あの子のための歌 ※◎
歌が下手だけれども、あの子のために歌いたいんだ。
※死の要素があります。苦手な方はご注意ください。
※今回は2024年8月25日にSNS型小説投稿サイト『エブリスタ』にて公開していた(現在は削除済み)短編小説です。
※死要素あり注意
もう一回。
叶うのならばもう一回、あの子にぼくの歌を聴いてもらいたかった。
ぼくの歌は決して上手くないのはわかってる。それどころか、聴けば誰もが耳を塞いでしまうほど、酷いものとも知ってるよ。
それでも、あの子だけは違った。
あの子だけは、ぼくの喉に手を触れて、ぼくの歌をずっと聴いていてくれたんだ。
耳が不自由なあの子は、口頭での会話が難しい。
だから、あの子に向けてぼくが歌うと、周りにいる誰もが道化だと嗤い、時に愚かしいと詰った。
――お前の下手な歌なぞ、あの子は聴いてるふりをしてくれているだけだ。
――あの子はお前のような愚か者でも相手にしてやるほど優しいのだ。その優しさに付け入るんじゃない。
――歌うな。お前の存在は不愉快だ。
ぼくの歌を煩がる人は嘲笑い、あの子を好きな人は不愉快に眉を顰めて、ぼくとあの子が仲良くするのが気に入らない人は、憤りながらぼくを否定した。
――どうせ、あの子はお前の歌など、聞こえやしないのに――と。
決してそんなことはないのに。
あの子は声が聞こえないのではなく、声をただの音としか認識できないんだ。
言葉はわかる。何せ、あの子の創る詩はとびきり美しく、物語は多くの人々を魅了するから。あの子ほど多くの言葉を識り、自由に操れる者はいないだろう。
ただ、どんな言葉も声に出されれば、すべてが意味をなくした。声が耳を通りはしても、頭がそれを言葉と認識できないから。
あの子にとって、声は只の音。それ以上でも以下でもない。
高い音、低い音、美しい音、汚い音、テンポの速さや音量、何が音を発するか――それらのみがあの子にとっての音の価値。
その価値観は独特で、誰かと共有できるものではない、とぼくに教えてくれたのはあの子自身だ。
「私、あなたの歌が好き。あなたの歌には譜面どおりのお行儀の良い歌にはない、破天荒な面白さがある」
――だから、歌の上手下手は私にはあまり重要でないのよ。
筆談でそう告げたあの子は、続いてぼくの歌の良さを書き綴った。
《今日の歌は、夏の嵐や冬山の吹雪のよう。低くて重い風の唸りに突然、劈くような高音が迸って荒々しい》
《今の歌のなんて愛おしいこと。聴いたものは小気味よい陽気なテンポなのに牧歌的な穏やかさを感じられた》
《楽譜にない拍子の外れ方や音程の不一致も予測がまったくできなくて楽しいわ》
《声が大きいのも、元気を分けてもらえているようよ》
《それに、あなただけなの。私に全幅の信頼を寄せて、こうして喉に触れさせてくれるのは》
あの子がぼくの喉に触れるのは、喉の薄い皮膚に触れ、声が発される度に皮膚越しに声帯が震えるのを感じるためなのだとか。
《私にとって声は只の音。だとしても、物音よりも声に触れたいの。だって、声は生き物が出すものでしょう。喉に触れて感じる細やかな震えに、命を感じられる。
あなたが歌えば、より長く命に触れていられるわ。だから、もう一回、歌ってくださる?》
もう一回、あと一回。
あの子に何度もねだられて、いつまでも歌い続けた。
あの子がぼくの歌を喜んで聴いてくれるのが嬉しいから、喉が嗄れても構わず歌っていられたんだ。……もう、できなくなってしまったのだけれど。
あの子はもういない。今は墓石の下で眠っている。
ぼくが歌っても、あの子の手がこの喉に触れることはなく、「もう一回」とねだられることもない。
ぼくがやっと触れられるのは、あの子の温かな手ではなく冷たい墓石で、耳を澄ましても墓石を掠める風の音しか聞こえなかった。
もう一回、あの子の手にこの喉と命を委ねられながら歌いたいのに、あの子の手もぬくもりももうないんだ。
墓石に触れ、供花が風に揺れる音に合わせて涙声で歌う。
何度歌えば、あの子にぼくの命を感じて貰えるんだろうね。




