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混沌から星屑を拾う  作者: 三山 千日


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52/77

クチにまつわる ※

口にまつわるお話とその他数本の合わせて7本


※一部に不快、血、死、ホラー、怪異の要素があります。苦手な方はご注意ください。

『口内大工事』 ※不快要素あり注意


 ゴリゴリキュイン、口の中の大工事の後、「ご覧なさい」と鏡を渡される。


 エナメルと象牙で覆われた白亜の城壁の一角に見事な大穴が空いていた。気付かぬ内に歯の側面を蝕んでいた輩が、侵食箇所ごと掘削されたのだ。

 別の箇所には過剰な磨きで削れた白亜の壁もあったのだとか。


 おお、口内の住民よ、柔らかく赤い舌よ。壁に穿たれた穴の隙間から、煌々と照る診察台の明かりと今宵の月明かりがほんの一筋、漏れたのを見ただろうか。


 大穴をとっとと埋めるべく再開された工事と薬の苦さ、麻酔で痺れる唇に辟易としつつ、無駄な妄想でその場を凌ぐ。


 そういえば、レントゲンで撮った歯を隅々まで見たのも親不知を抜いた時以来であった。

 歯と口の健康、とっても大事。






『吸血』 ※血、死要素あり注意


 視界を横切る小さな黒を叩けば、蚊だった。食事済であることを、掌に付いた赤で知る。


「なんとまあ、とんだ礼儀知らずがいたものだ」

 私とこの小さな羽虫、()()()生き物の血を糧にするものと言えど、私は彼奴を同類とは見做さない。


「最低限のマナーは何も、相手が痛がらぬよう気を配ることだけではない。同意を得ぬ食事など只の盗み食いだぞ、レディ」

 説いたとて相手は既にして"あちら"の住人だし、それは私と関わった以上、避けられぬ運命ではあるが。


 まったく。蚊ごときが吸血鬼の血を喰らおうとは。

 私の血こそが毒だというのに。






『君』 ※死の描写あり注意


 抱き上げたときの重さ、膝に載せたときのぬくもりは今でも覚えている。


 寝床の取り合いはいつものこと。

 ある朝なんて、息苦しさに目覚めたらあの子が私の喉の上でねそべっていたのは、笑い話以外の何物でもない。


 黒いばかりと思っていたら焦げ茶と白が混じっていたことも、声は高音のはずなのに、妙にドスが利いてたこともしっかり記憶に残ってる。


 最期の最後――息を引き取る直前に、抱いていた君の体を放してしまった悔いも、白濁した黒目も、脱力した体が徐々に冷えていくのも忘れられない。



 君。

 私は君に触れてもよかったのだろうか。

 私は君の自由を奪ってまで、連れ帰るべきではなかったのではないだろうか。

 今でもわからないのだ。






『来訪』 ※ホラー要素注意


 ピンポンと呼び鈴。

 夜の訪問者に小首を傾げる。

 コンコンとノック音。

 コンコンコン、ノックが急かす。


「私、わたし」

 女の声。母かな?


 玄関に着いた私は、ふと眉を顰める。


「私よ、開けて」

 ドンドン!

「開けロヨぉ!」

「開けテおくレよォ」


「開いてるよ、鍵」

 帰宅時に施錠し忘れてたみたい。

 鍵が掛かってないから、戸を引けば開く。


 ドンドンドン!

 ドンドンドンドン!


「私は招いてやらないよ。入りたければ、自分で戸を開けな。開けられればの話だけど」

 このテの訪問はよくあるんだ。こいつは招かれなければ、家に入れない。


「チッ」

 舌打ちの後、気配が消えた。






『ギンナンと父』


 ポンポンとレンジの中で爆ぜる音。

 取り出した紙袋からは独特のにおいが漂い、苦笑する。


 皿に空けたギンナンは湯気を立てて熱々だ。

 母が慣れた手付きで殻と薄皮を剥けば、あの臭気からは想像もつかない艶々しい翡翠がお目見えした。


 最初の一粒を父に差し出せば、彼は嬉々として受け取る。口に入れた瞬間、幸せそうな顔をして、丁寧に咀嚼を繰り返す。

 できたてのギンナンは余程おいしかったらしい。料理をしない父が、珍しくキッチンバサミを取って、殻が付いたままのギンナンに手を伸ばした。


「アチッ! アチチアッチ」

 指を焼く殻の熱に悲鳴を上げつつ、軍手を嵌めてまで剥き始める。

 若い頃では考えられない、食材の下ごしらえをする父の姿にこっそり笑む秋の夜。






『ほつれ』


 雨の翌日、肌寒い帰り道。

 隣を歩く彼女はうつむきがちで、何かあったか訊ねても答えはない。

 まあ、そんな日もあるよね。


「ちょっと待ってて」

 自販機で温かい飲み物を買う。

 彼女はココア、自分は焙じ茶。


 彼女がそうっとココアを飲み始めると、ホラ、彼女の胸元が淡く光るのが見える。

 温かいものは気を緩ませるからね。これで探りやすくなった。


 自分は彼女の隣で静かに焙じ茶を飲むだけ。触れる彼女の腕のぬくもりに意識を向けて、ただジッと。


(みつけた)

 彼女の心にできた小さなほつれ。

 これくらいなら大丈夫。ココアを飲み終わるまでには治ってる。


 元気になったらまたお話ししよう。






『それ』 ※怪異要素あり注意


 空っぽの押し入れ、暗がりの空間に目を向けるオマエは一体、何を探しているのか。


「アイツは確かにいたんだ」

 消え入りそうな呟きは陽気なオマエには珍しく寂しげで、押し入れのすぐそばの壁に凭れる頭と肩が『ここから去りたくない』と言外に告げる。



 嘘をつけないオマエのことだ。

 オマエだけは本当に、"そこ"に何かを見出しているのだろう。


 お人好しなオマエのことだ。

 "それ"の良し悪しなど関係なく、オマエだけは"それ"の存在を許したのだ。



「いたんだよ、ここに」

 オマエはいなくなった存在相手にとても名残惜しそうで。それだけ気に掛けていたんだな。


 きっとな、オマエのその情の深さこそが、"それ"の去った理由だ。

 救ったんだ、オマエが。

口内大工事 2024.10.12

吸血 2024.10.14

君 2024.10.16

来訪 2024.10.20

ギンナンと父 2024.10.20

ほつれ 2024.10.24

それ 2024.10.26

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