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混沌から星屑を拾う  作者: 三山 千日


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眠りと空腹

眠りと空腹を書いた7本

『倦怠感とパンケーキ』


 起きる。なんだか体も頭もぼんやりとして、力が入らない。

 立ち上がれはする。目眩もない。歩いても動いても動きが(のろ)いだけで、そのほかの動作にさして違和感はなかった。

 日課のストレッチはできるが、シャキッとはしない。思考も鈍い。

 まるでみっちりモコモコした入道雲に全身を包まれているような、なんともはっきりしない気分である。


 ダルい頭でやっと思い付いたのが、お気に入りの喫茶店のパンケーキとホットコーヒーだった。

 表面は香ばしく、中はふんわりやわらか生地に、たっぷりのホイップバターと琥珀色のシロップのなんとも罪なコンボをチャージしたい。


 まあつまりは、エネルギー不足というわけか。

 人の体はなんとも正直だ。






『眠りもしくは』


 背中の下からせり上がる液状の闇に浸され、ゆっくりと意識の底へ下りていく。

 そんな日ばかりだと有り難いのだけれど、忙殺された日はそうはいかない。体を支える糸が突然断たれたかのようにプツリ、崩れ落ち、直下の闇に落とされ、沈む。


 なんの話かって? 入眠さ。


 ただね、気をつけなければならないのは、行き先についてだ。

 夢に降りられれば、御の字。

 夢でなくとも"無意識"の深淵への着地なら及第点。

 けれど、奈落に落ちてはならない。

 精神がそこに落ちたら魂まで引き擦られ、崩れ溶かされ帰れなくなってしまうからね。


 それを眠りではなく、なんと呼ぶかは君もわかるだろう?






『幼子と木の真価』


 パン屋に並ぶバゲットを「木」と表した幼子は、両手で握って余る太さのそれを得物の価値なしと評価した。


 何故、子どもというのは棒を見るなり振り回したがるのか。まあ、ボクも昔は似たようなものだったけども。


「どれ、この棒の真価を見せてやる。見ておれ、弟子よ」

 どういうわけか幼子がバゲットを股に挟もうとする寸でで取り上げ、ゴリゴリと切り、卵液に浸したのが昼前のこと。

 三時のおやつ直前に焼き上げ、バニラアイスと秘蔵のナッツの蜂蜜漬けを添えてやる。なんて罪なことだろう、主に贅肉方面で。


 出されたそれをペロリと平らげた幼子は「木」の真価を知り、再度購入を以後何度も望んだ。






『懐かしのホットケーキ』


 恥ずかしいから内緒の話でお願いね。


 私、お母さんが作ってくれたホットケーキが好きだったの。


 こだわりなんてなくて、ごく普通の材料と作り方よ。

 ホットケーキミックスに卵と牛乳――たまに水や豆乳、野菜ジュースだったけど――混ぜて、焼いただけ。

 見た目も食感も作る度に違ったし、掛けるものも添えるものも気まぐれだった。


 ただね、お母さんはちょっとせっかちな人で。ホットケーキを焼くと、しょっちゅうひっくり返してたわ。

 火の通りは……そんなの気にしてたのかなぁ?


 わかった?

 そう。ちょっと生焼けのホットケーキもあったの。

 焼けてない部分は少ししょっぱくてね。


 フフ、懐かしいなあ。






『月の魚』


 海面を銀の魚がパシャンと跳ねる。

 魚は銀色の三日月みたいで、一度、二度と繰り返し跳ねるものだから、空に還りたがっているように見えた。


 昨夜の月は欠けていて、あの魚と同じ銀色で。

 まさか本当に月なのかって、海面を凝視してたらまた跳ねた。

 今までで一番高い跳躍で、それでも空にはまだまだ遠い。


 いつになったら月に還れるのやら。

 そう思ってたら、空から急降下した鳥が捕ってった。

 より高みへ向かう魚が行き着く先は、空の彼方か月面か。


 次の月は満月かもしれない。






『寿命を分ける』


 君の握った手の隙間から銀色の粉が零れる。

 水晶のシャーレに落とされる粉は粉糖よりも細かく、底に触れた端から白銀の液体に、それから瞬く間に煌めく気体に変わっていった。


「消えてくぞ」

「消えてたまるか。抽出された命が俺に還っているだけだ。モタモタするな、材料を入れていけ」

 顔面蒼白の君は、机上に並ぶ材料を次々と指していく。


 水晶のフラスコに君の命、虹の欠片、妖精の尾、君の吐息、シュレディンガーの猫の髭、あの子の皮膚片と血、不死鳥の涙、僕の祈り。


「あの子、助かるよね」

 死に蝕まれゆくあの子。


「本人がまだ生きたければな」

 血の気のない唇を震わせて、君は冷徹に吐き捨てる。






『洗濯と過ち』


 ゴウン……とちょっとばかし唸った後、「務めを果たしました」と声高らかに告げた洗濯機。

 ごくろうさんと労って、パカリ開けた箱の中、白い絶望を識る。


 いつか紛れ込んだ後悔。

 原形なく散りばめられた失敗。

 ハラリ儚げに降る厄介。

 払えども揺すれども、尽きることなく舞う諦念。

 いつまでもまとわりつき、歩んだあとに残る面倒。

 今になり雪玉のごとくボトリ落ちる原因。

 この苦労が煩わしくて、ちゃんと注意しても見落とすのはどうしてか。

 雪のように降るというのに溶けることのないその白をため息混じりに片付ける深夜。

倦怠感とパンケーキ 2024.9.03

眠りもしくは 2024.9.04

幼子と木の真価 2024.9.04

懐かしのホットケーキ 2024.09.06

月の魚 2024.09.06

寿命を分ける 2024.9.08

洗濯と過ち 2024.9.08

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