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混沌から星屑を拾う  作者: 三山 千日


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暑気去りしあとの ※

長居していた夏が去った頃、訪れるのは不穏か美味か、どっちつかずな7本

※一部に不穏な描写があります。苦手な方はご注意ください。

『寝坊助な季節』


 したたかに降る彼岸の秋雨、黄金の稲穂がうなだれる。

 茹だる暑さが災いし、いまだ幼い曼珠沙華。

 小さな緋色が雨に叩かれ、稲妻に震える日、それは確かに地に降り立った。


 雨上がりの翌日、日差しはやっぱり厳しいけれど、空は鱗雲が流れ、吹き抜ける風は涼しい。

 暑さ寒さも彼岸まで、とは言うけれど、ここまであからさまなものなのか。


 やっと秋が来た。

 随分と長居をした夏が、生あくびで去ろうとしてる。






『辻』 ※不穏要素あり注意


 交差点の真ん中に、黒い履き物。

 子供靴と黒い鼻緒の下駄が互い違いに片方ずつと、まっさらな草履が一足。


 悪戯だろうか。

 通行人が素知らぬ顔でボロボロになったそれら踏んで歩くのがいたたまれず、処分しようと屈んだところで背後から肩を掴まれた。


「やめ」

 見知らぬ年寄りが、無表情で俺を見下ろす。


「しかし」

「やめぇ。亡者のためのモンだぁ。うっかり拾ってみい。未練を断てん亡者に憑かれるでぇ」


 抑揚のないその声と目にゾッと背筋が凍る。


 年寄りの色濃い隈が縁取る眼窩、嵌まる眼の虚ろな黒と視界に映る履き物は、似たにおいの黒だと気付く。

 真夜中の暗がりに沈む墓と同じにおいがそこにある。






『月にモミジ』


 夏よりも深い群青の夜、いつの間にか鳴き出した鈴虫の声を聞きながら、月を眺めているとふと、月と同じでまったく違う、淡い黄色が脳裏を過る。


 艶々となめらかな表面。そこから半分、顔を覗かせるのは紅の人参と清い緑の絹さやだ。

 紅と緑はさながら、紅葉しかけのモミジ。未だ若いモミジが、月を映す水面に浮かんでいるようで、なんと風雅なこと。


 水面に浮かぶ葉を見て、手や木の棒を無遠慮に突っ込んで池を荒らすほど子どもではない。紅と緑を避け、淡い黄の水面を匙で薄く掬う。

 ふわりと上がる出汁と玉子のにおい。匙をすかさず口に運べば、黄色は抵抗なく口内に滑り下り、舌の上でほどけるだろう。

 ほのかな塩味と出汁の旨み、優しくまろやかな玉子の風味を想像するのは容易い。


 二匙目は、そうっとそうっと匙の先を入れ、やや深みを目指す。

 気持ち大胆に黄色を掬えば、コロリ、黄金のギンナンが顔を出した。

 まるで、宝を掘り当てた気分。



 所によっては鶏肉や手鞠麩、蒲鉾、三つ葉、うどんも入ると聞くそれを想像すればするほどに、玉子と出汁の風味が恋しくなるとは、なんと罪な食べ物か。

 具を極力減らしたり、まったくないものを冷やしたものも夏向きでおいしいけれど、やはり暑気が去ってしばらく経つと、これが恋しくなるものなのだ。



「決めた。今晩は茶碗蒸しにしよう」

 賛成の声が続く。






『歌を忘れたものたちは』


 世界の全部が海底に沈んでしばらくが経った。

 海面より上はとても静かになり、音といえば潮騒と雨と、あとは星屑が降る音しかない。

 世界がまだ陸上にあった頃、ずっと歌っていた鳥達は一体、何処へ行ったのやら。

 海中では陽気なイルカや世界の声の代弁者たる鯨、海底火山、珊瑚がたまに歌うくらいで静かなものだ。


「君たちは歌わないのかい?」


 かつて樹上にいた神さまが魚に問う。海中の静寂があまりに寂しかったのだ。

 しかし、どの魚も首を横に振るばかり。


「鳥が歌うのを忘れたのに、私たちが歌うわけにはいかないよ」


 一度失われたものはもうそれきりなのだと、神さまはうなだれた。






『曖昧模糊の死』


 よく通る道や地元や祖父母のいた田舎町で、ふと見つけた更地や工事現場。

 そこが元はどんな建物だったかと思考を巡らし、記憶を探っても頭の中の地図と風景はそこだけぽっかりと抜けている。

 そこには建物も人も歴史も実在した筈なのに、私の中ではこれ以上になくあやふやな空間でしかなかった。


 まるで霧、まるで虚像、まるで空虚。


 そこに新たな建物が建ったらば、"あやふや"はたちどころに上書きされて、きっと明日には"あやふや"さえも消え去ってしまうのだ。


 それもまた死であるのだろう。

 曖昧模糊な存在がとうとう消えてしまったのだから。


 今日もまた、どこかの誰かの中で、何かが死んでいる。






『人魚の憧れ』


「キミに託します」

 海の中、人魚はボクにアクアマリンをくれた。

 光に翳せば南国の海に、影が差せば北極の氷に見える、とても綺麗な石だ。


 ボクは掌に載る石と人魚を交互に見やる。

「望みは?」

 大洋をその身ひとつで生き抜くからか、人魚は知恵が働く。

 案の定、人魚は口角をつり上げて、尖った歯を薄く見せた。



「陸の食べ物にこの石を添えていただければと」

 詳らかにはアイス、ゼリー、水羊羹、葛饅頭、わらび餅、カキ氷等の冷たい食べ物に添えろと。


(なるほど)

「この石――おそらくはキミの核なのだろうが、これを通して味見する気だね」

 ええ、と人魚は頷いた。とてもいい笑顔である。

 やっぱり。狡猾なこの友だちがタダでものをくれるわけがないんだ。

 まったく、と呆れるボクに、人魚は「よろしく頼みますよ」と悪びれることなく告げた。


「人魚は陸に憧れるものなのです」

 随分と食いしん坊な憧れだ。






『グリーンピース』


 本当に小さい頃はオムライスのグリーンピースをよけていた。

 好き嫌いはダメよ、とよけたグリーンピースを食べさせたら、吐き出したり、スイカの種よろしく吹き飛ばしていたっけ。

 あんなお行儀の悪いこと、誰に教わったのやら。


 少し大きくなってもグリーンピースは嫌いなままで、シューマイのグリーンピースはやっぱりよけていたし、豆ご飯はしかめっ面で食べていた。



「大人になると味覚が変わるって本当ね」


 グリーンピースを甘く炊いて冷やし、寒天に豆を蜜ごと掛けたおやつをあなたはスイスイと食べ進める。


「これなら小さい頃でも食べられたわよ」

 スプーンいっぱいのグリーンピースを頬張りながら、あなたはおかわりをねだった。

寝坊助な季節 2024.9.23

辻 2024.9.25

月にモミジ 2024.9.26

歌を忘れたものたちは 2024.10.02

曖昧模糊の死 2024.10.04

人魚の憧れ 2024.10.09

グリーンピース 2024.10.11

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