クソマズイ野菜炒めは思い出を残すか ◎
今作は2023年9月11日に小説投稿サイト『エブリスタ』にて公開していた掌編となります。(エブリスタでは現在は削除済)
祖母の料理を思い出す口の悪い孫娘の話です。
マズイマズイと連呼するので、悪しからず。
野菜炒めを食べていたらふと、ある時期によく食べた、クソマズイ野菜炒めを思い出した。
野菜炒めなんて料理の初歩の初歩。野菜をテキトーに切って炒めて、塩胡椒とあれば中華だしで味付けすりゃあ、それなりのモンができる。
そんな簡単な料理をクソマズにできる人間がいた。私の祖母の小梅ばあだ。
現在、小梅ばあは高齢者施設に入居中。
長年に渡る姿勢の悪さが災いして、背骨が歪み、腰も曲がった、小さな婆ちゃん。自前の歯はほぼないけれど、大病知らずで卒寿超えの立派な後期高齢者である。
「わからん」が口癖で、なかなかとぼけた人ではあるけれど、今もボケずにはいてくれてる……と思う、一応……多分?
そんな小梅ばあが料理をしなくなったのはどれくらい前からだったろう。
今いる施設では朝昼夕の三食におやつまできっちり出されるから、料理はこれっぽっちも必要ない。でも、小梅ばあは施設に入居前――米寿を迎える少し前から料理の頻度は劇的に減っていた。隔週で玉子焼きを作れば良い方だろう。
料理をしない理由は小梅ばあ曰わく、「作るの、面倒くさい」だと。
かつては盆正月の度に、帰省する家族の為に腕を振るい、食卓をおもてなし料理で埋め尽くしたのと同一人物の言う科白と思うと泣けてくる。
ちなみに、祖母の料理は親戚連中や近所の人に好評だった。
小梅ばあの住んでた田舎――私にとっても故郷なわけだが、その地域は親戚がわりかしまとまって棲んでいて、とにかく親戚ぐるみでの法事を頻繁に行う土地だ。
そんな土地だから、一昔前までは親戚の法事で呼ばれることがしょっちゅうあった。
やれ、どこぞの家が法事だからと呼ばれれば、親戚の女衆はその家に集い、早朝から晩まで炊事と給仕に明け暮れる。小梅ばあは若い頃から自分ちの炊事だけでなく、そういう場で料理の腕を鍛えられたのだとか。
――小梅ばあの作る思い出の味はなに?
親戚連中や近所の人にそう尋ねたならば、彼らはこう答えるだろう。
「具だくさんの稲荷寿司」
「ささげ豆の赤飯」
「煮魚」
「サキイカ入りのかき揚げ」
「リンゴとバナナの入ったサラダ」
「人参とゴボウとコンニャクのきんぴら」
「きゃらぶきの佃煮」
それらすべてが小梅ばあの得意とするおもてなし料理だ。
半世紀以上もの間、法事や家族が帰省する度に、繰り返し作られたゆえに、完全なる祖母の思い出の味となった料理たち。
時に、食べる者の意見を取り入れてアップデートされていったそれらが、美味しくないわけがない。私だって、それらについてはおいしいと思う。
大勢に出される祖母の料理はおいしい。
だから、近所の人や親戚連中は祖母を料理上手と評した。だが、彼らは――ひょっとすると、ごくごく一部の親族を除いたその他大勢は――知りはしないだろう。
小梅ばあが実は大の面倒くさがりで、料理下手であることを。
◆ ◇ ◆
小梅ばあが類稀な料理下手であることを知る人は、ごく身近な家族のみ。かつて、彼女が日常的に作る料理を食べたことのある者――今は亡き祖父、曾祖父母、今は独立して各々家族がいる子ども達、そして、独居老人であった小梅ばあの家にいつからか転がり込み、暫く暮らした孫の私だけだ。
(あー、いや、明確には違うわ。中には、小梅ばあのメシマズの記憶が薄れたり、改善されたと思い込んどるヒトもおったな)
誰とは言わん。ただ、小梅ばあにまつわる残念な記憶を忘れて、思い出を美化させたがる脳内お花畑……いや、トンチキ……いやいや、生き方がお上手なヒトはどこにでもいるってハナシ。
そんで、きっとそういうヒトは忘れてるか、人間の上辺だけ見て、それ以上を詳らかには知ろうとしない。小梅ばあがわりと残念なヒトなんだって。
小梅ばあの性格は非常に穏やか。人見知りと極度の引っ込み思案ではあるが、それを知る人もまた少なかろう。
何せ、周囲の人間はおしゃべり好きで、図々し……厚顔……非常に人懐っこい親戚ばかりだった為、小梅ばあが多少奥手であろうがなかろうが、気にも止めずに問答無用で彼女に関わってくれたのだから。
――小梅ばあが極度に消極的なのを知るのは、一体どれだけいることか。
おしゃべり好きに囲まれていたからか、小梅ばあ本人はかなりの聞き上手だ。ともすれば、小梅ばあの話し相手は何時間でも一方的に話し続けて、結果、小梅ばあの相槌以外の声を聞かずに帰ることもよくあった。
ただ、小梅ばあが話の内容を理解しているのか……というか寧ろ、話をちゃんと聞いていたのかといえば、怪しいところではある。
彼女が「うんうん」と相槌を打ち、「わかるわかる」と頷く顔は、神妙なようで実はそうでもなく、よくよく見ると、思慮深く話を聞く顔ではちっともないのだから。
私が何を言いたいかって?
