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混沌から星屑を拾う  作者: 三山 千日


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暑いし、嵐は来るし

『見えぬ花火』


 ドン、パラパラと爆ぜる音。

 夏の夜闇に響く音に、心踊るのだからつくづく自分は日本人なのだ。


 音を頼りに窓に駆け寄り、夏の彩りを探す。

 音と共にほの明るくなる夜空。けれど、五色の火花は見えなくて、ちょっぴり肩を落とす。


 ぬるい風に吹かれ、鼓膜震わす破裂音のみ楽しむ夏の終わり。






『夏空のおつかい』


 天色の夏空に羊の群と綿の雲。

 日傘広げて灯台から飛び立とう。


 海風に乗って空を飛び、日射しの階段を駆け上り、空の高みへ辿り着く。

 空の羊を捕まえて、綿雲をピョンピョンと渡る。


 遠く、空の彼方に見えるのは雨雲と風の渦。

 灰色の雲の中、雷小僧が閃きながら踊ってた。

 あの真下の世界はきっと嵐でもみくちゃだ。


「どうか、お手柔らかにね」

 夏の花々を模した砂糖菓子と薄荷の飴とレモンシロップのかき氷を風に乗せて空の彼方へ飛ばせば、雨雲と雷小僧が喜んで食いついた。


「次、来るときはクリームソーダを持ってきてくれよな。まん丸なアイスと真っ赤なサクランボも忘れるなよ」

 雷小僧は快活に笑って駆けていく。


 じきに嵐は去り、秋の気配が漂うだろう。






『炎天下の子烏』


 八月のどこもかしこもサウナのような日。

 移動中、涼しい車内からふと目を遣ったのは、西に傾く太陽と明暗分かれるアスファルトと日影よりも黒の濃い子烏だった。


 日影の中を飛ぶことなくトコトコ歩く子烏。影の縁、カンカン照りの日向のアスファルトの手前で立ち止まり、ソロリ首を伸ばす。

 躊躇いはわずか数秒。意を決して日の下に躍り出た。


 ピョコ、トットットットッ。


 焼けたアスファルトの残酷なステージ。

 黒のドレスを纏う子烏は、哀れ裸足で軽快なステップを踏み、向こうの日影へと駆けていく。


 嗚呼、子烏よ。君のためにお日様が少しは熱を下げてくれればいいのにね。

 暦の上では来た秋も、体感としてはまだ先の話。






『たいへんな日』


「セカイがさわがしいなあ」

 ねこは思う。


 居候のニンゲン達はみんな、"てれび"や"すまほ"を難しい顔をして見てる。

 「ヨシ!」と声を上げて立ったかと思えば、おとうさんとぼっちゃんは外の置物を倒したり縛ったりするし、おかあさんとおねえちゃんは窓を全部締めちゃった。

 みんな、この暑い日に、汗だくになって大慌てで騒いでどうしたんだろう?



 やがて、外が見えない窓からはザーザーゴウゴウとたいへんな音が鳴りだした。

 これは何の音? ゴウッと一際大きい音がしたと思えば、家がグワンと揺れるし、セカイは一体全体どうしたのやら。


 ん? 待って?!


「ねえ! おかあさん、おとうさん、おねえちゃんにぼっちゃん! ホントのホントに大事件!」

 ねこは窓の前で大声で叫ぶ。

 みんな、どうしたって駆けつけたから、ねこはみんなと窓、かわりばんこに向いては叫んだ。

 最初に異変に気付いたのは、ねこの弟分のぼっちゃんだ。


「外で何か鳴いてるよ!」

 ぼっちゃんの声に、他のみんなは耳をすます。

「本当だ。聞こえる!」

「大変! 助けましょう」

「俺が見てくる」

 外から聞こえる「たすけて!」の声に、みんな大慌てで駆け出していく。


「外の同胞、よかったな。これで助かるよ」

 ねこは窓に向かって呼び掛けた。






『台風10号』


 真っ暗な部屋。冷房を掛けずともなんとか過ごせるのは有り難いけれど、窓の外は大嵐で、雨も風も騒がしく、なんともままならないものである。


 先週から「来る来る」と言われ続けた台風は、マイペースもいいところで、いつまで経っても来やしない。

 そのクセ、まだ強風域に入ってもいないのに、やたら吹かすし降らすんだ。どうやら、線状降水帯まで連れてきたらしい。余計なことをしてくれたものだ。

 スマホはやかましく警報を鳴らすし、それでもまだ台風本体は来てないときた。


 ああ、やんなるよ。

 いつ来るか去るかも知れない迷惑な旅行客は、辺り一帯をとっ散らかして、満足げに次の地へ行くんだろう。いいご身分さ。

 片付けが思いやられる。






『台風の後のこと』


 発生から一週間、国のあちこちに傷痕を残した台風がようやく消えた。


 汗を掻きかき雨戸を洗い、土嚢を片付け、道路のゴミを集め、側溝と雨樋に落ちた落ち葉を掃除して……。

 マイペースな暴れん坊が去った後は忙しい。



 やれ、片付けもひと段落。

 渇いた喉を麦茶で潤し、吐息混じりに空を仰ぐ。


 晴れた空は以前よりやや淡い青で、空気は爽やか、吹き抜ける風が汗で濡れた肌を心地良く撫でる。

 ソヨソヨと風に吹かれ、蝉とコオロギの声を聞きながらふと呟く。


「スイカもいいけど、栗の渋皮煮が食べたいかも」


 台風はどうやら微かな秋の気配を連れてきたようだ。だって、真夏に栗を食べたいなんて、欠片も思わなかったもの。


 台風一過の夜、どこかで打ち上げ花火の音がした。






『夏の応援団』


 夏の暑さにすっかりバテて、「ああ、元気がないな」とダルンと壁に凭れる。

 それでもほんのりお腹が減って、やれやれ、と重い腰を上げるんだ。


 ニガウリと豚肉と豆腐を好みの味でサッと炒めたゴーヤチャンプル。

 ごはんはオニギリにして、味噌を塗った。

 ちょっと考えて冷蔵庫から出したのは、プチトマトのピクルスとキュウリと茗荷の酢もの。


 なんでだろうねぇ。

 子どもの頃は苦手だったニガウリの苦さがダレた体に活力を与えてくれるのがわかるんだ。

 オニギリの味噌もいい塩梅。

 ピクルスと酢ものも気分をさっぱりさせるんだ。


 がんばれ、ガンバレ、体と心。

 苦みと塩味と酸味が応援してる。

見えぬ花火 2024.8.24

夏空のおつかい 2024.8.25

炎天下の子烏 2024.8.25

たいへんな日 2024.8.28

台風10号 2024.8.29

台風の後のこと 2024.9.01

夏の応援団 2024.9.01

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