに、気の利いたこと一つ言えない、笑顔すら見せない父が昔からずっと嫌いだった。



 新しい家族となる彼に父を紹介したとて、私は内心ずっとこう考えるのだ。

 ――きっと、結婚しても父とは疎遠のままだろうな。


 だが、父と疎遠になっていたのは今に始まったことではない。それまでずっとそうだったのだ。

 親が離婚する前――親子三人で暮らしていた頃も、私達親子はあまり喋らず、遊んだり共に何かをすることもなかった。離婚後だって父と会うことはあっても、結局、大して何も話さないままつまらないか苦痛な時間が過ぎるのを待つような、居心地の悪い関係でしかない。だから、私が結婚しても父との関係は今までと同じ――そう思っていた。食後、父が口を開くまでは。



「お前はその男といて、本当に幸せになれるのか」


 食後に出されたお茶を一口も飲むことなく、冷めきるまで私を見ていた父が問う。

 耳に入ったその声は、疑心に充ちただけではなく、問われた者をしばらくの間、重い気持ちにさせるような毒を含む棘があり、私の心の柔くて脆い場所に根深く突き刺さった。

 子の私に愛情があるかも定かでなく、親と呼べるのかも疑わしい男から向けられた、不愉快かつ不快な問い掛けに、私は凍りつく。


(『幸せになれるのか』じゃないわよ)

 この人となら幸せになれると確信したから、共に生きると決めた。それを伝えたいのに、父の刺々しい気配がそれを封じる。


「私が責任を持って娘さんを幸せにします」

「俺は娘に聞いている」

 彼と父の短いやりとりを聞きながら、私が顧みるのは自らの過去だった。



 ◆ ◇ ◆


 不器用な父。

 母が私を連れて出て行くことになった元凶。

 娘の私がまったく覚えていない、優しく笑う父。

 ずっと難しい顔をしていて、共にいるだけで居辛い思いを何度もさせられた。

 一緒にいようがいまいが変わらず、家族(私と母)を幸せにできないし、そもそも幸せにする気があるのかもわからない人。

 そんな人が婚約した私と彼を相手に幸せを問う。そんなの、不愉快を通り越し、いっそ乾いた笑いさえ出てしまう。



「今日、彼の目を見て話すこともなく、私ばかりをジロジロ見ていた父さん(アナタ)は、私が不幸な女にしか見えなかったのですか?」

 冷静に努めた私の問い掛けに、父は眉を顰めた。

「お前、今日はずっと居心地悪そうにしていたろう」

「アナタが終始、彼を蔑ろにしているからです」

 父の目を真っ直ぐ見る私を前に、ここで初めて父の目が泳いだ。


「蔑ろになど、別に……」

「"していない"ときっぱりと言い切れず、彼にも同様に幸せを問えないような人に、私達の幸せなんて一生量れないでしょう」


 臆さず父に向き、その目を見て告げたかった。できなかったのは、父が彼だけでなく私からも目を逸らしてしまったからだ。

 それから食事会の後のことはあまり覚えていない。

 覚えていることは、父の問い掛けの答えを別れ際にしたこと。



「幸せになれるのか、ではなくて、幸せになるんです。あの頃のアナタが妻子(私たち)にしなかった、できなかったことも、私と彼ならきっとできるわ」

「……」

 

 父からは私の返答に対する返事はおろか、"娘を頼む"の一言も、おめでとうの祝福もなにひとつとして告げられることのないまま、私達は別れた。



 それが、私が父を見限った理由。

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