それはね、小梅ばあは"尽くされる派"よりもどちらかといえば、"なんとなく尽くしてしまう派"で、可愛がっている相手には"何が何でも尽くしたい派"あるってことだ。
だからこそ、彼女は久々に顔を見せた子や孫をメッタメタに甘やかす。
料理下手なクセに、おもてなし料理だけが上達したのは、場数を踏んだからでもあるが、ひとえに、可愛い子らに良い思いをさせてやりたいから。
(けど、まあ、甘やかすのは勝手だけどもね、小梅ばあの『尽くしたい』は私にとって大体が"有り難迷惑"だったよなぁ)
小梅ばあはおもてなし料理なら美味しい。
だが、年老いた彼女が日常的に作る料理は、お世辞にも美味しくはなかった。
◆ ◇ ◆
今からもう何年も十何年も前のこと。ある日、突然、家に転がり込み、居候を始めた孫のためにと、小梅ばあが炊いたご飯は思春期の運動部員用に用意したのかと思わせる量であった。しかも、それは毎日同量炊かれる。
老女と思春期などとうに越した成人女では決して食べきれない大量のご飯は日々、冷凍され、やがて冷凍室はご飯で埋め尽くされた。
最古のものとなるといつ炊かれたかも知れぬ、温めたとて冷凍臭さの残る、お世辞にも美味しいとは言えない冷凍ご飯は、一日二食それを食べても消費が追いつかず、溜まる一方。
その問題を解決すべく、ご飯は適量を自分が炊くと提言したが、それでも大量のご飯は変わらず小梅ばあにより毎日炊かれ、冷凍庫からはいつまでも冷凍ご飯が消えやしない。
そして、冷凍ご飯に添えられたおかずの定番が例の野菜炒めだった。
細切りの人参とピーマン、くし切りの玉葱、幅が広めの千切りキャベツ――それらの野菜は、調味に用いられた塩と加熱により出てきた水分と目分量で多めに入れられたサラダ油で、ビッショビショのクッタクタにふやけた有り様。
そこに硬くて小さな牛肉と、細く裂かれたカニカマ、形のすっかりなくなった玉子が絡まり、皿の底では野菜炒めから出た汁が溜まってる。
おおよそ世間一般でいう野菜炒めとは明らかに違う見た目のそれ。
味は塩コショウと化学調味料。だが、調味料はふやけた野菜とすっかりぼやけた玉子の味と肉の嫌みな臭さ、カニカマの何故か妙に生臭い風味の前ではなんの役にも立たない。
だからだろうか。全体的にぼやけていながら嫌みのあるその野菜炒めに、焼肉のタレを掛けて食べるのが、小梅ばあのオーソドックスな野菜炒めの食べ方であった。
味はまあ……今まで散々記したように、マズイ。においもマズイし、食感もマズイ。
飲み込むのもやっとだし、飲み込んだ後で残りの野菜炒めを見たときのうんざり感ったらない。
オブラートに包んだ言い方をしたとしても、やっぱり「マズイ」に変わりない。
何をどうしたらこんなにマズくなるのかと、作る工程を観察させてもらったこともある。
まず、冷たいフライパンに油と卵以外の山盛りの材料を全て入れてやっと加熱するところからして既におかしい。
その具の山を菜箸で絶えずかき混ぜ、しんなり(というかぐっちゃり)と火が通ったら卵を入れて、再び忙しなく混ぜていた。
そりゃあ、マズイはずだ。マズくないわけがない。
そして、なによりもたちの悪いことがあった。
小梅ばあが世間一般の野菜炒めを知らないことだ。
だから、彼女は私が同じ材料と同じ調理器具で作ったごく普通の野菜炒めをこう評した。
「野菜が全部半生で硬い。汁も入っていない。おいしくない野菜炒め」
近年まれにみる酷評である。
温厚な小梅ばあから発されたことを疑うほどには、辛辣な感想だ。
ちなみに、野菜は食感が残る程度に炒めているのでキチンと火は通っているし、自分で味見をしてもごく普通の野菜炒めの味だった。
