なんて物騒な熱帯夜 ※
熱帯夜に見た不穏、時々おやつを混ぜた7本。
※一部に鬱、不穏、死、物騒な要素と描写があります。苦手な方はご注意ください。
『投影』 ※鬱要素あり注意
セピア色の夢の中、子どもの僕は川辺を歩く。
川は大人一人がやっと入れるような幅で、クネクネと蛇のように曲がりくねっている。
水の流れは静かで緩やかなのに、川底と淵がどんよりと濁っていた。
すぐに、この川が僕の人生を投影したものとわかる。
病弱で人嫌い、それ故にひきこもりがちで孤独な僕の、つまらない半生を写した川。
この先は何処へ向かい、何処に繋がっているのか。
ふと、川の中に弱く光る物を見つけた。拾い上げれば、それはくすんだ虹色の石で、所々白濁している。
川底で転がり続ければ、少しずつでも磨かれていって、いつか光るかな。
(……いや、きっと無理だ)
この石は僕自身が研磨していかなければ、くすむばかりだろう。
だってこの石は僕の夢であり、才能なのだから。
『夜道に涌く』
海沿いの田舎町は茹だるような暑い夏でも、夜は外にいても存外過ごし易く、今夜も心地よい風が吹く。
……いや、ひょっとすると、日中に熱をたんまり溜め込んで蒸し暑い家の中にいるよりも、外にいた方がまだ涼しく感じるのかもしれない。
月が隠れた真っ暗な夜の、誰もが寝静まった夜道。
街灯の明かりのみを頼りに家路に就いていたところ、ふと違和感を覚えて歩みを止めた。
立ち止まったのは辻の中央。私と電柱の影が異様に長く黒い。
チラ、と丑寅に延びる小路に視線のみを向ければ、街灯が淡く照らす道の真ん中、黒い塊が鎮座していた。
何だろう? 猫にしては大きく、中型犬にしては小さい。
怖々とそちらへ足を踏み出せば、塊は二つに分裂し、半分を残してもう片方は何処ぞへ去っていった。
猛暑続きに何がしかも夜風を求めて出てきたらしい。
『盆蜻蛉の行く先』 ※不穏要素あり注意
猛暑日が何週間も続く中、人間はバテそうだというのに庭の草花はやたらと元気だ。
いい加減、草だらけで鬱陶しくなってきたので、草刈りをすることにする。
暑い。日影の方が日向よりも少しは涼しいか。
凍ったペットボトルを抱え、お気に入りの曲を聴きながら草を黙々と刈り、三曲聴けば小休止。その繰り返し。
音楽リスト一周二時間弱。
一周終わって立ち上がり、クラリ、眩暈。
氷が溶けた水を飲み、塩タブレットを口に放る。
ホーッと長く息を吐き、眩暈が去ったのを確認して汗を拭く。
ふと、目の前を盆蜻蛉が横切った。
今までいなかったのが嘘みたいに、どこからともなくゾロゾロと涌き出てくる。
数え切れぬほどたくさんの盆蜻蛉が群を成し、皆が一様に同じ方向を行いて庭を横断した。
彼らは何処へ向かっているのか。
最後の一匹が去った直後、救急車の音が遠く聞こえた。
『引き込む』 ※死の要素あり注意
海に浮き輪が浮いていた。マゼンタのシマウマ模様の派手な浮き輪。
持ち主の姿のない浮き輪は波に揺れ、潮に乗って少しずつ流されていく。
奇妙な光景だ。
限界集落で年寄りしかいない平日の夕方、浮き輪だけが海水浴をしているなんて。
「……」
無言で他にも異常がないかを探る。浮き輪の周りや沖、防波堤など見回す。
"他"に浮いている、もしくは沈みゆくものはないか?
……"他"が何かは言うまい。
一度、気になると、以後、何度も浮き輪が目に付いてしまう。
すっかり暗くなった海、月明かりの下、ようやっと見つけた浮き輪が、ふいにトプリと沈んだ。
「……ああ、しまった」
見ちまった。
浮き輪が沈みきる間際、その一瞬、残念ながら確かに。
手。正確には、手のような。
人のものと思えぬ、針金を粗雑に巻いて組んだような、細く黒い手が視えた。
どうやら、浮き輪もその持ち主も、持って行かれたらしい。
『夏の味』
とても暑い日が続くからゼラチンを買った。
まず作るのは夏空のゼリー。
真っ青なソーダゼリーの中に、マスカットの太陽とミルクババロアの雲が浮かぶ。
次は海のゼリー。
ブルーハワイのクラッシュゼリーは甘くて少ししょっぱい。
一匙掬うごとにオレンジの魚やスイカのヒトデ、林檎の貝がこんにちは。
夏の庭もゼリーにした。
濃淡の緑のグラデーションが綺麗な青林檎のゼリーには、ミント、グレープフルーツ、クランベリー、桃、オレンジピール、レモンピールが散りばめられている。
冷たくて、おいしい夏の味。
明日はなんのゼリーにしよう?
『潮スイカ』
潮スイカなるものを買った。
一見、普通のスイカ。でも黒い縞の縁に白い斑点が散っている。
あれ? よーく見ると、縞模様が動いてないか?
砂浜を削る波のように、縞がユラリとゆらめいている。
「早く食べよう!」
子どもに急かされ、ハイハイ、と実に包丁を入れたところ、切るそばから水が溢れ出した。
辺りに広がる潮のにおい。汁が触れた手はベタベタしてる。
「あ、これ、もしかして海水?」
溢れる海水に臆することなく、エイヤ! とスイカを一刀両断。
瑞々しい赤い身に滴る果汁。
怖々と一口食べれば、塩味のある汁が濃厚な身の甘さを引き立てていた。つまり、すごくおいしい。
どうやら、海中農園産ってのは伊達じゃなかったみたい。
『かくも畏ろしき』 ※物騒、死要素あり注意
「いやぁ、まいったね」
無数の銃口に囲われ、狙われた絶体絶命の場にて、背中合わせのソレは言う。
「よく言う」
四面楚歌、絶体絶命、一触即発のこの状況で、何処の何奴が紫煙よりも軽く、辞書の頁よりも薄っぺらい声を上げるというのか。そんなの世界広しと言えど、コイツだけだろ。
コッチの得物は一振りの打刀のみ、背中のソレは無手と来た。
まあ、物騒なソレには無手でいいのだが。
「いやいや、流石にねぇ。儂は兎も角、ヌシに逝かれちゃマズイのよ。そんなわけで」
ソレの体がドロリと鈍色に溶けて、数多の打刀に再構築。百の切っ先は無数の銃口目掛けて放たれた。
一瞬で死の火花が舞い散る。
やあ、修羅とはかくも畏ろしや。
死神の俺には到底、真似できん。
投影 2024.7.28
夜道に涌く 2024.7.29
盆蜻蛉の行く先 2024.7.31
引き込む 2024.7.31
夏の味 2024.8.01
潮スイカ 2024.8.01
かくも畏ろしき 2024.8.02




