atopos/elusive darkness ※◎
こちらは2013年8月27日からpixivにて公開していた短篇集になります。
全体的に重く、鬱々とした話、計4本を収録しておりますので、閲覧の際はご注意ください。
『闇』 ※鬱要素注意
もう疲れた、と嗚咽する自分がいる。
幾度となく邪魔が入り、
体を傷だらけにし、
心を何度も挫かれ、
失敗の度に頭を下げ、
考えすぎて疲弊し、
何をしても悪循環。
誰かに相談する事も憚られ、
助けて、と叫んでも拒まれるだけ。
空回りするだけで、追い詰められて、ただもがく。
もういい加減にしろ、とひとり呻き、
解放されたいと嘆き、
もがいてももがいても、
苦しんでも悲しんでも、
ただただ純粋に「それ」はこちらを追い詰める。
邪魔をするな。
すべてが嫌だ。
頼むからほっといてくれ。
これは単なるワガママなのか。
我慢して流されれば気が済むのか。
ああ、ああ、本当に。
ああ、クソッタレ!
この手に握る両刃の剣。
迎え討つは姿も見えぬ、黒い黒い闇。
肉は既に裂かれた。
血は既に喰われた。
満身創痍で立つのもやっと。
ただ剣を構え、
いっそこの心臓に突き立てちまおうかと毒づく。
舌打ちし、唇を噛み、ぐうと唸る。
手負いの獣は誰ぞ。
さあ、喰らうがいい。
したらば、我が喰ろうてやる。
闇に月明かり。
月の道には血の彩り。
味方はおらぬ。
敵しかおらぬ。
ああ、もう眠い。
もう疲れたのだ。
『笑うものほど恐ろしい』 ※鬱要素注意
祖母は言う。傍で眠る老犬を撫でながらしんみりと。
「もう、この年になると、早く死にたくてねえ」
会うといつもそればかり。
欺瞞だ。
だって笑顔で「死にたい」と言う人間など、そうそういない。
私は相手の表情に合わせて笑った。
但し、こちらの表情は引きつっているのだけれど、相手は気付いてるんだかいないんだか。
祖母はなるべく早く死んで、あの世に行きたいらしい。
そこで、昔優しくしてくれた人と暮らしたいらしい。
自殺用のロープも買ったらしい。
だが、自殺をした人間があの世で行き着く先は、寿命が尽きた人が行く所ではないのだと。自殺してしまうと「優しい人」に逢えなくなるから駄目だよ、と子の一人に諭されたらしい。
自殺して、ずっとあの世で寂しい思いをするくらいなら、迎えが来るまで我慢して生きようと思ったらしい。
どれも、笑いながら言う話じゃない。
「そういうこと、言う人ほど長生きするものだよ」
キツイ話に内心うんざりしつつ返した言葉は相手に届いたろうか。
ところで、この人よりもこの人が甘やかし続け、今はおしめをされて見る影もない飼い犬の方が先が短いのではないか。
脚が震えてるし、以前はやかましくつっかかってきていたのに、いつの間にか鳴き声ひとつ漏らさなくなった犬だ。この犬も老いたものである。
「あのねえ、おばあちゃん」
古過ぎてとうとう壊れたクーラーの、生ぬるい風を受けて、汗を掻きながら口を開く。
「大好きな人に逢いたいんなら、ひとつでも多く笑おう。怒ったり恨んだり悲しんでばかりじゃ、苦しいだけだよ」
年を取ると、人は『色々』ある。
この人だって、随分前から家人と不仲で喧嘩ばかりしている。
喧嘩の原因は大抵がこの人の被害妄想だ。
そして、小さな不幸せを目ざとく見つけては憤慨したり、それをネタに『不幸せ自慢』をしたくて堪らないようなのは、この蒸し暑い部屋で少し話を聞くだけで痛いほどわかった。
不幸せ自慢なんておかしいけど、実際そうなのだ。
「死にたい」なんて嘘、不幸せ自慢の前置きにすぎない。
「おばあちゃんは死後の世界を気にするけど、私はその先もあると思う」
蒸し暑い部屋の中、目の前のグラスの中身はとうに氷が溶けている。
おばあちゃん、扇風機だけで暑くないのかな? それとも、わざと――……
(……)
あまり良くないことを考えてしまい、緩くうなだれた。
「人は、前世のおこないを基盤にして作られた課題を持って、今の時代に生まれ変わるんじゃないかなと、私は思うんだ」
昔見た漫画や小説のネタを「それっぽく」話してみる。
「だから『次』に少しでも苦労しないように、小さなことでも感謝して、笑顔になれるようでいようよ」
絵空事だ。あることないことを語り、諭し、励ますふりをして相手の涙を拭い、よしよしと頭を撫でる。
そうしてキリのいいところで、「そろそろ行くね。じゃあ、お元気で」と薄ら暗い笑いを浮かべて、手を振って別れた。
誰が欺瞞だって?
私こそ欺瞞だらけの偽善者だ。
笑うものほど恐ろしい。
笑顔の裏で何を考えているのか、わかったもんじゃない。
『花見酒の口実は』 ※鬱要素注意
酔いに酔って、拙い言い訳に、花の美しさに酔ったのだと自分に嘯いた。
……うそだよ。
貴方の心を永遠に奪えないとわかったから、やけ酒をしたの。
貴方が私にって書いてくれた物語、あったでしょ?
もう、飽きるほど読んだつもりだった。なのに、おかしいね。暫く経った今、また読み直して、まだ泣けたんだよ。
ひょっとしたら、物語の中で息づいている貴方の思いに触れたからかもしれない。
だから、呑もうと決めた。
記憶が吹っ飛んで、貴方のことさえ思い出せなくなるくらい呑むと決めたんだ。
もう呑めないってほど呑んで、ぐるんぐるん視界が回るほど酔ってさ、桜の花が夜空の星のようにチラチラと舞う様を見たの。
「やあ! 美しいねえ! 花が見事に舞ってるよ! ピンク色の星みたいだね」
なんて、独言を吐きながら。
桜、綺麗だったよ。あなたはこの桜、もう見られないけど。
でもさあ、私、酔いながら桜が綺麗だってうるさいくらいに言ったけどね、心の底ではちっとも、綺麗だなんて思ってなかったんだよね。
桜の美しさなんてさ、貴方の面影の前では無意味なんだよ。
――あなたの心は、とうの昔に、私から離れてたんだ。
貴方の物語を読んだ後は、もうそれしか考えられないんだよね。桜は酔う口実でしかなかった。
貴方の中ではさ、私はかつてのカノジョと同じだったんだ。
『自分が消えていなくなるまで、共に在り続けられないもの』
或いは、
『自分が消えていなくなった後も、自分のものとして在り続けられないもの』
それは一見違うようでいて、実は同じこと。
『相手はいずれ自分のものではなくなる』
貴方はそう感じていたんじゃないのかな。
貴方がどこまでそう感じていたのかは知らない。けれど、結果として、貴方は私のもとから去った。
馬鹿にしてるよね。
貴方がいる間も、いなくなった後も、私はずっと貴方だけのものなのに。
どうして、そこは信じてくれなかったんだろう?
どうして私は、『ずっと一緒にいる』って貴方に伝えて、安心させてあげられなかったんだろう?
私の愛しいひと。
貴方は、どんなに美しい桜よりも私の心の拠り所だった。
貴方にとって、私はなんだったのだろう?
闇 2013.8.27
笑うものほど恐ろしい 2013.8.27
ひとり正月 2013.8.27
花見酒の口実は 2013.8.27




