遺されることも繋ぎ止めることも ※
遺されることもあれば、繋ぎ止めることもある6本とお気に入りの一品
※一部に死の要素があります。苦手な方はご注意ください。
『暑気』
部屋の明るさで目を覚まし、寝間着をじっとりと濡らす汗に眉を顰める。
北側の部屋だから直射日光知らずだし、焼かれたり煮えるような暑さでもない。
それでも部屋は絶妙にぬるくて、おまけに扇風機もぬるい風を吐きだすばかり。
眠い。まだ眠い。すごく眠いが、暑くて眠れない。
動いても動かなくても汗は垂れ、こりゃああかんと起きだした。目眩がしそうだ。
汗塗れの寝間着とシーツを洗って外に干すときも日差しは強烈で、汗が顎先から滴り喉をダラダラと濡らした。
溶ける。
暑さで溶けそうなんて、自分はいつからチョコレートになったんだ。
干し終わった洗濯物はほんの数時間で乾くだろう。私はひたすら溶けているというのに。
『本の虫の旅』 ※死の要素あり注意
「私の忌が明けるまで何冊でもいい、本を読んでほしいの」
――冊数、文字数、ジャンルは不問。
――対価は祖母の遺した本。祖母の本を読んでもいい。
――できれば、法事の際も読んでほしい。
それが祖母の最期の願い。
「本の虫のおばあちゃんらしい」
初七日の席で、家族はそれぞれ好きな本を読みながら泣き笑いした。
祖母の四十九日まで家族はそれぞれ本を読む。
好きな小説、専門誌、ガイドブック、料理のレシピ本、絵本、画集、小冊子、とにかくなんでも。
そして、四十九日の夜のこと、皆は揃って祖母の夢を見た。
自分が読んだ本の世界を祖母と共に旅する夢だ。
祖母は死してなお、本と家族を愛し、忌が明けた今も誰かの読んだ本の世界を旅してる。
『レバー煮』
沸騰した湯に切ったレバーを投入。弱火で5分。
レバーを茹でこぼし、流水で軽く洗って水切り
千切りの生姜とニンニクひと欠片ずつ、
醤油を大匙一.五杯、
砂糖と味醂は各大匙一、
蜂蜜中匙一、赤ワインを大匙二。
これを片手鍋に入れて軽く沸かしてから味見。
甘味と塩味のバランスを見て、お好みで醤油もしくは甘味を足して調整。
下茹でしたレバーを合わせ調味料入りの鍋に投入。
煮汁が焦げないよう鍋をたまに揺すったり、軽く掻いて均等に煮絡める。
レバーに照りが出て、汁気が僅かになるまで煮詰まったら完成。
甘辛タレとレバーのとろけるようなまろやかさ、微かなレバーの風味、むぬっとした歯応えが面白い。
お好みで粉山椒を掛けたり、カリッとトーストしたバケットに載せたり、粗く潰して香味野菜のサラダと一緒にパンに挟むのもまたオツ。
鉄分補給、貧血気味の方におすすめですが、食べすぎるとコレステロールやビタミンAを摂り過ぎてしまうのでほどほどに。
まあ、どんなものもほどほどが一番、心にも体にも健康的なのです。
『ぬ』
我が家にある小さなぬいぐるみ、通称"ぬ"。
元クレーン筐体の住民で、野口数人犠牲にしてお越しいただいた。
――兄弟たちと離れたせいで、ぬはずっと不満タラタラで、持ち主の私に懐かない。
……という設定をぬに当てたがばかりに、ぬはつくも神の端蹴れになってしまった。
どうやら、人の認識しない所で動き回っているらしいのが、ふいに居場所が変わっていたり、何処を探しても姿を見なかったり、いたと思ったら何処で引っ掛けたのやら、布の体に見知らぬ葉っぱが引っ付いていることからわかった。
今日も今日とて、ぬは行方不明。
一体、何処に行ったのか。
心配しながら洗濯物を干していたら、丸まったパーカーの中からぬが出てきた。
どうやら洗濯物の中で寝ていたみたい。
今は不機嫌そうにザルの上で陰干しされている。
『霊薬の魔女の遺品』
生前は"霊薬の魔女"と呼ばれた曾祖母。
彼女が遺した蔵兼宝物庫が見つかった為、やっと中を確認することができた。
蔵の四方の壁は棚で覆われていて、その中には液体で満たされた大量の瓶が整然と陳列されている。
寸胴の瓶入りの梅酒、
丸い瓶にはさくらんぼ酒、
魚を模した瓶にはブルーベリー酒、
角瓶にはパイナップ酒、
円錐形の瓶にはミント酒。
それらは曾祖母が作った果実酒とハーブ酒、薬酒で、まだ確認していない棚にもたくさんの種類の酒がある。
蔵の最奥、鍵付きの棚を開ければ、金の光を発する紺青の液で満ちた丸瓶が待ち構えていた。
(ああ、よかった)
強い安堵感から胸を撫で下ろす。
振りも揺らしめしないのに、複雑な光を称える金色の帯が瓶内で揺蕩う。それを時間が許す限り眺め続けた。
世界の終焉を導く"帳の霊薬"はまだ無事だ。
『フェンスのあちらとこちら』
キミは屋上のフェンスに寄りかかり、自作の曲をアカペラで歌う。
いつもはギターを掻き鳴らして楽しげに笑うキミが、今は涙声で、顔をこちらに向けないんだ。
ボクはフェンスのこちら側。
キミはフェンスのあちら側。
知ってるよ、知ってるんだ。
キミのホゴシャはキミが歌うのをよく思ってないこと。
クラスの勘違いした奴らがキミの才能を妬んでること。
誰かがキミのギターの弦を何度も切ったこと。
教師がギターと歌詞ノートを没収したこと。
誰も彼もが余計なお節介で、キミの"生き甲斐"を否定していること。
それでもキミは歌が大好きなこと。
知っているからフェンス越しにキミの服を掴むんだ。
ボクはキミもキミの歌も好きだから。
『盆参りと瞑想』
御霊供膳が上がった仏壇の前、盆参りのお坊さまが静かに座す。
ユラと白線を引く線香の煙。蝋燭の灯は煌々と光る。
重低音で流麗な、古松の幹を思わす厳粛な読経に耳を傾け、背筋を正して目を閉じた。
瞼の裏には暗闇に浮かぶ紫紺の光。
瞑想の間、自分の体に幻の黒い大剣が何本も降り貫くが、内、何振りかがカンカンと甲高い木魚の音に弾かれた。
目を開いて見えるは畳の目。
その様はまるで巨大書庫に収められた書籍が並ぶようだと、その様を重ねる。
煩悩は尽きることなく。
暑気 2024.8.02
本の虫の旅 2024.8.02
レバー煮 2024.8.03
ぬ 2024.8.03
霊薬の魔女の遺品 2024.8.04
フェンスのあちらとこちら 2024.8.04
盆参りと瞑想 2024.8.05




