お盆どきに垣間見る※
暦の上では秋のはじまり、少し不思議な秋の7本
※一部にダーク要素、災害の描写があります。苦手な方はご注意ください。
『インスタント』 ※ダーク要素注意
湯を沸かしている間、手中の容器の、結界という名の蓋を開け、禍のかやくと疑念の粉末を中に空けた。
これを入れなければ、兎にも角にも味気ない。
さあ、湯が沸いたぞ。捲った結界からぐらぐらと煮えたぎる湯を注いでやる。
湯は麺の大地の隙間という隙間に余すことなく浸透し、先に仕込んだ禍と疑念を瞬く間に溶かしていく。
星と言う名の容器中、シュワシュワプツプツ"何か"が声を上げ、やがて静まり返る。
そろそろできたかな。
ペリリと剥いた結界の下、終焉のスープをたっぷりと吸った大地が、自分に食われるのを今か今かと待っていた。
さあ、いただきます。
『立秋の歌』
二〇二四年八月七日、本日は立秋也。
暦に秋の字を見つけ、「どこが?」と苦笑。
外では蝉しぐれ、朝から三〇度超えの猛暑で、スイカとそうめんが恋しくて堪らないこの環境のどこに秋の要素があるというのか。
立秋の字としばらく睨めっこしたキミは、ギターをポロロンと鳴らし、哀愁漂うメロディーを奏でる。
「蝉が歌うと共に、盆トンボが外を飛ぶ。
ヒマワリはとうとう暑さにへばっちまった。
何度沸かしたか知れぬ麦茶のパックが、またも尽きようとしている。新たに補充しとかなきゃ、まだまだ暑いし。
そんな今日この頃を秋の始まりと言うらしい。
ならば、オレが秋らしい曲を奏でるときは、果たして暦は秋なのか冬なのか?」
変テコな歌を真面目な顔して歌うキミに、ボクは思わず笑った。
『律儀な時計』
カチカチカチ
電波時計の秒針が突然、焦ったような速さで駆け出した。
ずっと同じ拍子で時を刻むのに疲れて、ほんの少し休んだのかな。だから駆け足になったんでしょ。律儀な子だよ。
隣室の柱時計はせっかちだから、調整しないとどんどん速くなっちゃうのにね。
『星が泣く』 ※災害の描写注意
ぼくの住む星はよくふるえるんだ。
星がふるえると、人や動物はおびえ、草木はざわめき、海も波立つ。
今日も星はふるえた。
グラグラガタガタ、ひときわ大きくふるえてる。
ぼくが頭をかかえてしゃがんでいると、だれかの泣き声が聞こえた。
星の声だ。星がふるえて泣いている。
何かがこわいのかな?
それとも、どこかいたいのかな?
ぼくがこわかったり、いたくて泣いていると、だれかがギュッとだきしめてくれるけど、星はどうだろう?
誰が星をなぐさめてあげるんだろうね。
「だいじょうぶだよ、泣かないで」
ママがぼくにしてくれるように地面をなでたら、星のふるえが止まった。
キミはさみしがりや。
『ホオズキ/サルスベリ』
◇ ◇
今年、初盆のあなた。
あなたに会いたい一心で、ホオズキのピアスを拵えた。
盆の入り、ホオズキのピアスを着けてお墓に参り、自宅前では迎え火を焚く。
それからお盆の間は、ピアスが揺れるとあなたの気配を感じ、たまにあなたの囁きを聞き、夢ではあなたに会うことができた。
「束の間の逢瀬を終わらせたくないようだね」
盆明け、お墓の前で佇んでいたところ、御院家さまに心の内を見透かされる。
「相手にすがり、縛ってはお互いが苦しむだけだよ。笑顔で見送ってやんなさい。なに、また会えるさ」
低い声に諭されると、耳許のホオズキは肯くようにユラと揺れた。
◆ ◆
盆明けの雲ひとつない青い空。厳しい日射しを避け、キミは木陰を渡り歩く。
百日紅の枝にたっぷりと咲く白い花。細かなフリル様の花越しに窺うキミは、今も変わらず愛らしい。
「もう行ってしまうのね」
スルリ、樹皮の剥がれた滑らかな木の肌を名残惜しげに撫でながらキミは呟く。
キミの耳たぶを朱く彩る小さなホオズキが、憂いを受けてユラと揺れる。
――駄目だよ。
ボクについて行こうだなんて思ってはいけない。
ボクの声がキミに届くことはなくて。
それでもボクはキミを信じて、百日紅の花越し、小さなホオズキ伝いにキミに囁く。
「また、お彼岸に会いにくるからね」
ボクの声よ、どうかキミに届け。
『黄泉通販』
真夜中のぞろ目の時刻にラジヲを回す。
チャンネルを回す指も、ノイズに紛れる僅かな情報を耳で拾うのもコツと練度が必要だ。
ザッ……ザザァァ……ザ……
『|⊇⊃(†|‡∂∽∈ 〓+⊃⊇ ∋¬∂⊃∪∽∩』
みつけた。
汽笛のような重低音が紡ぐ、どの国のものともつかぬ異質な言語。
「こちら、J-四〇k-o市i○番地。地獄の釜の錆一包、三途の川の上流の苔二袋、賽の河原の石二ネット、地獄の蜘蛛の巣一巻き。発送は夢枕便でお願いします」
ラジヲに話し掛ければ、汽笛が小刻みに鳴って返信する。
『対価ハ "破邪之根付" ト "泡夢ノ焼菓子" デス』
辿々しい日本語を注意深く聞き取り、了解と返す。
お盆とお彼岸のみの黄泉通販。今回も無事、注文完了だ。
『お盆と歌声』
お盆の夜。仏壇から聞き慣れぬ音と声が聞こえる。
お爺さんかお婆さんか、それともウチに縁のあるどなたかが精霊馬に乗ってきたのかな。
チラと覗いた仏壇には、ローソク灯だけでなく供えたホオズキまでもがやわらかく光っていた。
近寄るとホオズキの先の綻びから弦の音と歌声が聞こえる。
あまりにも美しい音色と声にしばらく聞き入っていると、ふと音が止まった。
「おや、聴かれてしまいましたね」
知らぬものの声。
「今、亡者が出払っていますでしょう。少し時間ができましてね。私の歌はいかがでしたか」
コロコロと笑いながら"かの方"はおっしゃる。
それからお盆の間、かの方の歌声はしばしば聞こえた。
インスタント 2024.8.07
立秋の歌 2024.8.07
律儀な時計 2024.8.07
星が泣く 2024.8.10
ホオズキ/サルスベリ 2024.08.12
黄泉通販 2024.08.12
お盆と歌声 2024.08.13