納得いかぬと、小梅ばあを連れて、全国にチェーン展開する定食屋で食事をしたこともある。そこで出された野菜炒めを食べても、やはり彼女の評価は「野菜が硬くておいしくない」だったのだから、味覚だか食の好みがおかしいのはやはり彼女の方なのだ。
◆ ◇ ◆
自宅で一人、自分で作ったそれなりにおいしい野菜炒めを食べながら、ふと小梅ばあの野菜炒めのマズさを思い出す。
(あの頃は、居候の身だからせめて料理くらいは引き受けるよって強引に丸め込んで、食事は私が作ったけど、小梅ばあ、野菜炒めだけは懲りずに作っていたっけな)
だから、居候生活から幾年月も経った今でも、鮮明に小梅ばあの野菜炒めの味は覚えているのだ。それの良し悪しは判然とはしないが。
(でも、あの味を覚えているのは私くらいなものだろうな)
近年は小梅ばあのおもてなし料理だけを食べてきた親戚連中はきっと、あの野菜炒めの味を忘れているか知らない筈で。そんな彼らにとって、小梅ばあの作る思い出の味はやはり、たくさんえるおもてなし料理のいずれかであるのだろう。
ただ、私は――小梅ばあが日頃作る料理をわりと長い期間、食べてきた身にすれば、小梅ばあの思い出の味はどうしてもクソマズイ野菜炒めになってしまうのだ。
思えば、あの野菜炒めは祖母そのものだった。
素材や調味料の風味も味も適切な調理法も、わからなければわからないまま放置して、誰に教えを乞うこともなく己の勘のみを頼りに強引に押し進める。
結果として、全体的にゴチャゴチャとして曖昧で、なんだかよくわからないものを彼女は飽きもせず、たとえ、彼女の野菜炒めがあまりにも個性的と言われても疑問に思うことなく、普通の野菜炒めを教えても、自分の作る野菜炒め以外は頑として認めぬまま、こさえ続けた。
そんなの、おしゃべり好きで強引で、相手のことなど構わず我を突き通すばかりだった周囲の人間に揉まれ、どうにかこうにか生きてきた小梅ばあの思考回路と生き様そのものではないか。
(やっぱり、あの野菜炒めは小梅ばあじゃん)
具材を炒めるというより炒り煮にしたようなフニャフニャクタクタと頼りない食感は、「どうしてこんな仕上がりになるの?」と私が問いかけると毎度、煮え切らない答えばかり返す彼女のようだとも思う(……最近になって、あの野菜炒めが柔らかかった理由は、入れ歯の彼女が硬いものを好まなかったからだとやっと口を割った)。
フライパンが熱せられるのを待てないのも、具材を絶えずかき混ぜておかないと気が済まないのも、実は非常にせっかちな彼女らしい。
私が食事係になっても野菜炒めだけは作り続けたことも、大量に炊いては溜まり続ける冷凍ご飯も含めて、(せっかく作ってもらっておいて、そう思ってしまうことを申し訳ないとは思いつつ)実はどうしようもなく有り難迷惑と感じていた彼女の頑なで独善的な厚意とか。
"おいしいものだけを作り、自分たちを甘やかしてくれる小梅ばあ"しか知らない他の親族たちとは違い、私にはあの野菜炒めや冷凍ご飯を含む、彼女の仕様もない部分ばかりを見せてくれていたこととか。
あの野菜炒めが感じさせるなにもかも全部が、小梅ばあそのものなのだ。
(それに、みんなきっと知らないんだ)
良い思い出よりも、どうしようもなくマズイ思い出はよりしつこく記憶に残るものだと、私は小梅ばあに身を持って教わった。
結局のところ、私はクソマズイ野菜炒めのような小梅ばあが心底大好きなのだ。
「そうだ。久々に小梅ばあに会いに行こうかね」
それなりにおいしい野菜炒めを咀嚼し、難なく飲み込んだ私は、今でもありありと思い出せるクソマズイ野菜炒めの味を脳内で再現して苦笑しつつ、週末の予定を決めた。
クソマズイ野菜炒めは思い出を残すか 2023.9.11




